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ゴー・ウェスト

「はっ!」


 気が付くと、ずっと昔に見た記憶のある天井が目に入った。為雄は状況を把握しようと目をしばたかせていたが、それよりも前に傍らにいたアンナに声をかけられて反射的にそちらを向いた。


「マスター目が覚めたのですね、良かったです」


 アンナは読んでいた本を閉じて机に置き、椅子から立ち上がって駆け寄ってきた。メイド服を着て。


「」


 為雄はアンナの服装を認識したとたん、凍り付いたように動かなくなった。アンナは心配の言葉を言っているようだが、為雄は彼女の服装が気になって耳に入らなかった。


「あ、あぁ…お、お前、そ、その服は…?」


 為雄は震える指先でアンナを指さした。


「え?あぁ、こちらの服ですか?可愛らしい服ですよね、従者ならこの服を着た方が良いと使用人の方が下さったんです」

「今すぐ脱げええええええ!!!」


 得意げにくるりと回って見せつけてくるアンナに、為雄は目を剥いて絶叫した。


「な、なぜです?」


 きょとんとした顔で首をかしげるアンナは大変に可愛らしかったのだが、今の為雄からすればそんな些末事に囚われている時ではなかった。


「や、やめろぉ!ただでさえお前を連れてるって時点でやばいのにそんな服まで着たとあっちゃあお前!俺逮捕されちゃうだろ!」


 試しにアンナを連れて外を歩いているときのことを想像してみたが、あまりの気持ち悪さに全身が総毛立った。


(冗談じゃない!唯でさえまほーつかいで周りからの評価が低いのに知り合いにメイド服を着せてるなんて噂が立ってみろ、気味悪がられて一層迫害への道に突き進むだけじゃないか!アホか!)


 為雄はベットから跳ね起き、どうにか彼女に折れてもらおうと死に物狂いの説得を開始した。為雄の懇願は三十分以上にわたり、ようやくアンナは渋々といった様子で頷き、彼女が着替えるまで為雄は外に出て待っていた。


「ハァーーーーー…」


 為雄は深いため息をついた。まさか寝起きにこんな爆弾を放り込まれるとは思ってもいなかった。せっかく寝て心が軽くなった気がしたのに、これでまた精神的に疲れてしまっては何の意味も無いではないか。


 そんなことを考えていると扉が開き、少々しゅんとした表情でアンナが部屋から出てきた。その表情を見て、やっぱり着てもいいよという言葉が口をついて出そうになったが、一時の感情を優先して取り返しのつかない事が起きては意味が無いのだ。


 故に為雄は心を鬼にして彼女にメイド服を着ることを禁じた。


「で、これからどうすればいいとかなんか聞いてない?どうせ誰かに案内されてきたんだろ?」


 為雄はアンナの気持ちをメイド服から引き離すために話を振った。


「……はい、しばらくしたら迎えをよこす、と門番の方は言っておりました」

「ふ~んそう、お、噂をすれば、来たみたいだぜ」


 為雄は顎をしゃくった。その方向からこちらに向かって歩いてくる文官の男が見えた。


「ぬ?お前は」

「おや、本当にダメ夫さんですねぇ、お久しぶりです」

「ダメ夫言うな、おうおひさ、マイク」


 やって来たのは為雄にちょくちょく知らせを持ってきていた文官マイクであった。彼は勇者の祠で為雄は死亡したと聞いていたので、生存をこの目で確認して驚きを隠せないようでいた。


「生きてたんですねぇ、勇者様方の話からてっきり死んでいるものかと」

「勝手に殺すな」

「お知合いですか?」


 アンナはマイクを目の端にとらえながら為雄に聞いてきた。


「まぁな、地下送りになる前に度々知らせを持ってきてくれた奴さ」

「随分と綺麗な方ですねぇダメ夫さん、こちらの方は?」

「こいつは」

「はじめまして、私はアンナ・イングイッシュと申します、マスターともどもよろしくお願いいたします」

()()()()?」


 マスターという単語に文官マイクは眉をピクリと動かし、為雄に向けて怪訝そうな顔を向けた。顔を向けられた為雄はあらん限りの渋い顔をして見せ、何も言うなということを言外に伝えた。


 文官マイクはやれやれとばかりに首を振って見せ、それからついて来るように二人に言った。為雄は舌打ちをこぼし、しかめっ面でその後を追った。アンナも為雄の一歩後ろをついていった。


「で、俺がいなくなってから何年経った?長い時間洞窟生活だったから、時間の間隔がおかしくなってんのよねぇ~」


 前を歩く文官マイクに為雄は投げかけた。


 結果を聞くのが少し怖かったのだが、どうせ遅かれ早かれ聞かされることになるのだ。ならば自分から聞いた方が早いと為雄は文官マイクに直入に聞くことにした。


「いやぁそこまでの時間は立っていませんよ、あなたがいなくなって大体半年ほどですかねぇ」

「半年!マジで!?」


 文官マイク返答に為雄は仰天した。体感時間で何十年、下手すれば何百年もいた気分だったのに、外に出ればたったの半年しか経っていなかったのだ。


 時間の感覚が曖昧だと知ってはいたがここまでとは。為雄は浦島ならぬ逆浦島の気分を味わっていた。


 為雄の感じている驚愕を、文官マイクは洞窟生活での暮らしの長さを嘆いていると受け取ったようで、いたたまれなさそうな表情で、幾分柔らかい声音で為雄に話しかけた。


「…まあもう済んだことです、さっさと忘れて、次へ進みましょう、っと、つきましたよ」


 そうこうしている内に国王のいる謁見の間へとついたようだ。文官マイクは扉前にいる近衛兵に来訪の趣旨を話し、近衛兵は文官マイクへ頷きかけると横へ引いて二人に通るように目で促した。


 為雄とアンナは目を見かわし、文官マイクへ礼を言うとそそくさと中へ入っていった。





 --------------------




「まさか本当に生きて帰ってくるとはな」

「何ですかそれ、やっぱり僕には死んでほしかったんですか?」


 信じられないといった面持ちで玉座の上から為雄を見下ろす国王の言葉に、為雄は眉間にしわを寄せて口をとがらせる。


「いやいやそういうわけではない、私だって何の関係も無いお前たちを呼び出したことに罪悪感はある、だからできる限りの事はしようと思っているさ」

「……そうですか」


 国王の言葉を全て鵜呑みにすることはできないが、少なくともその表情からはそれなりの誠意が見て取れたので、とりあえずはそれで納得しておくことにした。


「まぁいいっす、ともかく目黒為雄、この度帰還いたしました」

「うむ、まぁ何はともあれ良く戻って来たな、ところで()()()


 そう前置きして国王はアンナへと目を向けた。


「彼女は?」

「ああ…、こいつですか」


 為雄はアンナをちらりと見た。


「彼女は僕が飛ばされた場所で助けてくれた人の一人です、おらアンナ自己紹介しな」(いいかアンナ、名前を言うだけに留めろ、余計なことは言うなよ、後イングイッシュの名は伏せろ)


 為雄はアンナに自己紹介をするよう促しながら、ねんわを使って釘を刺した。


 アンナは短く頷くと一歩前へ出て、いささか緊張した面持ちで口を開いた。


「わ、私はアンナと申します国王陛下、マスター・為雄様の従者をしております、以後お見知りおきを」


 そう言ってアンナはぺこりと行儀よく腰を折った。


「ふむ従者か、お主なかなかやるではないか」

「……えぇ、そうですね」


 国王の茶化すような言葉に、為雄は全くの無表情で相槌を打った。


「(この糞バカ!)ま、まあ陛下、そんなことはともかくあいつらは、勇者たちはどこへ行ったんです?どうせまだ訓練の途中でしょう?早いうちに挨拶したいんですけど、この城から、というかこの国のどこを探っても彼らの魔力を感じないんですけど、もしかして遠征にでも行ってるんですか?」


 話題を逸らすために為雄は岡山達勇者一行の行方をについて国王に話を振った。


「む、分かるのか?」

「えぇ、まあ、この半年間何もしてなかったわけではありませんでしたから、それで、彼らはどこへ?」


 為雄は再び聞いた。


「…あぁお前の言う通り彼らはこの国におらん」

「そうですか、ではどこへ訓練へ」

「いや訓練のためではない、魔王討伐のために彼らは国外へと出て行ったのだ」

「はぁ!?」


 為雄は思わず耳を疑った。


「そんな、まさか、陛下、こんな時にふざけないでください」

「ふざけてなどおらん、彼らは三ヶ月ほど前に旅立ってしまった」

「そんな馬鹿な!?」


 絶句する為雄に、国王は肩をすくめて見せた。


「お前がいなくなってからふさぎ込んでいたが、一ヶ月も立てば吹っ切れたのかそれから二ヶ月ほど訓練に費やしてとっとと出て行ってしまったよ、さすがに私も訓練期間が短いことを忠告したのだが、これ以上はいいと突っぱねられてしまった、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「いや突っぱねられたじゃねぇよアホかあんたは!」


 はっはっはと笑う国王に、為雄は語気を荒げて捲し立てる。


「戦闘もまともにしたことが無いガキどもの主張なんざそれこそ突っぱねろよ!?何のための権力だよ!」

「おい、陛下に向かってその口調は何だ!」

「うるさい、バカ!そんなこと言っている場合か!」


 為雄の無礼な態度に憤りを見せた近衛兵に、為雄は舌を出して吐き捨てた。


「どどどどどどこへ!?訓練の重要性を理解できない素質だけの馬鹿どもはどこへ行きました!?東?西?は、早く、どっちですか!」


 為雄が詰め寄るように一歩踏み出すと、周囲に控えていた近衛兵がすぐさま為雄を囲う様にして集まり、剣を引き抜いた。しかし為雄は怯みもせずもう一歩踏み出し、一瞬で彼らの前から消え去った。


「なっ!」

「へ、陛下!?」


 為雄の姿を探して辺りを見回すと、いつの間にか国王に詰め寄っていた。


「お、おい貴様、陛下から離れろ!」

「どっちですか!?西!?東!?」

「あわあわあわ」


 背中にかかる兵たちの言葉を一切無視し、国王に掴み掛らんばかりに問いただした。国王はその剣幕に気圧され、しどろもどろになりながらも何とか方角だけは伝えた。


「に、西だ、彼らは西へ行った!」

「西!わかりました!アンナぁ行くぞ!」


 方角を聞いた為雄はすぐさま国王に背を向けて走り出し、囲っていた兵を押しのけてアンナの手を取り、窓に向かって全力疾走を開始した。


「おいそこのあんた、窓開けろ窓!」

「え?は、はい!」


 為雄は窓の近くにいた兵に怒鳴りつけ、窓付近にいた兵は為雄のあまりの剣幕にたじろぎながら、それでも言われた通りに窓を開けた。


「うおおおおおおかぜまほー≪じぇっとふらいと≫おおおおおおおおおお!!!」


 為雄はアンナの手を持ったままかぜまほーの一つ、風の力で得た莫大な推進力で空を高速で飛行する≪じぇっとふらいと≫を発動し、窓から勢いよく飛び出した。


「な、何とまあ……」


 後に残された国王はあまりの展開について行けず、ただ為雄が飛び去った窓を茫然とした表情で眺めていた。


「ぐああああああああおおおおおおおお!!!」

「あ、あのマスター!」


 空を切り裂くように飛ぶ為雄に、アンナは何とか声をかけた。


「うるせぇ喋るな、舌噛むぞ!」

「でもマスター、マスターはその勇者様方の場所はわかるんですか!?」


 アンナは大声で為雄に聞くが、為雄はさらにそれよりも大きな声で怒鳴り返す。


「えぇい奴らの魔力は特殊だ、何せ風化しているが神の力が宿ってるんだからな!感じればすぐにわかる!」

「そんな場当たりな!?」


 空は紅色に染まっていた。じきに陽は沈み夜が来るだろう。アンナにとって初めての夕日は、しかし為雄によって観賞する間もなく沈んでいった。


 しばらくは状況の急転に混乱していたアンナだったが、次第に落ち着きを取り戻してゆき、つないでいた手を伝って為雄の背中へとよじ登った。


 やがて空は茜色から星がきらめく漆黒の夜へと移り変わっていた。アンナは為雄の背中にしがみつきながら、生まれて初めて見る星空に圧倒されていた。


 陽の光が無くなって薄暗いが、代わりに顔を出した月が柔らかい光で地上をぼんやりと照らし、満天の星が空を彩る。


 綺麗だ、とアンナは心から思った。こんな風に急いでいなければ、寝ることも忘れて見入っていたに違いないとアンナは思った。


「アレが月…あの粒みたいな光が星なんですね…!」

「おう、そうだな」


 感動するアンナに、為雄はそっけなく返した。しかしアンナは気にしなかった。今はただこの感動に身を浸していたかったから。


「…お父様もこの光を見ていた時があったのでしょうか……?」

「同じかどうかは知らないけど、似たようなのは見た事あるんじゃない?」


 そう言って二人はしばしの間口を閉じ、自らの心の中に思いをはせた。


 為雄は音速で飛行しながら、背中にしがみついているアンナに悟られないようにちらりと見た。


 背中から伝わるアンナの鼓動は終始ドキドキしっぱなしで、まるでこのまま破裂でもしてしまうんじゃないかと為雄は思った。


 そんなことを考えながら為雄は眼下に広がる鬱蒼とした森を眺めていると、勇者特有の特殊な魔力が感知できた。


「見っけた!」


 為雄はそこに向かって一秒でも惜しいと言う様にさらに速度を上げた。莫大な風が起こす推進力はすさまじく、為雄は音を置き去りにして空を突き進んだ。


 そして為雄は勇者たちがいると思わしき地点の上空へと差し掛かり、そのままの勢いで地面に隕石のごとき勢いで急降下した。どうやら彼らは結界を張っていたらしかったが、為雄はあっさりと結界を突き破り、強引に着地した。


 地面が爆発し、凄まじい粉塵がもうもうと舞った。


 突然の轟音に寝袋から跳ね起きた勇者たちは、何事かと為雄たちの着地地点に武器を構えて接近した。


 やがて粉塵が晴れ、それを起こした者を確認すると、勇者たちの体は凍り付いた。自分の目が信じられないといったようだった。


「や、おひさ」


 目を丸くして為雄を凝視する勇者一行に、為雄は何とも気の抜けるような再開の挨拶をしたのだった。






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