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まほーつかいは、下の世界へ、生まれ変わるんだって

 ぴちょんぴちょんという水滴が落ちる音で為雄の目は覚めた。頭は靄がかかったかのように覚束ない。


 朦朧とする頭で上半身を起こし、しばし周りを何とはなしに見回し、それから頭を振って靄を払い、覚めた頭で改めて周りの風景を確認する。


 周りの風景は先ほどいた広場から一転して薄暗い洞窟のような空間だった。天井には小学生の時の修学旅行で見たような鍾乳洞にあるつらら状の石が形成されていた。どうやらここで一人目を回して仰向けにひっくり返っていたらしい。


 幸いところどころに生えている苔ややキノコがうっすらとした光を放ち、少なくとも自身の姿が確認できるくらいは視界が確保されていた。だがその事実は現状を理解するのに何一つ助けにならなかった。


 為雄は目をしばたいた。意味が分からなかった。さっきまで俺は広場にいて、あいつらと取り留めもないことを話して、ほんの一瞬だけ視界が暗くなって、それから…、それからどうなった?


 先ほどの状況と今の状況の落差があまりのも激しすぎて脳が理解を拒んだ。現状を何としてでも否定してやりたかったが、体に残る倦怠感がこれは紛れもなく事実だと無常にも彼に告げていた。


「え、どうしろと、俺にどうしろと?俺、まほーつかいだぞ…?え、どゆこと?」


 為雄は落ち着きなく周りに目を向けながら、一人困惑の声を発した。彼の困惑の声は洞窟内に反響し、響き渡り、やがて頭上に広がる闇のように曖昧になって消え去った。


 しばらく為雄は茫然とその場に佇んでいたが、やがてゆっくりと腰を上げ、何かか考えがあるわけでもなくとぼとぼと歩き始めた。


 思考は絶望により黒く塗りつぶされていた。視界は度の合っていない眼鏡でもかけているかのように覚束ない。胃がキリキリと締め付けられて吐き気がしたが、胃の中が空っぽのためか吐いても胃液ぐらいしか出てこなかった。


 現状に何の希望も見いだせなかった。さっきまでの状況ならまだ話は別だった。何の力もなかったが、それでも守ってくれる仲間がいたし、そんな連中のために少しは力をつけてやろうというポジティブな考えも出てきた。


 だが今の状況では味方はいない。一人だ。つまりこの土地勘も頼りにならない場所で己の身一つで生存しなければならないということだ。


 そんなの無理に決まってるだろ、と吐き捨てながら為雄は思う。頼れるのは己自身と人は言うが、それにはそれなりに自分の力への信頼があるから言えるのだ。一体全体どうやったらまほーつかいなんて職業の奴が今の状況で自分だけが頼りになるなんて言えるんだ?


 当てもなく歩いていると、いつの間にか曇りの時の昼間くらいの明るさになっていることに気がついた。ついでに洞窟の幅も広くなっていた。


 だからどうしたと思い、また歩みを再開するとかすかな地響きが足元から感じられた。その振動に既視感を覚えた為雄ははたと立ち止まり、構えたところでどうにもなるとは思えないがとにかく身構えた。


 地響きはどんどん大きくなり、やがて姿を現したのは3メートル近い牛だった。何でこんな洞窟に牛がいるんだよ!と為雄は怒鳴ろうとしたが、口からは風船から抜け出た空気のような掠れ声しか出てこなかった。


 牛はクンクンと鼻を鳴らしながら左右を見回し、そしてついにその瞳が為雄に向けられた。牛の瞳孔が収縮し、放たれる殺意がにわかに増し始めた。さらに額のちょうど真ん中にあたる部分にある瞼が開かれ、充血した禍々しい瞳が露になった。


 先ほど相対したボーンナイト何てものじゃない。それよりも数段上の怪物が、一切の慢心なく為雄を轢き殺すために今か今かとその時を待っていた。


 さっきまで何一つ物事が考えられなかった頭は今では狂おしいほどに生存を求めてフル回転していた。だが考えたところでどうすればいい!?こいつに轢き殺される以外にいったい俺に何ができる?


 為雄が打開策を死に物狂いで考えていると、ついに「牛」が前足を振り上げ、今にも突進の態勢に入ろうとしていた。


 状況は待った無し。秒単位で死へと向かっていく時計の針に為雄の脳味噌は沸騰寸前まで煮えたぎり、それが限界に達した瞬間、自分でも信じられないような言葉が口をついて出た。


「待った!」


 為雄の叫びが洞窟内にこだました。「牛」は訝し気に三つ目を顰めた。しばし二者の間に沈黙が訪れた。やけに耳に突き刺さる沈黙だった。為雄は口から出た言葉のあまりの馬鹿馬鹿しさに、心の中で盛大に自分自身を罵った。


 何を言ってんだ俺は!そんなことしたって目の前の牛・ザ・ランペイジが待ってくれるわきゃ無ぇだろ!これが俺の世辞の句だと!?冗談じゃない!


 だがその時奇跡が起きた。なんと「牛」が為雄の言葉通りに前足を、いささか不服気にではあるが下ろしたではないか。そして苛立たしげな三つ目で為雄のことを睨みつけながら、次の言葉を待った。


 え、何こいつ待てって言ったら本当に待ったぞ。何なん?きもっ!もしかして話が通じたりするのか?友情、育んじゃう?


 為雄は信じられないといった表情で「牛」を眺めながら、はて、待てといったものの果たして何て言ったものかと、腕を組んでとっくりと考えてみた。だが「牛」が急かすように後ろ脚を蹴り、その拍子に為雄はぽろっと口から余計なことを口走ってしまった。


「えぇっと、取り合えず今日のところは引き上げてくれません?」





 --------------------





「うぎゃああああああああああああ!!!!!!」

「バオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」


 現在為雄はみっともない悲鳴を上げながら脇目も振らず「牛」から逃れるために全力疾走していた。


 致命的な踏み付けを急カーブする事で何とかかわし、近くにある岩陰で姿を隠しながらまた全力で「牛」から逃げるために走り出した。そんな為雄に「牛」はまたか、とでもいう言うにぶるぶる鼻を鳴らした。


 なぜ為雄が未だ生き延びているのか、その理由は無我夢中で走り回っている際に偶々狭い小道に入ったからである。その道の中で「牛」は本来のスピードを出すことができず、さらにその道は人一人が隠れられる程度の岩が所狭しと存在しており、そのおかげで何とか為雄は「牛」から逃れることができていた。


 だが足止めのために使ったまほーのために魔力はもはや空に近く、精神的にも肉体的にも疲弊していた為雄の体は今にも限界に達しようとしていた。


 このままでは何れ轢き殺されてしまうだろう。結局は寿命がほんの数時間伸びただけか、と為雄は半ば諦め気味に呟く。


 心が諦めの境地に達しようとしていたそんな時だった。奇妙なものが目の端にちらついた。そちらへ顔を向けてみるとほんの一瞬だけ白い影が見えた気がした。そしてその後には光り輝く石ころが落ちていた。それが点々と、まるで道案内するかのように続いていた。


 為雄は追うべきか逡巡したが、背後から迫る「牛」の恐ろしい叫び声と凄まじい破砕音に最早一刻の猶予もない事を悟り、藁にも縋る思いでその石ころをの道しるべを辿った。


 我武者羅に石を辿っていると、いつの間にか「牛」の声も破砕音も聞こえなくなっっていた。為雄は速度を徐々に落とし、その場にへたり込んで失った体力の回復に努めた。へたり込みながら自己分析をしてみると、思いのほか恐怖心が無いことに気が付いた。


 だがそれはあまりにも色々な事がありすぎて精神が麻痺しているだけにすぎず、ともすれば精神が正常に戻り、心が恐怖心に支配される前に行動を起こさねばならなかった。


 しばらく休憩して何とか動ける程度に体力が戻ったのを確認するや、為雄は立ち上がり、また石ころを辿り始めた。


 石ころを辿っている最中、為雄の耳に何かの叫び声や何かが壊れる音を何度か耳に挟んだ。耳にそんな音が聞こえるたびに為雄は身をびくりと震わせて歩みを止め、神経質そうに辺りを見回した。またさっきみたいな怪物に出くわさないか不安でたまらなかった。


 しかしその心配も結局は杞憂に終わった。


 この道には先ほどの「牛」のような怪物を遠ざける何かがあるのか、それともただ単に怪物たちが気まぐれを起こしているだけなのかは判断がつかないが、どんな理由にせよ誰とも出くわす事は無かった。


 洞窟の中を一人石ころを辿って歩き続けていると、まるでヘンゼルとグレーテルにでもなったかのような気分になってくる。


 いや俺一人しかいないのだからここはヘンゼルでグレーテルが正しいか?そんな取り留めもないことがふと頭に過った。それは心に余裕ができ始めた証拠だった。そのことに少し気分が良くなった為雄は多少軽くなった足取りで石ころの道しるべを辿る。


 多少気分が良くなったとはいえ、歩いても歩いても一向に変わり映えしない風景ばかり続くと、本当にこれであっているのかという疑念が鎌首をもたげてきた。その疑念が湧いてくるたびに為雄はじゃあそれ以外にいったい何ができる?と疑念を殴り飛ばして黙らせていた。


 そんなことを何度も繰り返し、いい加減うんざりしてくるとようやく目の前が開け、ボーンナイトと戦った時よりも更に広い空間に出た。がらんとした大きな空洞で、酷く殺風景な印象を受ける場所だった。


 そんな殺風景な広場の中心に、荒屋じみた一軒家がぽつんと建てられていた。光る石ころはそこへ続いてまっすぐに落ちていて、彼にここが目的地であることを教えていた。


「やっと着いたのですね、長旅ご苦労様です」


 為雄はいきなり背後から声を掛けられて驚きのあまり飛び上がり、足を踏み外してずっこけた。もたつきながら()()()()()()()()()()()()()()()何とか起き上がり、ずっこけた拍子についた服のほこりを払いながら振り返り、声の主を見た。


 為雄は息を呑んだ。彼より少し下、岡山と同年代くらいの少女がいつのまにか背後に立っていた。


 身長は150ほどで、目鼻立ちの整った顔立ちは思わず見惚れてしまう程美しく、流れるような長い銀髪が時折吹く風によって神秘的に揺れていた。掛け値無し、文句無しの正真正銘の美少女が、その髪と同じ色の瞳で静かに為雄を見つめていた。


「いきなりお声掛けして申し訳ございません、ですがまさかそこまで驚かれるとは思ってもいませんでした、配慮が足りませんでしたね、すみません」

「え、あ、はい、ソウデスネ」


 少女は驚かせたことに対して淡々と謝罪をし、為雄はしどろもどろになりながらも返答を返す。状況があまり理解できないでいた。だが為雄が状況の理解をするよりも早く少女は為雄の手を取った。握られた手は死人の様に冷たかった。


「では参りましょうか、お父様がお待ちです」

「ア、ハイ」


 少女は為雄の手を引き、遅すぎず、かといって早すぎない歩調で中心にある荒屋へと導いた。為雄はされるがままに少女について行く。


「な、なあ、一つ聞いていいか?」

「はい、いかがしましたか?」

「俺は光る石ころを追ってここまで来たんだけど、あの石はあんたが置いてってくれたのか?」


 ある程度落ち着きを取り戻した為雄は、少女に会ってから聞きたくて堪らなかったことをおずおずとした調子で聞きにいった。自身の中の疑念をさっさと取り払いたかったからだ。


「その通りです、お父様があなたがここへ落ちてきたことを感知し、私にあなたをここまで案内するように指示されました」


 少女は特に隠すでもなく、やはり淡々とした調子で為雄の疑問を解消してくれた。その一言に為雄はほっと息を吐いた。自分の感じていた不安が杞憂だったという事実が、ようやく肩の荷を下ろしてくれた。


 荒屋の前に立った彼女は扉を開け、為雄に先に入るように促した。


 為雄は躊躇するように一歩下がり、それから少女に目を向けた。少女の瞳は相変わらず感情の突起が窺えず、その瞳は躊躇っている彼を急かすわけでも何かを訴えることも無く、ただ黙って彼を見つめていた。


 くそたれ、どうせ躊躇ったところで俺に選択肢なんてないんだ。どうせ無いんなら、ここは思い切って突っ込むべきだろう?男なら度胸見せんしゃい!ええいままよ、当たって砕けろ、死して屍拾う者なし!


 いささか物怖じしたのち、変な方向へ吹っ切れた為雄は開き直って、ある意味堂々と扉を潜り抜けた。度胸を見せろと為雄は言ったが、実際の所それは自暴自棄の何物でも無く、度胸とは程遠いものだった。


 しかし今の為雄にはそんな事どうでもよかった。とどのつまり最初の一歩さえ踏み出せればどんな理由だってよかったのである。


 荒屋の中は外見からでは想像できないほど小奇麗で、広かった。廊下はまるでトリックアートの引き延ばしの部屋のように不自然に引き延ばされ、もしこんな状況でなければ色々と見て回りたいと思った。


 だが為雄はそんなことせず、扉をくぐった瞬間に目の前に現れた光の玉の案内のままに歩を進める。光の玉はしばらく進んだのち、ある部屋の前でぴたりと動きを止め、ふっと消え去った。どうやらここが終着点のようだった。


 為雄は無言で後ろからついてきていた少女へここで合っているのか聞き、肯定のために頷いた少女を見るや躊躇せずにドアを押し開けた。


 部屋の中はこれまた不自然に広く、その床には所狭しと何が何だかわけのわからない魔法陣が書かれてあった。その中心にひときわ大きな魔法陣があり、そこに人が横たわっていた。


 その人物は黒いローブを纏っており体つきを判別する事は叶わなかったが、ローブから露出している顔は深い皺に覆われており、まるでミイラの様な印象を為雄に抱かせた。


「何だこの即身仏!?」


 為雄は思わず目を剥いて叫んだ。何か不可思議な方法で案内されたかと思えば、そこに即身仏じみた死体が置いてあったんだから当然といえば当然か。しかし、よく見てみるとその即身仏の胸は浅いながらも上下していた。


 あら、生きてる?為雄がそう思った矢先、即身仏の目がカッと開かれ、為雄を睨みつけた。


「誰が即身仏だ!」

「グワーッ!」


 目を見開いた即身仏は、乗り突っ込みじみた怒鳴り声を発しながら為雄目掛けて跳ね起き、そのまま拳を突き出した。繰り出された拳は為雄の顎をしたたかに打ち、為雄はきれいな放物線を描いて襤褸屑のように地面に落下した。


 これが為雄とグローバル・イングリッシュとアンナ・イングリッシュとの出会いだった。











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