申し訳ないが、修行回はNG ver1.2 応用編
ずずん、ずずん、と断続的に洞窟に振動が走り、それを訝し気に思った魔獣がたった今仕留めた獲物を貪るのを止め、辺りを見回す。
そして振動が発生していると思わしき一点を見つめ、警戒するように威嚇の声を上げる。
瞬間、魔獣が見つめていた場所が膨れ上がり、大爆発を引き起こして弾けた。
「ギャッ」
魔獣は叫び声をあげる暇すらなく爆発に飲み込まれ、粉々になって周囲に飛び散った。
その爆発から何かが飛び出してきた。
為雄である。
為雄は放物線を描いて爆炎から飛びだし、背中から地面に叩きつけられた。
「~~~~~~~ッ!!!」
肺の中の空気がすべて吐き出され、全身に激痛が走った。苦痛に呻きながら何とか立ち上がった為雄は殺気を感じ、すぐさま跳び離れようとしたが、それよりも前に火球が目の前の地面に着弾する方がずっと早かった。
すぐ目の前で爆発、衝撃。
爆炎が体を焦がし、爆炎の熱によって肺が焼けそうになるほど空気が熱される。熱された空気を吸い込んで、あまりの熱さに咳き込みながら、どうにか集中して魔力を練り上げ、まほーを行使する。
為雄が出したまほーは薄い水の膜で対象者を守る≪みずのけっかい≫と、術者を中心に渦巻く風を発生させ、飛び道具などの遠距離攻撃を逸らす≪はごろものかぜ≫の二つのまほーであった。
周囲に張ったみずのけっかいとはごろものかぜで熱を相殺。焼けるほど熱かった空気は正常に戻り、何とか周囲の安全の確保に成功した。
だが安全の確保に時間を使いすぎた。相手はそんな隙を黙って待ってくれるほど甘くはない。すぐに同じような爆発が全身を包み込んだ。しかもその威力は先ほどよりも段違いに高かった。
みずのけっかいとはごろものかぜが多少は爆発の威力を中和したものの、それでも為雄にとって大きなダメージを与えて余りある。
爆発により、一瞬視界が明滅しブラックアウトしかける。耳鳴りが鼓膜を麻痺させ、自分が立っているのかすらわからない。途絶えそうになる意識を、顔面を殴りつけることでどうにか持ちこたえさせ、ふらつく体に鞭打って顔を上げ、頭上を睨み上げる。
そこで為雄が見たものは、宙を舞う光の玉。燃え盛る火炎。不気味に鳴動する闇の球体。大槍の如く太い氷柱。膨大な水。神の怒りの如き雷。小山と見まがうほどの巨岩。そして数多の属性魔法を従えたグローバルが、今にもその杖を振り下ろさんとしていた。
「くそたれ…!」
為雄は唾を吐き、術者を叩き落そうとまほーを撃ったが、やすやすと全て防がれてしまった。それを見た為雄はまた唾を吐いた。くそたれ!
グローバルは為雄の抵抗にとても愉快そうに笑いながら、掲げていた杖を、処刑を遂行する首切り役人さながらに振り下ろした。
瞬間、為雄に向けて数多の魔法が殺到した。
「ふざけんな!」
為雄は叫びながら、相殺のためにやたらめったらにまほーを撃ちまくった。光の玉には闇の球体を。燃え盛る火炎には特大の水球を。闇の球体には光り輝く光線を。槍氷には熱線を。膨大な水には大量の砂の束を。雷には泥の塊を。
為雄のまほーとグローバルの魔法が全くの時間差なく一斉にぶつかり合った。瞬間、目も眩むような閃光と衝撃が放たれた。為雄は両腕を顔の前に掲げ、何とか衝撃と閃光から身を守った。
死に物狂いで撃ちまくったのが功を奏したのか、ほとんどの魔法を相殺することができた。しかし最後に残った巨岩がどうしても打ち消せない。
破壊するにはあまりのもでかすぎる。今の為雄ではこれほど大きな物体を破壊するまほーを撃つにはある程度溜めが必要だった。
(間に合うか!?)
為雄は逡巡したが、有無を言わさず押し潰そうとしてしてくる巨岩にもはや一刻の猶予も無い。
(畜生!)
為雄は額から流れる血と汗を払うのも惜しいと言う様に、魔力を練り上げながら両手首を合わせ、腰へと持っていき、その状態で身を捻った。
合わされた手に魔力を集中させ、為雄は小さな火球を生み出した。生み出された火球は空気を送り込まれた風船のように膨張するが、しかし為雄はそれを渾身の力で押さえつけ、圧縮した。
火球は徐々にバスケットボール大、バレーボール大と小さくなってゆき、最終的に野球ボールサイズへと圧縮された。無理やり縮められた火球は力の解放を求め、膨張しようともがくように白く明滅した。
その間にも巨岩は迫ってくる。刻一刻とタイムリミットが迫る中、内心大焦りしながらもどうにかまほーを完成させた為雄は、腰のひねりを開放して両の掌を巨岩に向けて突き出した。
「うおおおおおおおおお≪ばーにんぐぼーる≫!!!」
手のひらから放たれた白く輝く火球は、まるで解放されたことを待ちわびていたかのように、巨岩に向かって突き進む。
巨岩と火球が激突した瞬間、まばゆい光が薄暗い洞窟を真昼間の如く染め上げ、ついで洞窟を吹き飛ばさんばかりの大爆発が起き、立っていられないほどの揺れが洞窟全体に走った。
「はぁ…、はぁ…!くそっ!」
バラバラと頭上から落ちてくる燃える破片から腕で顔を庇いながら、為雄は思わず膝をついてしまいそうになった。何とか杖を突き立てて体を支えるが、気を抜けばすぐさま意識を手放してしまいそうだった。
瞬間的に莫大な魔力を過剰消費したため体内の魔力はもうすっからかんだった。かいふくまほーをかける分すらない。おまけに疲労と痛みが集中を妨げ、足元がおぼつかない。見ると、流れ落ちる血が足元で水たまりになっていた。
朦朧とする視界の中、目の前に悠然と佇む忌々しい影がちらついた。
「ははははは!あれを凌ぐか!いいぞ、確かな力の高まりを感じる!断言してやる!お前は初めて出会った時よりも確実に強くなっている!」
グローバルは楽しくてたまらないと言った風に断言しが、為雄はちっとも嬉しくなかった。今欲しい言葉は強くなったことへの称賛ではなく、これでお終いの言葉だけだからだ。
「よろしい!褒美を取らす!約束通りギガノボルケーノを食らわせてやる!見事生き残って見せろ!」
言うや、グローバルは杖を天高く掲げた。その瞬間為雄の脳裏に警報が鳴り響き、早く逃げろとがなり立てた。グローバルから信じがたいほどの莫大な魔力を感じた。
逃げようとして体を動かそうとするが、最早逃げるだけの体力は無く、迎撃して生き残る以外に選択肢はなさそうだった。
そうこうしていると、グローバルの掲げた杖の上に超巨大な火の玉が出現した。そのサイズは先ほどの巨岩の比では無く、地上に現出した太陽と見まがうほど大きかった。
火球はまだ生成中にもかかわらずすさまじい熱を発しており、地面が赤熱していた。グローバル周囲の地面などは融解してマグマだまりになっていた。
「ほらほらどうしたぁ!早くしないと溜が終わっちまうぞ!」
「…畜生!」
あれこれ考えたところで状況の打破は不可能と断じた為雄は捨て鉢に吐き捨てると、痛む体に鞭打ってなけなしの魔力を活性化させた。
体内の魔力を磁石のように作用させ、周囲に散っている魔力を体内に引き込み、急遽空だった体内魔力の充填に入った。
それを見たグローバルは凶悪に笑いながら杖を。
「ふはははははははいくぞ小僧!こいつが≪ギガノボルケーノ≫だぁ!」
振り下ろした。
火球は緩やかに為雄に向かって落ち始めた。
「こんの糞じじぃがぁあああああああ!!!!」
為雄は≪みずのけっかい≫と≪はごろものかぜ≫を纏って熱を散らし、少しでも威力を削ぐためにみずまほーを撃ったが、あまりの熱量に火球に到達する前にすべて蒸発してしまった。
ならば低温ならどうだとかぜまほーとみずまほーを組み合わせ、吹雪を浴びせかけたが勢いはちっとも減衰しない。
(やべぇやべぇやべぇ全然効いちゃいない!)
焦りが判断力を奪い、状況は悪化するばかり。その間にも火球は刻一刻と為雄を消し飛ばそうと迫り、時間はあまりにも残されていない。
「ッ!!!≪ふぶきまとい≫!≪えんはんすめんと・うぉーたー≫!≪えんはんすめんと・あいしくる≫!≪えんはんすめんと・うぃんど≫!≪えんはんすめんと・でぃばいん≫!えんはんすめんと…!」
最早何をしても無駄だと電撃的に悟った為雄は少しでも生き残れる可能性を上げるため、自己の防衛に入った。自分にありったけバフをかけまくる。火球がすぐ目の前まで迫る。思考。スパーク。
「ば、ばりやー!!!!!」
為雄は目を剥いて叫び、彼の周囲に薄紫色をしたドーム状のエネルギーが生成された。為雄が周囲にバリヤーを張ったのと同時に火球が着弾。
音がすべて消え去り、視界が閃光で染め上げられ、何も見えなくなる。何も見えなくなる視界の中で、為雄は見た。ばりやーがあっさりと砕け散り、自身にかけていたえんはんすめんとが悉く破られる光景を。
為雄はとっさに腕を交差して防御の姿勢に入った。目も眩むような閃光は視界だけでなく、頭の中まで真っ白に染め上げた。覚えているのはそこまでだった。
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「この糞じじぃ!てめぇよくもやってくれたな!危うく死にかけたじゃねぇか!」
リビングに為雄の怒声が響き渡った。為雄は目の前に座り、優雅に茶をすするグローバルを親の敵とばかりに睨みつける。
「わっはっは!だが結局生き残れたじゃないか、最後まで生存をあきらめなかった姿勢は評価に値する、良かったな!」
「やかましわ!」
怒り心頭で怒鳴り散らす為雄に、ただグローバルは飄々と笑うばかり。それがさらに為雄の精神を逆なでし、喉を嗄らさんばかりに吠え立てる。
「マスター、それ以上興奮してはお体に障ります、まだ完全には癒えていないのですから安静に」
「ググッー!」
後ろに立っていたアンナに諫められ、為雄は拳をわなわなと震わせながら、渋々と言った感じでテーブルに乗り出していた体を椅子に収めた。
爆発の瞬間の記憶はおぼつかず、気が付いたら自室のベットの上に横たわっていた。軋む体を億劫そうに起き上がらせると、すぐさまアンナがすっ飛んできてベットから立ち上がるのを手伝ってきた。手伝いながらアンナは、未だ覚醒していない頭に矢継ぎ早に安否の確認を浴びせてきた。
為雄はアンナの言葉を適当に受け答えしながら、彼女に支えられてどうにかグローバルのいるリビングへと向かい、そして今に至る。
「だが地上へ出るのならあれくらい凌げなければダメであろう?勇者どもについって行くと追うならなおさらだ」
「だからって火力過多が過ぎる!もっと手加減してくれもいいじゃねぇかよー!俺まほーつかいだぞー!あんまいじめんなよー!」
為雄の苦言をどこ吹く風と受け流しながら、グローバルは一人頷く。
「よしよし、いい感じに育ってきたな、これなら次の段階へ進んでもよさそうだな」
「次ぃ?」
「そうじゃ」
とグローバル。
「次からは応用編じゃ、魔法だけではなく近接戦闘も組み合わせた訓練に入るぞ、難易度は今までより段違いに高い、精々死なぬように気をつける事じゃな」
「くそ、脱出への道のりは遠そうだぜ」
「何気にするな、ここには何もないが、時間だけはたっぷりある」
グローバルはティーカップを置き、肩をすくめた。為雄は舌打ちし、けれども何も言わずにカップに映る自分の顔を睨みつけていた。アンナはそれを時々ちらりと見ながら、淡々と家事に勤しんでいた。
「そうそう、応用の訓練の最後にまた今回みたいなことをやるつもりなんじゃが、その時に一つお願いがあるんじゃ」
「ああ?」
お願いという単語を聞き、為雄は露骨に顔をしかめる。そんな為雄に苦笑いを浮かべながら、グローバルはあっけらかんと言い放った。
「その時が来たら、わしを殺してくれ」
予想だにしなかったお願いに、為雄は思わず放心した。カップが手から落ち、粉々に砕けた。
為雄にはその音がやけに大きく響いた気がした。カップが砕けた音は、まるでこの関係の終わりが近い事を知らせる一発の銃弾のようだった。