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渡り船に大鍋

 ハンターとはその名の通り魔物の狩猟を生業とする者たちである。彼らは皆一様に≪ギルド≫に所属しており、彼らの収入はギルドから斡旋された狩猟依頼から得ている。しかしギルドは個人依頼も請け負っており、こうしたキャバンの護衛も任されることがあるのだ。


 現場は凄惨な有様だった。至る所に魔物の死骸が転がっており、人魔問わず飛び散っている血液と死骸から零れ落ちた臓物によりむせ返る様な匂いに満ちていた。何より戦闘音に負けないくらい負傷者の呻き声と怒号が飛び交っており、それがより一層戦闘の悲惨さを引き上げていた。


「うげぇこいつは酷いな、想像してたよりもずっと酷い」


 開口一番、為雄は修羅場の酷さに思わず呟いた。


「良し皆加勢するぞ、俺に続け!」

「うん、胡桃ちゃん行こう!」

「よっしゃあ!あたしが全滅させてやんよ!」

「あ、バカ考え無しに突っ込むな!」


 為雄の静止もむなしく、岡山達はそれぞれの獲物を構えて躊躇なく乱戦の真っただ中へと身を投じて行った。


「うわあ!」

「ギャース!」

「させるか!」


 体勢を崩し、今にも魔物に襲われそうな軽装備の男の前に岡山は割り込み、大口を開けて噛みつこうとする魔物の顔面を金棒で叩き砕いた。


「な、何だぁ!?」

「通りすがりの勇者だ!加勢するぞ!」

「はぁ!?」


 そう言って岡山は状況が理解できないでいる男を背に、魔物の大群相手に光魔法を叩き込んだ。


「食らえ≪ホーリーショット≫!」


 岡山から放たれた複数の光の玉は手前を走る緑色の肌をした醜い子供のようなゴブリンと呼ばれる魔物に着弾、何匹かのゴブリンがバラバラになって死んだ。


「ええいゴブリンが多い!あたしこいつらきもいから嫌いなのよ!」

「私はオークの方が嫌だなぁ!」


 それにより怯んだ魔物たちに向かって不動と藤川がエンハンスメントをかけながら突っ込み、獲物を振り回し、魔法を撃ちまくって瞬く間に殲滅してゆく。


「アイツら!目視されたら意味ないって言ってんだろ!これじゃまた魔族が突っ込んで来るじゃねぇか!」

「大丈夫ですダメ夫さん、私たちこれでも似たようなこと何度もやってるんですよ」

「そうです、ですから心配しないでください」

「そういう意味で言ってんじゃねぇんだよ!」


 魔法を撃ちながらそんなことをのたまう飯塚と王女に向かって為雄は怒鳴り散らしながら、やっぱりそうだったのかと心の中でうんざりと首を振った。


「マスター」


 と、隣で佇んでいたアンナが険しい顔で為雄に声をかけてきた。為雄はアンナの言わんとすることを理解し、頷いて指示を出した。


「あーうん、怪我人はこっちで何とかするから、お前は岡山達に加勢してこい」

「了解しました、マイマスター、これよりアンナ・イングイッシュ、出撃します」

「おーう」


 アンナが光の大楯と槍を生成して駆け出す姿を見届けながら、為雄はゆったりとした足取りで馬車の方へと歩いて行った。


「ダメ夫さん、私たちから離れないでください!」

「兄さま!?何を」

「飯塚と王女様はそのまま岡山達の援護してろ、俺は怪我人を治してくるからよろしく~」


 為雄は二人の静止の言葉を受け流して指示を出しながら、時折飛んでくる魔法や手足などをひょいひょいとかわしつつ怪我人の護衛と思わしき男の横を通り過ぎ、一番近くにいる怪我人の前に屈み込んで怪我の具合を量った。


「うぅ…あぁ…」

「オッスあんた、酷い怪我だなぁ~、ふぅ~むこいつは致命傷だな、鋭くて長い爪がぶっ刺さって途中で折れたのか、こりゃ内臓まで傷ついてるな…」

「何だお前!?(驚愕)」


 独り言を言って怪我の具合を確かめる為雄に、ようやく気付いた怪我人の護衛をしていた男がびっくりしてひっくり返って驚いた。


「何ただの金魚の糞さ、まあお近づきのしるしにこれでもどうぞ、≪おーしゃんひーる≫」


 と為雄は仰天してわめいている男に言い放ち、おもむろに怪我人に向けて魔法を浴びせかけた。とたんに驚くべきことが起きた。虚空から水が発生し怪我人に纏わりついたかと思えば、まるで逆再生の早回しの様に怪我がみるみる治っていく。


 間近で見ていた男はさらに仰天して、怪我をしていた男を穴が開かんばかりに凝視した。怪我をしていた男は驚く以上に困惑しており、目をしばたいて傷があった場所を何度も確認するように指で撫でた。


「そうらもういっちょ!」


 そう言って為雄は別の怪我人のいる方へ振り向き杖を一振りした。すると今しがたと同様に怪我人に水が纏わりつき、一瞬で怪我が治っていくではないか。


 怪我人の呻き声が途絶え、ほんの短い間戦闘音だけがその場を支配した。


「マジかよ…」


 誰かがそう呟いたのを皮切りに、困惑の声がさざ波のように広がった。


 皆信じられないようだった。さっきまで死にかけていたのに、ほんの一瞬でまるで初めからなかったかのように傷が消え去ってしまった。その現実に理解が追いついておらず、生きている喜びよりも何が起きたのかわからないという困惑の方が大きかった。


「これで良し、おらいつまでくっちゃべってやがる!さっさと起き上がって戦いに復帰しろ!それともこのままガキ共任せか?」


 そんな彼らを為雄の言葉が現実に引き戻した。目を白黒させて注目してきた彼らに、為雄は背後に親指を向けた。為雄が示した方に目を向けていると、彼の言った「ガキ共」が圧倒的な力で魔物たちを蹴散らしているは無いか。


「とっととやれってんだよ!このままじゃあいつらすぐに全滅させるぞ!大の大人がそれでいいのか?」


 為雄に発破をかけられた彼らは一瞬呆けた顔をして、それから雄たけびを上げながら武器を片手に魔物に向けて突っ込んでいった。


 果敢に挑みゆく元怪我人たちを目尻に、為雄はまだ事態を飲み込み切れないでいるローブ姿の集団に怒鳴りかかった。


「おら魔法使い、何ぼうっと突っ立ってんだ、お前らの役目は遠くから魔法を打つ事だろ、撃て撃て撃て!」

「うっ!わ、わかった!え~と、ふぁ、≪ファイヤーボール≫!」

「≪ゲノショックチョッパー≫!」

「≪ウォーターカッター≫!えいやー!」

「食らえ≪ロックショット≫!」


 為雄に怒鳴られてあたふたとしながら、魔法使いの集団は援護すべく魔法を次々撃ち込み始めた。それを見て満足そうに頷くと、為雄はくるりと戦場に背を向け、こそこそとその場を離れ始めた。


(こっちへ向かってくるモジャモッキーと似たような反応が二つ、その後ろから魔物の反応が百近く、今合流されたら長引きそうだし、サクッと処理しちまおう、あいつらに任せたんじゃまた変なの呼び寄せそうだし)


 その場を離れた理由はこちらに向かってやってくる魔族と魔物を敏感に察知したためだった。合流された時の事とその時の岡山達の事を考え、それなら自分一人で片づけた方が早いと判断し、独断で迎撃へと向かったのだった。


 為雄は目標へ向け最短距離で疾走した。障害物を物ともせず駆け抜ける様はさながら風のごとし。あっという間に二つの反応の元へ着くと為雄はそのままの勢いで跳躍、未だこちらに気づいていない二人の魔族の片方の脳天に杖を叩きつけた。


「プギャッ!」

「ゴブッ!?な、何だ!」


 為雄が殺したのはオークの魔族であり、頭部がなくなった胴体はそのまま数メートル走り、ばったりと倒れて動かなくなった。相方のゴブリンの魔族が突然の出来事に驚いて慌てて急ブレーキをかけて止まり、強襲者の姿を確認しようとするもすでに為雄は影も形も無かった。


「え、な、え、ど、何処へ!?」


 煙のように掻き消えた為雄を探して辺りを見回すゴブリンの魔族は、自身の影から音もなく現れる為雄に気づかなかった。


「何処へ…っ!」


 為雄の上半身が現れたところでようやく気が付いて振り向いたがもう遅い。彼が為雄の姿を見るよりも先に為雄は杖でゴブリン魔族の心臓を貫いていた。


「ゴブーッ!?」


 ゴブリン魔族は困惑と苦痛の入り混じった断末魔を吐き、びくびくと痙攣したのち動かなくなった。


 為雄は動かなくなったゴブリン魔族から杖を引き抜いて血を払うと、百近くの魔物が来るであろう方向へ顔を向け、杖を一振りしてまほーを発動させた。


「きぞくせいまほー≪らんぺいじつりー≫」


≪ランペイジツリー≫とは木属性魔法の一種で、木を暴走させ周囲の物体を破壊する魔法であり、森の中ではすさまじい破壊力を発揮する恐るべき魔法である。


 まほーを発動させて少し間が開いた後、魔物のと思わしき断末魔と湿った音が断続的に聞こえたが、それも数秒ほどで聞こえなくなった。


「…反応ゼロ、生き残りは無し、…良し、なら戻るか、急がないと変な追及されそうだし」


 素早く反応を確かめ、問題ないと判断した為雄は一言呟きそそくさとその場を後にした。為雄が現場に戻るとすでに戦闘は終了していたようで、ハンターたちが岡山達を囲んで口々に感謝の言葉を述べていた。


 感謝される者の中にアンナの姿も確認でき、その顔には四方八方から飛んでくる感謝の言葉に気恥ずかしさと戸惑いが見て取れる笑みが浮かんでいた。それに目ざとく気付いた藤川が茶化すように何事か言い、そこから口論に発展したようだが、言いあう二人の顔に負の感情は無く、どこか晴れ晴れとした雰囲気を纏っていた。


(…人助けして感謝される気分はどうだ?恥ずかしいか?嬉しいか?何にせよこれで分かったろ、仲間と共に何かを成し遂げるのは気持ちが良いもんさ、だから早いうちに俺離れしてくれるといいんだけどねぇ)


 口論するアンナを一瞥し、そんなことを考えながら為雄は馬車の方へと足を進め、その前に立っている商人らしき男に声をかけた。


「どうも、怪我はありませんか?」

「あぁおかげさまでな、あんたのおかげで怪我人はゼロだ、にしても見事な手並みの回復魔法だったな、あれだけの怪我人を一瞬で治しちまうんだもんなぁ、もしかして高名なハンターだったりするのかい?」

「いやぁ、僕は彼らの金魚の糞ですよ」


 そう言って為雄は人だかりの中心にいる岡山達に顎をしゃくって見せた。男もそちらの方へ目をやり、一人納得したように頷いた。


「へぇ~彼らが勇者か、なるほど、噂通り無茶苦茶強いんだな」

「でも無鉄砲だ、おまけに考え無しときてる」

「でもその無鉄砲さのおかげで俺たちはこうして生きていられるんだ、それで誰かが救われるのならあながち悪いところでもないんじゃないか?」


 商人の男の言葉に為雄はしばし考え込むように首を傾げ、やや納得がいかないといったように肩をすくめた。


「ははは、納得いかないって面だな」

「普通自分の命を度外視してまで他人の事情に首を突っ込みますか?彼ら勇者ですよ?魔王殺すまでに死んだら意味無いじゃないですか、そのこと分かってるんでしょうか彼らは」

「確かにそうだ、でも他人のために命張れるっていうのは多くの人にとって好意的に映るもんさ、自己犠牲の精神はいつだって称賛されるからな、何より彼らは勇者だ、民衆に指示される行動はやってしかるべきだろ?」

「信用を勝ち取る方法なんて他にいくらでもあるじゃないですか」

「ま、終わったことだ、今は無事に仕事ができることに感謝しよう、ところでだ」


 商人の男は改めて為雄に向き直った。


「あんたらこれからの予定はどうなんだ?」

「あん?」

「いや、助けてもらって何もしないんじゃ商人の名折れだ、とくに予定も無いんなら礼をしたいと思ってな」


 為雄は男からの質問にどう答えるべきか考えあぐねた。このまま馬鹿正直に話すか?しかし初対面の者にどこまで話す?礼をしたいなんて言うがそれは本当か?


 答えあぐねて口をもごもごさせる為雄の脳裏にふと今しがたの会話が思い出された。


(…民衆に指示される行動ね)


 そこで為雄の考えは決まった。彼は包み隠さず話すことにした。


「…僕ら事情があってなかなか町へ入れなかったんですが、ようやくその問題も解決しましてね、物資の補給と情報収集もかねてどっか町へ寄ろうと思っているところです」

「そうか…それならこのまま俺たちについてこないか?俺たちは商品の仕入れのために出かけててな、それで今は帰りの所だったんだ、距離も近いし、今更七人増えたところで大した違いも無い、どうだ?」


 為雄からすればその話はまさに渡り船だった。為雄は二つ返事でその話を了承した。


「えぇいいっすよ、むしろこっちから頼みたかったくらいです」

「おう、そいつは重畳」


 そして二人は握手を交わし、契約は完了した。


「なら善は急げだ、とっとと行くとしよう、おいハンター共!そろそろ出発するぞ!」


 商人の男はハンターたちに顔を向け、大声で号令をかけた。しかしハンターたちの口から出てきたのは了解の言葉ではなく空腹の訴えだった。


「腹減って動けねぇよ大将!」

「そういえば俺らまだ飯前だったなぁ、すっかり忘れてたぜ」

「思いだしたら急におなか減って来たわ、あ~もう無理立てない」

「腹減ったぁああああ!」

「あ~そうか、そういえばそうだったな、しまったぞ」


 商人の男は腹に手を当てて、思わず呻いた。


「何がしまったんです?」


 為雄の疑問に男は苦笑いを浮かべ、一歩前へ出て冒険者たちに残酷な真実を告げた。


「すまん、物資は無事だが食料の方は全部食い荒らされちまったんだ、だからお前らに食わせられるものは無いんだ、すまんな、本当にすまん」

「「何だとおおおおおお!!!」」

「元々ここで休憩しようって話だったんだが、飯を広げたタイミングで魔物に襲撃されちまってな…、まぁその時魔物どもは真っ先に食料の方に跳んでいったからこそ死人が出なかったのもあると思うんだが」


 ハンターたちの嘆きを聞きながら男は小声で為雄に囁いた。為雄は額に手を当てて思わず毒づいた。食料ならある。まほーで作り出した異空間には半年は何も買わずにいられるくらいの備蓄がある。しかしそれは自分たちの旅で消費するものだ。こんなところで消費していいものではない。


だがこのまま放っておけばハンターたちが暴動を起こしかねない。それでは困る。だがそれでは自分たちの分が…。為雄は長々考えたものの、獣のような唸り声を発するハンターたちの喚き声に結局は折れた。


「はぁ…くそ、すいません、ハンターたちに今から用意してやるから黙ってろって伝えてくれませんか?」

「え?いいのか?」


 為雄の提案に男は思わず聞き返した。為雄はむっつりとした表情で頷き、虚空から人が何人も入れそうな大鍋を取り出した。ぎょっとする商人の男を目尻に為雄は諦めた様に言い放った。


「えぇちょうど昼時ですし、この際もう良いです」

「すまない、後で減った分の食料を渡すよ」

「タダで?」

「もちろんさ」

「はぁ…、おいアンナぁ!お喋りはその辺にしてこっち来て手伝え!」


 為雄はもう一度溜息を吐き、それからアンナを呼び寄せるために声を張り上げた。


「!は、はい!ふん、では私は「マスターに呼ばれた」のでこれにて失礼します」

「あ、待てや!まだ話はついてないわよ、()()()!」


 未だ藤川と言い争っていたアンナは為雄の声が聞こえるやすぐさま反応し、これ見よがしに為雄の従者であることをアピールし、憤慨する藤川を背に意気揚々と為雄の元へ駆け寄っていった。


「来たな、さっそくで悪いけどこれよろしく、俺は材料切るから」

「分かりましたマスター」


 大鍋をアンナに任せ、為雄は虚空から大量の食材を取り出し、杖を一振りした。瞬間食材が適切な大きさに切り分けられ、吸い込まれるように大鍋の中へと入っていった。アンナは食材がすべて入ったのを確認すると調味料を入れ、巨大なお玉を持ち、難儀そうにかき混ぜ始めた。


「おらハンター共、もうすぐ出来上がるから皿持って一列に並べ!」


 為雄は振り返って目をぎらつかせて物欲しそうに大鍋を凝視するハンターたちに怒鳴りつけ、殺到してくるハンターたちに食器を手渡しながら心の中で絶叫し、天を仰いだ。


(俺は炊き出しのボランティアか!ふざけるな!)


 空は腹立たしいほど晴天で、空に浮かぶ雲は為雄の嘆きなどこれっぽっちも気にせずに、ただ風の向くままに流れ去っていった。







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