4 優しい双子
「あなたは……レヴィン、さん?」
確か公爵にそう呼ばれていた気がする。髪を短く刈った方だ。こうやって並んで立つと、身長も同じくらいだし、年齢もフランと同じか少し歳下くらいに見える。
朝に部屋で見たときはすごく迫力があるように思ったけれど、今はなんとなく眠そうな、普通の少年だった。
レヴィンさんは名前を覚えられていることに驚いたらしく、人形のような表情を少しだけ崩して目を見開いた。
「左様です」
「これ、高そうなのに使ってもいいんですか?」
「どうぞ。まだまだあります」
「ありがとうございます、助かります……!」
フランが布切れを両手で受け取ると、用は済んだと言わんばかりにレヴィンさんは立ち去ろうとする。
「ちょ――ちょっとまってください! わたしを追い出したいはずなのに、こんなもの頂いたりして大丈夫なんですか?」
「……そう考えているのはセレーネ公爵さまだけですので」
振り返りもせず、レヴィンさんは抑揚のない声でそう答えると、今度こそ歩き出す。
「つまり、レヴィンさんはわたしを追い出したいとは思ってない、ということ?」
小さな背中を見送りながら呟いてみると不思議と胸に安堵が広がった。
レヴィンさんはフランの仲間でも何でもないのだろうけれど、なんとなく心強くて、なんだかちょっと元気が出た。
「……さて、今日はこのくらいでいいかしら」
うーんと伸びをして、フランは今日の成果を見やる。
玄関に面したすべての窓硝子を曇りなく磨き上げて、床には塵一つない。巣を作っていた蜘蛛は外へ逃してやった。我ながら大満足の出来である。
満足したら、急に空腹を思い出した。
そういえば昨日から何も食べていない。
「一日くらい、いつものことよ」
だから大丈夫。そう自分に言い聞かせながら部屋に戻ろうと踵を返して、
「ひっ――」
思わず上げかけた悲鳴をすんでのところで飲み込んだ。
いつからそこにいたのだろう、気が付かなかった。
双子の女性の方がフランの真後ろに立っていたのである。
ばくばくと跳ねる心臓を抑えて声を失うフランに、彼女は銀のトレイを差し出した。
「何も召し上がっていないのではないかと思いまして」
トレイに乗っているのは、柔らかそうなパンと、野菜とベーコンがたっぷりと浮かんだスープだった。パンからもスープからもまだ湯気が立っている。
――こんなご馳走、いつぶりだろう。
暖かくも優しい匂いに、お腹がくうと音を立てた。
ああ、恥ずかしい。真っ赤になりながら訊いてみる。
「いいんですか、こんな」
女性は不思議そうに首を傾げた。
「むしろこんなものでよろしいのですか」
「こんなもの、なんかじゃないです。嬉しい。ありがとうございます……」
「そうですか。喜んで頂けたなら何よりです。それでは」
レヴィンさんとは顔立ちだけでなく淡白な性格まで似ているらしい。
恐る恐るトレイを受け取ると彼女はあっという間に立ち去ろうとするから、慌てて声をかけた。
「あっ、お名前、教えて頂けませんか」
「レーヴェと申します、フランさま」
「え……」
わたしは彼女に名前を告げただろうか?
びっくりするフランを見て、レーヴェさんは少しだけ笑って、今度こそ踵を鳴らして去っていった。
レーヴェさんはレヴィンさんより、少しだけ感情表現が豊かなようだった。
レーヴェさんが渡してくれたトレイの中身は一瞬で消えてしまった。
それくらい美味しかったし、暖かかった。
食事が冷たいどころか用意されないことにすら慣れていたフランにとってどんなに嬉しい食事だっただろう。
こんなに幸せでいいのだろうか。そう思いながら破れたシーツにくるまって体を丸くする。
相変わらずカーテンもない窓からは白い月の光が降り注いでいる。けれどそれを冷たいとは思わなかった。
暖かくて、綺麗だ。そんなふうに感じながら、フランは穏やかな眠りに落ちた。