5話 安直な命名
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「決めるも何も、名前あるんですが?」
「アンタは私に名前をつけて、私にはつけさせてくれないわけ!? 不平等だわ」
猫のくせにぷりぷり怒るな。かわいいじゃないか。
「不平等かどうかはさておき、せっかく異世界に来たことだし、心機一転新しい名前で二度目の人生を謳歌しようかな。というわけで、素敵な名前をつけてくれ」
「瞳が黒いからクロね!」
決めるの速いよ。それに俺と同じレベルで安直。アオの由来も瞳が碧いからだしなぁ。
「クロか……。うん、変じゃないしいいだろう。というわけで、俺の名前はクロだ。よろしく、シャル」
おそらく俺の言葉しか理解できてないシャルへ自己紹介をする。アオの言葉も分かるようにしないとな。
「よ、よろしくお願いします」
まだ若干の戸惑いはあるものの現状に慣れてきたようだ。
先程と同じ要領でシャルへアオの言葉を理解する命令を行う。紋様が輝き無事効果が発揮したようだ。
「改めてアオもよろしく。シャル、こっちの猫は聖猫のアオだ。魔物なのに神聖ってのは意味不明なんだが」
「えっと、クロ様の奴隷になりました、シャルエスファです。よろしくお願いします……」
「奴隷っていうのがよく分からないけど、ま、よろしくね。……よく見ると美味しくなさそう。食べなくて正解だったわ」
「ヒッ……!?」
早速仲良くなってて何よりだ。
さて、そろそろ移動を開始しないといけないだろう。空を見ると日は落ちてないが傾いている。急がないとシャルが言ってたハサイ街までたどり着けるかどうかわからない。それに小腹も減ってきた。アオはうまそうに猪を食っていたが、元人間の俺には加工無しの生肉なんて無理である。なれば、必然的にそばに調理してくれる人が居なければならない。
「シャル、確かハサイ街から来たと言っていたがここから歩いてどのくらいかかる?」
「日が落ちきる頃には着きます」
「ざっと5時間か。ハサイ街より近い街はあるか?」
「ありません」
「じゃあさっさとハサイ街へ移動することにしよう。早く飯を食いたい」
「あら、お腹すいてるならあの猪を……」
「却下」
「ちょっと! 最後まで聞きなさいよ!?」
お前ほど野性味溢れちゃいないんでな。
流石に長時間移動時間があると道すがら知りたいこと気になったことはシャルに質問して答えてもらった。
俺たちがいたあの森は魔樹の森といい、ハサイ街から東一帯を覆ってる大規模の危険区域らしい。深い所は一流の冒険者でも敬遠するが、さっきまでいた所はまだ浅かったらしくベテランに片足突っ込んでる冒険者ならそうそう危険はないようだ。冒険者というのは魔物を狩ったり用心棒をしたり様々な依頼を引き受ける万屋みたいなものだ。それなりに人が集まってる街や村に冒険者ギルドを設置してあり、国境を越えて幅広く活動しているようだ。
シャルに奴隷は一人で依頼をこなしてもいいのかと聞くと、依頼で街を出た時はシャルを買った主人もいたんだが、不意打ちであの猪に喰われたようで。まぁ、一人で行動させる訳ないか。
シャルと元主人は街にいる間は宿の一部屋を借りて生活していた。依頼で出るときに不必要な物は宿で取った部屋に置きっぱなしになってるから引き払うなら一度取りに行った方がいいと言われた。元主人のことを聞いたが顔を伏せてあまり話したがらない素振りをしたので追及はしなかった。
1つ相談を受けたのが、街に入るには市門で入門税を払い、国民証かギルドカードを提示する必要があるそうだ。当然俺たちは金銭を持ち合わせて無いし、シャルも一文無しとのこと。奴隷の身分は所有物扱いで主人が入門税を払うだけで入門出来るのだが、今やその主人の役目は俺である。仮に金を持っていても、はたから見れば主人が魔物である奴隷と魔物の団体様なんて怪しいどころか反逆者として殺されかねない。アオさんがいれば負けることはないと思うけど、過信は怖いんでまだ人間と戦闘は避ける方向性にする。
相談を受けてからの移動の時間を提示するものも払うものも無い我らが穏便に市門を通る方法を考えていた。一応の案は思い浮かんだが、はたしてこれを実行しなければならないのかと悩んでるうちにシャルから聞いた市門が見える。もうとっくに夕飯時と思えるほど日が暮れてきたころだ。
ハサイ街は外から眺めると高い外壁に囲まれていて、堅牢な印象を受けた。外壁を乗り越える案もあったが、無理そうだ。市門では門兵が数名で警備をしている。この時間に入門する人はあまりいないのか、遠くからでも暇を持て余してるのが分かる。
ブツブツ文句を言いながらも何かしら楽しみなことがあるのか何かに期待をしている顔のアオと俺の横で質問などを受け答えしていたシャルに向かって言う。
「やはり俺たちは正式な手段で入門は出来ないようだ。なので、今から言う作戦で街に入ろう」
考えていた案を二人に説明し終える。アオには大役をお願いしたのだが、あっけらかんとしている。
が、対称的にシャルはもし門兵にバレて捕まった時のことを想像しているのだろう。若干震えている。
「ふぅん、別にいいわよ」
「そ、それ本当に大丈夫なんですか……?」
「ま、なんとかなるだろう」
アオが頑張ってくれたらな。
「兄ちゃん、初顔だな? 国民証かギルドカードを見せてくれ」
俺たちに話かけてきたのはヒゲを生やしたおっさんだ。素人の俺が見るとかなり高そうに見える槍を地面について手を差し出し催促してくる。しかし、返事も行動もしてはいけない。
俺は今シャルの頭に乗ってとあるスキルを発動させている。
実は移動時間ではシャルとの情報交換ともう一つ、スキルの確認を行なっていた。その中で『邪気纏い』というスキルレベルのないスキルがあった。発動させると、身体から黒いモヤが出てきたんだがその時は有能さを感じなかった。だが、強く念じるとそのモヤは俺が自在に動き、さらに幻影まで作り出せた。
それを使用し、シャル全体を黒いモヤで覆い、地球の俺を映し出しているところだ。
だがまぁこれが相当強く念じ続けないと効果が切れるようで他のことにかまけている余裕が無いのだ。ってか、早くしてくれアオさん!?
「おい! あれはまさか!」
願いが届いたのか予想通りの反応をしてくれる。上手くアオがやっているようだな。
異常に気付いた門兵が声を張り上げる。
「グランドボアが突っ込んでくるぞ! 迎撃態勢を整えろぉ!」
いち早く気付いた門兵が言うこの猪、お分かりの通りアオが狩った猪です。グランドボアというのね、覚える努力はする。
その猪は死んでるはずなのに突っ込んで来ているのはなぜって? アオがただ後ろから押してるだけという種明かし。
きっとアオなら出来るだろうと希望的観測で言ってみたんだが、無茶振りにも難なくこなすアオさん素敵。戦車よりもデカい図体をゴリゴリ地面に擦りながら前進してくる猪を前に、俺たちにまで気を回せるか?
結論、無理である。
俺たちを対応していた門兵もどちらが緊急性あるのか瞬時に判断し、すぐさま迎撃態勢を整えに仲間の元へ走っていった。
「ほら、今のうちに入るぞ」
「……は、はぃいいい!」
緊張で棒立ちになっていたシャルを促し、俺たちは無事に街へ入れた。
アオはタイミングを見計らって猪を門兵向かって蹴り飛ばし、自慢の俊足でこちらに合流する予定だ。心配はいらんだろう。
正直あの猪をまるごと金に換えたかったが、価値のありそうな牙だけをアオのアイテムボックスに収納し、今回の作戦に使用した。意外にもアオは猪を手放すことに反対しなかった。
「もう飽きたわ、あんまり美味しくなかったし」
これが理由だそうだ。食事にうるさそうだ。案外人間の料理の方が口にあったりしてな。
離れた背後で門兵の悲鳴を聞きながらそそくさと裏路地に入っていく。ひとまずシャルが生活していた宿に行かなくては。