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プロローグ

 異世界召喚、今どきの若者ならばそんな妄想一度くらいはしたことがあるのではなかろうか?


 退屈な日常から解き放たれ、未知の世界へと降り立ち、この世界を救ってくれといかにもな王様に頼まれる。召喚された際に目覚めたその世界でも類稀な力を駆使し、数多の障害を乗り越え見事に世界を救って見せる。


 世界を救う過程で様々な美少女美女を惚れさせ、目も眩むような華々しい功績の数々に周りの人々に一目を置かれるようになる。前の世界ならば絶対に考えられなかったことである。


 うっとりするような、別世界への渇望。


 而して、それはあくまで妄想や空想の産物だから面白いのであって、実際にそんなことが身の上に起きれば面白がっている余裕はないはずである。何せ自分の命が脅かされるかもしれないのだから。


 この話は、そんな妄想をして退屈な日々を紛らわす一人の若者が、不幸にも異世界へと召喚されてしまった話である。





 --------------------





 あ~あ、何か面白いこと起きないかなぁ、流れゆく雲を目で追いながら、開けていることを放棄して閉じようとしている瞼と戦いながら、彼、目黒為雄(めぐろためお)は心の中でため息をつく。


 今までの人生をどれだけ振り返ってみても何一つと言っていいほど、面白味の無い退屈な記憶で溢れていた。


 日本の中流家庭で生まれ、幼稚園へと入り、小学校へと通い、それから順繰りに中学校、多少ごたついたとはいえそれでも何事もなく高校生となり、そして今に至る。その間に劇的なドラマなど無し。よくある物語にあるのような展開など一度として体験した事も、そして見た事も無かった。


 曲がり角でものすごい美少女とぶつかって恋に落ちるとか、薄暗い裏路地で運命の出会いに会うとかそういったことも無し。


 ただただ変わり映えの無い日常を送り続けている、それが現状だった。


 別にそれを恨んでいるとかそういうのではなくて、でもほら、そういうなんていうの?あるじゃないか、と誰に言い訳するのでもなく心の中でごちる。


 そんなことを考える原因が先の見えない将来への不安や、自分自身が何の価値もない人間であることに気づき始めたからだということくらい自分でもわかっていた。


 分かっているからといってその不安が消える事ではない訳ではないので、そういう漠然とした不安を紛らわせるために、こうしてかわいらしい妄想をして気分を紛らわせるのだ。


 妄想の中の彼は偉大な魔術師として名をはせ、つい最近であった美しい少女と婚約を前提としたお付き合いを始めようかというところで止まっていた。


 これからの展開はどうしようかと考えを巡らせていると「目黒!」と自分を呼ぶ声が聞こえてきて、強制的に現実へと呼び戻された。


 声のしたほうを向くと、しかめっ面をしたの教師が明らかに怒りをたたえた瞳でこちらを見ていた。


「目黒、きちんと授業に集中せんか!これで何度目だ!」

「…すんません」


 為雄は億劫そうに姿勢を正し、緩慢な動作でシャーペンを握り、黒板に長々と書かれている文章をノートへと書き写し始めた。


 書き写しながら彼は、よくもまあこんなつまらない長文を毎日毎日飽きもせず書き続けられるもんだと、教科書片手に大声を張り上げる教師へと尊敬半分、同情半分な眼差しを向けた。


 それから彼は全く何も考えず、教師の解説に聞く耳持たず、ただその動作を繰り返す機械のように黒板の文字を書き写し続けた。


 やっとこさ終了のチャイムが鳴ると、教師は一秒だって無駄にできないというように教室から足早に出て行った。


 次の授業の前の小休憩時間は次の授業への準備時間のはずだが、生徒にとってはただ友達と話す貴重な時間でしかない。


 彼も当然そうで、机に寄ってきた気の置けない友人と取り留めもない無い会話に勤しんでいた。


「でよ~()()()、結局俺別れることになっちまってよ~」

「そーうでーすかー」

「おいおい()()()、失恋してしまった友達を相手にその反応は無ぇだろ」


 そう言って彼の友達は、眉間にしわを寄せて腰に手を当てた。そんな友を目じりに、為雄は心の中で舌打ちをした。またダメ夫か!


 ダメ夫、それが彼のあだ名だった。あだ名の由来は実に安直。為雄だからダメ夫。小中ときて高校でもそのあだ名が適応された。きっとこのあだ名は大学に行っても就職してもくっ付いてくるに違いないと、為雄は踏んでいた。


「知らねぇよそんなん、そのまま永遠に独り身でいやがれ、病気とか持ってそう(小並感)」

「ひでぇ、なんて奴だ…てかそんなにヤってねぇよ!風評被害も甚だしいわ!」

「ちやない」


 小休憩は短く、駄弁っていればすぐに時間がやってくる。授業開始のチャイムと教員からの催促で生徒たちはしぶしぶといった感じで席について行く。そしていつもと同じように起立、気を付け、礼で授業が始まる。


 いつもの光景だ。きっとこの光景は今この瞬間どの学校でも起きていて、自分がこの場にいなくなった後でも繰り返されるのだろうと、為雄は思った。


 あ~あ、何か面白いこと起きないかなぁ、何度も考えてきたことが再び頭の中を占め始めた。変わり映えしない日常。これがこの先ずっと続くのかと思うと、また憂鬱な気分がぶり返してきた。


 緩急の無い人生、不確かで平らな未来。振るわれることが無いであろう自身の短剣。聞き飽きたCDの曲。新作の出ないゲーム。


 退屈な日常からの脱却を、さっきといささかも変わらない雲の流れを見ながら、また心の中で願う。


 図らずもその願いが叶うのは、今からそう遠くない未来だった





 --------------------





 学校が終わり、一人夕暮れに染まる空を眺めながら帰路に就く。友人は全員部活。唯一の帰宅部である彼はそれゆえに一人で帰ることを余儀なくされた。


 紅に染まる空を見ながら、この光景もどこででも見られるのだろうかと、心の中で呟いた。いつもと同じ帰り道の風景。ただいつもと違うのは、いつもより人気が無いといったくらいか。


 そこで違和感を感じ、回れ右して別の方向から帰宅すれば、まだ間に合ったかもしれないが、運命の歯車はすでに回りだしていた。


 反対側から学生の集団が向かってくるのが見えた。全部で4人。一人を除いて全員女子生徒。全員がいかにも私たちは選ばれていますって感じで正の気配に満ちている顔で話し合っていた。


 あ~あ、きっとああいうのがドラマ的な青春を送るんだろうなぁ。


 彼の心の中の嫉妬を知りもしないでその(セイント)学生集団がこちらへ向かってくる。為雄は横に広がるんじゃねぇと心の中で吐き捨てながら、集団の横をすれ違う。その瞬間だった。


 一瞬の出来事だった。唐突に、学生集団の足元に光り輝く魔法陣が出現した。学生達は驚いて足を止め、混乱した様子で口々に何か言いあった。


 学生たちが言いあっている傍ら、言い合いの原因である魔法陣の淵ぎりぎりに、為雄の足が引っ掛かっていた。


「ほあっ!?」


 まるでネズミ捕りに片足だけかかったネズミのように、左足だけがまるで石にでもなったかのように動かなくなった。


「わあっ!わあっ!わあっ!な、なんだなんだなんだ!?」


 突然左足が動かなくなって為雄は困惑の声を発した。それから左足をあらん限りの力で引っ張ってみるも、うんともすんとも言わない。


 その事実が余計に為雄を混乱の渦に巻き込んだ。口から自身でも判別がつかないような罵声がついて出た。


 そう言えば人は混乱していると語彙力が著しく低下するということを本で読んだ気がするなと、自身の慌てた声を他人事のように聞きながら、思う。


 それはまるで心の冷静な部分が白旗を上げてこの状況に降伏しているかのようだった。


「そんな、こんなのって、こんなの、明らかに俺がターゲットじゃないやつじゃん!ふざけんなとばっちりかよ!やーめーてーよー、はーなーしーてーよー!」


 最後に聞こえたのは背後の学生たちから聞こえる困惑の声と、近くにいてこの一部始終を見ていたであろう野良猫のニャーという気の抜けた鳴き声だった。














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