幸せ
今回も楽しんでくれると嬉しいです。
『殿下……お慕い申し上げております。』
そう言って微笑む黒髪の少女を、私は心の底から愛していた。
愛しい彼女と一緒になる日を夢見ていたのに……それは永遠に叶わなかった。
ヴィンセントは王宮の薔薇園で赤い薔薇を見ていた。
そうしていると、不意にアナスタシアも薔薇が好きだった事を思い出し、頬を緩めた。
そうして和んでいるヴィンセントの所に一人の男がやってきた。
「王様、何をしていらっしゃるのですか?」
王様、その堅苦しい言葉と敬語がこの男から発せられたと思うと思わず笑みが溢れた。
そんなヴィンセントが不服だったのか、男は頬を膨らませると少し強めの口調で言った。
「どうして笑うのですか!王様!」
「……王様も敬語もやめよ、実の兄弟であろう……イゼナ。」
その言葉にイゼナこと王弟イゼナルトはため息を吐いた。
「分かったよ、兄上……此処で何してたの?」
「思い出していた……楽しかった時の事を……」
ヴィンセントは優しい表情でそういうと、イゼナルトに目を向けた。
「お前は何か無いのか?楽しかった思い出は……」
「うーん……無いね。」
そのイゼナルトの呆気ない返答にヴィンセントが苦笑していた、その時だった。
「王様!」
突然、穏やかな空気を破る緊迫した声が辺りに響き、ヴィンセントは煩わしげにその声の方へと振り向いた。
そこに居たのはオーランドだった。
「何だ、オーランド……」
「フェニカが……前王妃が何者かに殺されました!」
そう悲しみを堪えるように話すオーランド。
その突然の言葉にヴィンセントは目を見開いた。
「それは誠か。」
「はい、フェニカと一緒にこの城を出た元メイドが首から血を流したフェニカの遺体を発見しました……その女によれば、昨夜怪しい者達がいきなり襲いかかってきたと。」
ヴィンセントは黙ってその話を聞いていたのだが、暫くして悲しげに微笑んだ。
「哀れな事だ……フェニカも私も……オーランド、犯人は分かっているのか?」
「男と女の二人組らしい事だけしか分かっておりません。犯人の物と思われる耳飾りがフェニカの手に握られていましたが、まだ誰のものかは……」
そう拳を握りしめ、悔しそうに語るオーランド。
「そうか……では、犯人が分かり次第教えよ……それとフェニカの遺体は丁重に葬るが良い……」
そういうとヴィンセントはその場を後にした。
「じゃあね!オーランド!」
イゼナルトは空気を読まず、手をひらひらさせるとヴィンセントの後をついて行った。
オーランドはヴィンセントの後ろ姿を恨めしい目で見つめると、小さく呟いた。
「なんと冷たい王だ……元王妃が死んだと言うのに涙も流さないとは……哀れなフェニカ……必ず私が仇を取ってやる……犯人を探し出して必ずこの手で殺してやる!」
そんなオーランドの憎悪の呟きは誰にも聞こえることは無かった。
セリーナは悲しげに窓の外を眺めていた。
フェニカに対する復讐を終えて以来、セリーナは気が塞ぐ毎日が続いていた。
フェニカから語られた衝撃の真実に、流れる真っ赤な血。
それが脳裏から離れず、セリーナは一人苦しんでいた。
「これから……私は……」
どうすれば良いのだろう、そう言おうとした時、突如として扉をノックする音が部屋に響いた。
「……どうぞ。」
扉から現れた人物はセリーナの父アレクシスだった。
アレクシスは微笑みながら近づいて来ると、セリーナの手を握った。
そして、唐突に言った。
「セリィ、私とデートしよう。」
その言葉にセリーナは目を見開いたが、すぐに悲しげに目を伏せた。
「父様、今私は……」
「セリィ、最近ずっと塞ぎ込んだままじゃ無いか……心配しているんだよ……だから気分転換に私と街に出掛けないか?」
優しいアレクシスの気遣いは有り難いが、セリーナは今とてもそんな気分にはなれなかった。
そう思いセリーナがアレクシスに握られた手を外そうとしたとき
「セリーナ……私の可愛い娘。何をそんなに苦しんでいるんだい?」
その言葉にセリーナはハッと目を見開いた。
目の前には、セリーナを優しげに見つめるアレクシスがいた。
「私にはセリィの苦しみが何かは分からない……だけど私が望むことはただ一つ、セリィの幸せだけだよ……他には何も要らないんだ……だから愛しいセリィ、私と出掛けないか?セリィが望む事を全てしてあげるから、どうか笑顔を見せて欲しい……」
そのアレクシスの言葉に自分は深く……とても深く愛されているのだと改めて思った。
そう思うと何故かぽろぽろと涙を溢れてきた。
涙を流すセリーナを見てアレクシスはギョッとすると慌て出した。
「セ、セリィ。強引だったかな……ごめんね。」
「違うの父様……嬉しいの….」
今世にも大切なものが出来てしまった。
世界を恨んで憎んで、妬み続けてきた筈なのに。
アナスタシアのいない世界なんて……と嘆き続けてきた筈なのに……
……私、今幸せなの
そんな事を考えながら、セリーナは小さな子供のように泣きじゃくった。
そんなセリーナをアレクシスは唯々優しく抱きしめ続けていた。
セリーナは落ち着くとアレクシスと一緒に街に出掛ける事にした。
馬車から降りると一気に人々の喧騒が耳につく。
でも、そんな賑やかさとアレクシスの優しさがセリーナの心を軽くしてくれたのだ。
そうして街の中を明るい気分で歩いていたセリーナとアレクシスだったが、不意にセリーナの足が止まった。
「セリィ?どうしたの?」
その言葉はセリーナには聞こえておらず、セリーナは魅入られたようにある指輪をじっと見つめていた。
それは男物だが、繊細な黒の細工や金銀の装飾が美しい物だった。
これを見た瞬間セリーナは欲しいと思った。
「お父様!私、これが欲しいわ!」
思いのままセリーナがそれを告げると、アレクシスはそれを見て固まり、悲しげに目を伏せた。
「セリィ……これは男物じゃないか……私のセリィが……男に贈り物を……」
その心外な言葉にセリーナは頬をふくらませた。
本当にこの父は娘が好き過ぎて困る。
「違いますわ……私が身に着けるのです。例え男物でもこの指輪は凄く綺麗で、素敵ですもの!」
その言葉に萎れていたアレクシスは一気に立ち直った。
「それならセリィ、喜んで買うよ!」
そうしてその指輪を買ってもらい、セリーナは早速それを身に着けた。
そして、その美しさに見惚れた。
街に出て、良い買い物が出来た気がする。
そんな事を考えながら嬉しそうに指輪を見ているセリーナを、アレクシスはいつまでも愛おしそうに見つめていた。
そうして二人は色々な場所を見てまわった。
そしてセリーナは今だけは、フェニカのことや復讐の事を忘れて、普通の少女のように過ごしたのだった。
次回も読んでくれると嬉しいです。




