まほーつかいは馬車で揺られて運ばれた
それからの日々は慌ただしく過ぎていった。
戦闘経験のない彼らの一日のスケジュールは戦闘訓練だけで埋まり、使ったことのない筋肉を総動員した訓練の数々に毎日全身に痛みを覚えながらも、何とかこなしていった。
それでも岡山、不動、藤川、飯塚は勇者の職業に就いたことで基礎能力が格段に上がっており、何より成長力にもブーストがかかっているらしく、日が経つごとに筋肉痛も和らいで言った。
しかし為雄はそうもいかず、訓練後は人に助け起こしてもらわないと立つこともできないほどだった。
彼の職業まほーつかいは魔法使いの半人前の半人前。つまり魔法使いとしてすら認められない存在、すなわち赤子のような、いや赤子ですらこの時代ではならないような職業に彼はなっていた。
そもそもまほーつかいは遥か昔、現代よりも魔法の研究が進んでいないころに大量に発生した未熟な魔法使いの総称であり、研究の進んだ現代ではまずお目にかからないような存在だった。
さらに酷いことに、まほーつかいはありとあらゆる項目にマイナスの補正がかかるため、現在の彼は元居た世界の時よりも体力が落ちている有り様だった。
岡山達は早々に彼の元から消え去った。彼らはいかにも上級騎士的な存在に連れられ、いかにもな専用の訓練場を与えられ訓練をしていると、顔見知りになった兵士たちから訓練中に聞くことができた。
本人たちはきっと同情か憐みのつもりか、もしくは嘲るつもりで言ったのだろうが、今の彼からすれば他人が何をしていようが自分の事で精一杯なので、だからどうした程度の感想しか出てこなかった。
訓練中は確かに顔を合わせなくなったが、それでも空いた時間に短いながらも交流はしているので、言われなくとも彼らの現状は知っていたから、その情報は余計なお世話としか言いようがなかった。
彼らは元から勇者としての素質があったから勇者に選ばれたわけだけど、俺は魔法陣の効果でブーストして職業がまほーつかいなのだ。本来なら一体どれだけ悲惨なことになっていたのだろうかと思うと彼はぞっとした。
(ていうかそもそも俺明らかに巻き込まれた枠じゃん!そりゃあ勇者になんてなるわけないじゃんかよ!ふ、ふふ、ふざきゃがってぇ~!)
公に馬鹿にしたような発言は今のところ確認できていない。だが明らかにこちらを見下したような視線を時折感じてはいた。
今ですらこれなのだ。時間が経てばどういったことになるかは簡単に想像がついた。生来負けん気が強かった彼はそれじゃ困ると死に物狂いで現状の打破にかかった。
その想像を想像の内で終わらせるためには、とにかくまずまほーつかいからの脱却を図るほかなかった。
けれども訓練場にある的に体力も魔力も尽きるまで毎日ひたすらまほーを撃ちまくっても職業まほーつかいはうんともすんとも言わず、変化の兆しも有りはしない。
何の変化もないことに焦燥感を募らせながら、それでもいつかは変化があるさと自身に言い聞かせる日々が一ヶ月近く続いた日に、それは起こった。
「は?遠征?明日から?」
「えぇ、そうらしいですよ」
たびたび言伝を届けてきてくれるため顔見知りになった文官の男が、為雄に気の毒そうに報告した。
「え?俺、まだ碌に戦えるような状態じゃないんですけど」
「ご愁傷さまです」
「ご愁傷様ですじゃねぇんだよ!俺を連れて行こうなんてアホか!そいつは無茶だ、考え直せ!」
「私に言われましても、これは上からの決定ですからねぇ」
男はやれやれといった風に頭を振るった。
「これ絶対事実上の切り捨てだろ、役立たずだから自分の手が汚れないような手段で俺を消しに来たに違いない」
「いや、さすがに上も無理に召喚した者を無碍に扱うことはしないはずです?」
「何その疑問形、腹立つわぁ~…」
嘆いたことで決定が覆されることは無い。それどころか訓練する時間が減ってまほーつかい脱却の道が遠くなるだけだ。
去っていく男を手を振って見届け、早々に訓練を再開した。明日に備え、少しでもまほーつかいから脱却できるようになるために。会話を聞いていた多くの人の憐みの視線を背中に感じながら、為雄は時間が許す限りを訓練に費やした。
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一日はあっという間に過ぎ去り、遠征当日の朝が来た。
ぐうぐういびきをかいて寝ているときに強引に叩き起こされ、寝ぼけ眼を擦って身支度をさせられた。叩き起こされたことにせめてもの抵抗としてあくびも隠さず集合場所である城門前に向かうと、もうすでに彼以外のメンバーが揃っていた。
「ちょっとあんた、遅刻は厳禁っていうのは常識でしょ?遅いのよ!」
「うるさいなぁ負けヒロイン、俺はお前らと違って貧弱なんだからもっと労わりなさい」
「なぁっ!?また負けヒロインって言った!こ、殺す…!」
為雄の言葉に怒り狂った藤川は手に火炎を纏った握り拳を引き絞ったが、不動が彼女を羽交い絞めにして押さえつけられ、飯塚が言い包めたことにより何とか事なきを得た。その時のやり取りはまるで母親が聞き分けの無い子供をあやす光景を為雄に連想させた。
「はぁ…まったく、大体ダメ夫!あんた今回の遠征の目的知ってんの?」
不動に押さえつけられ、飯塚に窘められて落ち着きを取り戻した藤川は、為雄に今回の遠征目的について聞いてきた。
「いや知らん、そもそも遠征に行くとしか伝えられて無ぇ」
「あぁやっぱり聞かされていないんだねダメ夫君」
「やっぱりってなんだよ、バカにしてんのかちんちくりん」
「ダメ夫さん、今回の遠征の目的地はここから数キロ先にある祠です」
「祠ぁ?」
「はい、その祠は勇者たちの武具が眠っているらしく、それを取りに行ってくるのが今回の遠征の目的です」
「…勇者のかよ、なおさら俺必要ないじゃないか…ならもっと寝てても良かったじゃないか、ふざけんな!」
「いやいやいやそうはいかないぜダメ夫、俺たち五人はこれから魔王たちと戦っていくことになるんだ、幸い祠の難易度は高くないっていうらしいし、実戦経験は積める時に積んでおいたほうがいいだろ?」
他にもいろいろと岡山たちは言ってきたが、為雄はあることを考えるのでいっぱいでそれどころでは無かった。
ダメ夫、ダメ夫、ダメ夫、ダメ夫。どいつもこいつもダメダメ言いやがって。場所が変わるどころか世界が変わってもきてもダメ夫の名はついて回るのか。
なんてこった!
ダメ夫は愕然とした。
大学就職どころじゃ無い。世界そのものがこの目黒・ザ・ナイスガイの名をダメ男に変えようと画策してやがる。
それになんだ、五人だって?いったいいつから俺がお前らの仲間入りをしたんだ?
為雄は岡山達にばれないように顔を顰めた。
別に仲間に入れられること自体は問題ではない。むしろ良いことだ。が、さも自分も戦闘員の一員であるというような言い方が為雄は気に入らなかった。
この一ヶ月、同じ故郷の者同士ということもあり随分と打ち解けることができたが、まだ自身の全てを曝け出せるほど距離は縮まってはいない。
だが向こうはどうだろうか?為雄はちらりと岡山達四人を見てみた。楽しそうに雑談している彼らをどれだけ見ても、自分のことをどう思っているのかてんで見当がつかなかった。
ま、どう思われようとも危害さえ加えられなければいいか。そのようにして一人納得した為雄は、いつまでも出発するそぶりを見せない四人へ声をかけた。
「なあ、いつになったら出発するんだ?どうせ鍛えるために徒歩で行きましょうとかなんだろ」
「いやさすがにそれはないですよ、ええっと確か話では迎えの馬車が来るまで待機してろと…あ、噂をすれば、来ましたよ」
飯塚が見ている方向へ首を巡らせると、確かに彼女が言っていたように馬車がこちらに向かって来ていた。
馬車は彼らの目の前で停車すると、内側から扉が開かれ、中にいた人物が身を乗り出して彼らに早く乗るように急かしてきた。馬車の中から出てきた人物に為雄は驚きを隠せなかった。
「は?王女様じゃん、え?もしかして付いてくんの?一国の王女が?」
「ええ、その通りです」
「気は確かですか?」
為雄は王女へ問わずにはいられなかった。いくら何でも王族がわざわざ危険地へ行く必要はないだろうに。
「私たちは貴方方を無理に召喚したという負い目がございます、ですので私たちはこうでもして決して皆様を無碍にしないということを証明する必要があるのです」
きっぱりという王女に、為雄は思わず脱帽した。こりゃあこっちが何か言うのは野暮ってもんだな。王族っていうのはこうも肝っ玉があるもんなのかねぇ。
それに、と王女は付け加えた。
「同年代の皆様と会話をしてみたいという願望もあったので、少々無理を言ってこの遠征に同行できるように手配したんです」
と言って王女は茶目っ気たっぷりにウィンクして見せた。
うわ、うざ。反射的に出そうになった言葉を何とか喉元に押し止め、王女に先導されるままに馬車の中に一番乗りで飛び込んだ。これ以上じっとしていたら余計なことを口走るのも時間の問題だった。
為雄に続き他の者も順繰りに中へ入ってゆき、全員が入ったのを確認するやすぐに扉は閉まり、馬車は動き出した。
「それにしてもまさか王女様直々の同伴とはね、おめーら知ってたのか?」
「知ってるも何もハートが俺たちに言いってきたんだぜ?大体一週間前かなぁ」
岡山達の話に耳を傾けながらそれにしても、と為雄は思う。いつ聞いた云々はこの際置いといて、ハートねぇ…。随分とまぁ親し気なことで。
ハートとは王女の名前だ。ハート、ハート・アントワーヌ第二王女。国王の名はキング・アントワーヌだ。
安直な名づけ方だなぁ。じゃあなんだ。他にもスペードとかクローバーとかいるのか?
気になった為雄はそれとなく、尚且つ失礼のないように王女へと話を振ってみた。
「えぇそうですね、私の上と下に姉と妹がおりまして、姉がクローバー、妹がダイヤですね、今度時間が取れた時にご紹介しますね」
やっぱりかと思うよりも前に、ある疑問が湧き出してきた。
「ありゃ、ちょっと待ってくれよ王女様」
「ハートで結構ですよ?ダメ夫様は私より一つ上ですからね、お気遣いは結構です」
クソ、こいつもダメ夫か。心の中で毒づきながら、それをおくびにも出さず質問を続ける。
「はい王女様、大したことじゃないんですが、クローバーハートダイヤときてクローバーがないのはおかしくないかなぁって、てか後継ぎはおらんのですか?」
軽い興味で、純粋な疑問のつもりで聞いたのだが、彼女の顔に一瞬だけ影が差したことを見て取った為雄は内心しまったと思って質問を取り消そうと逸った。
しかし王女は手で制し、努めて平静を装い必要最低限の言葉で彼に説明した。
「クローバー兄さまは、クローバー王子は魔族との交戦で死亡しました」
とたんに馬車内に重い沈黙が広がった。その沈黙を引き起こす切っ掛けを作った為雄は苦い顔を作った。やっぱりか。クローバーの名が出なかった時に薄々は感じていた懸念が見事に的中してしまった。
「クローバー兄さまを殺した魔物は二本角の大きな魔族だったという話です、兄さまはその魔物から部下たちを守るために一人囮になり、そして…」
本人は淡々と説明しているつもりであろうが、言葉の節々から憎しみが漏れ出ていることは誰の目にも明らかだった。
「あー…その、すみません、不躾な質問でしたね」
「気にしないでください、ダメ夫様は、悪くありませんからね」
王女の気にしていないという言葉が為雄たちに対して言ったのか、はたまた自分に言い聞かせているのかは為雄には判断がつきかねた。ただ彼女がその様にしてこの事実と向き合おうとしている事だけは為雄の目にも分かった。
「と、ともかくさ、祠ではそのものにあった武器が出るって話じゃん?みんなは何が出ると思う?俺はハンマーとか良いなぁ」
重苦しい沈黙を振り払うように、岡山は大きめに声を出した。若干上ずった声は、それでも重い沈黙を打ち消すには十分な効力があった。
「私は刀がいいなぁ、剣道部、やってましたからね」
「何で不動はそんなに剣道部に拘るんだ、それしかアイデンティティが無いの?虚しい自己形成ですね」
「そ、そこまで言うことないじゃないかぁ!馴染み深い武器のほうがいいのは当然じゃないか!」
「あたしは徒手空手だから、まあガントレットとかかな?」
「ナックルダスターでいいだろ脳筋」
「何ですってぇ~!!!」
「私は魔法がメインになるので杖とかですかね」
「まあ妥当だねぇ」
「ちょっとダメ夫!沙良の時だけ対応甘くない!?」
「そうだよ!あんまりだよ!」
「やかましわ!そうされたきゃもっとお淑やかになりやがれってんだ!」
「ダメ夫はどんな武器が良いんだ?」
「俺勇者じゃないから武器なんて貰えないんですけどおおおおおおおおおお!!!」
「わあ~忘れてた!ごめん!」
「オノレーッ!」
「あはははははははは!」
為雄たちのやり取りに声を上げて王女は笑い、彼女も進んでその会話の輪の中に入り始めた。そうこうしているうちに馬車の速度は落ち始め、目的地である祠前まで到着した。
馬車から降りた彼らは王女に先導されるがまま祠の元へ近寄った。
祠は石造りで、大きさは縦に3メートル、横に2メートルといったもので、まるで何年も手入れされていないといったかのように風化していた。周りには申し訳程度に装飾が為されていたが、それも雨風に晒されてか、人にでも持ち去られたのか殆どが残ってはいなかった。
「何この古臭い祠は、こんなとこに本当にゆーしゃの武器なんてもんがあるんですか王女様?」
「あるはずです、文献によれば祠は選ばれし者が近づけば自ずと道が開かれるとあります」
王女がそう断言して言ったのと同時に、あたかも祠自体が自身の役割を思い出したとでもいうように、ひとりでに後ろにスライドし、その下から地下へ続く階段が露になった。
「ほら、やっぱりありました!」
「こ、ここを下れば、俺たちの武器が手に入るのか…」
「はい、ですが気を付けてください、この下には選ばれし者試すために敵が潜んであるといいます」
「え、敵がいるの?わ、私たち大丈夫かな?そういう試練ってすごい厳しいっていうのがお約束じゃん?」
「いえ、幸い敵は強くないというので、そこまで気負う必要ないです、ですがトラップもあるといいます、くれぐれも注意して進みましょう」
だがいつまでも尻込みしてなかなか入ろうとしない四人に焦れた為雄が、階段を覗き込んでいる岡山の尻を蹴っ飛ばして無理やり中へ叩き込んだ。
「さっさと行け!後がつっかえているだろうが!」
「うわああああああああああああああ!?」
為雄に蹴っ飛ばされた岡山はなさけない悲鳴を後に残して、階段を転がり落ちていった。
「ちょ、ダメ夫君!?何してんの!?」
「うるせえお前も行け!」
「きゃああああああああああああああ!?」
「あ、昭ぁ!」
「とっとと行けーっ!」
「きゃああああああああああああああ!?」
抗議してきた不動と藤川を岡山と同様に蹴り落とし、それから振り返って飯塚と王女に先に入るようにジェスチャーし、二人が入ったのを確認すると為雄はゆったりとした足取りで階段を下って行った。
ここが第二の分岐点。このまま残っていれば、あるいは彼はこれから先何事もなく平穏な生活を送れていたかもしれない。が、賽は投げられた。もはやどれだけ乞うても後戻りはできない。
為雄の運命はすぐそこまで迫っていた。