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曰く付き公爵は婚約者の涙を愛す  作者: 朔間 はる子
17/37

17 悪友



 唯一無二の友人から急に登城しろなどと伝令が来たのでなにかと思えば、隣国の熊みたいな王女と結婚させられそうだとか王位を継ぐのが面倒くさいだとか、夜会が多すぎて寝不足だとか最近入ったメイドが可愛いだとかエトセトラエトセトラ。


「――いい加減にしろ!」


 ついに堪忍袋の尾が切れ、茶器の載ったテーブルを渾身の力を込めて殴りつけたのは城に来て数時間後のことである。ジルハルトにしては良くもったほうだと褒めてもらいたい。誰にだ。誰かにだ。


「もう! 汚しちゃ駄目でしょう」

「お前はこんなくだらない話を聞かせるために俺を呼んだのか」

「くだらなくないよ、僕にとっては死活問題なんだから……あ、ごめんね? ほんとこの人粗雑でさあ」


 ジルハルトのせいでこぼれた紅茶や散ったクリームを片付けようとするメイドにあからさまに媚びを売るのは、あろうことかこの国の第一王子、エリック・ラバナスその人である。

 金髪碧眼、麗しい見目と柔らかな物腰。どこからどう見ても完璧に王子さま然としているのは外見だけで、中身はジルハルトなんかよりよっぽど食えない男だ。

 ジルハルトの一人称が”俺”に変わるのは、この男の前だけである。


「俺をだしにして自分を売るのはやめろ」

「僕はそんな卑怯な真似はしませーん」

「どの口が物を言っている」

「ね、こういう根拠もないのにケチつけてくる男どう思う? やっぱ旦那さんにするの嫌だよねえ」


 困り顔のメイドは「はあ」と曖昧な返事をしながら自分の仕事を遂行するなり素早く下がっていく。彼女が一刻も早くこの場から逃げ出したかったのは火を見るより明らかだった。俺も同じ気持ちだとその肩を叩きながら一緒に部屋から出ていきたい。


「それなのに、今の婚約者の子、まだ屋敷にいるんだって?」

「……それがなんだ」


 エリックが誰のことを指しているのかは名前を出さずともわかった。フランのことだ。

 すごい子もいたものだね、とエリックはからから笑う。


「君もさあ、中身はどうあれその見た目でしょ? 最初は山のように良い縁談があったんだけど、片っ端から追い返しちゃうし、その間に変な噂が広まるし、どんどん婚約者に名乗り出てくれる家がなくなっちゃって、僕もほんとに困ってさあ」

「そもそも俺は婚約者が欲しいなんて一言も言っていない」

「はいはい、それはもういいよ」

「あしらうな」

「あしらわれて当然でしょ。”僕チン辛いこともあったし一人っきりがいいんだもーん”って、いつまで可哀想ぶってるつもり?」

「……おい」


 ジルハルトの導火線に着火するにはどうしたらいいか、この男はよく知っているはずだが今日は平然とそのラインを割った。

 氷点下以下に温度を無くしたジルハルトの声にも臆することなくエリックは悠々とカップを口に運ぶ。


「守るものがない人間がこの世で一番弱いんだ。人は一人では生きていけないんだよ、ジル」


 だから俺はこの男が嫌いだ、と心の中で毒づいた。

 何もかも見通したような冷めた顔で、道化のように掴みどころのない口調で、人の過去を平然と踏み荒らし、さも正論と言わんばかりの綺麗事を突きつけてくる。


 指を内側に握り込んで、深く呼吸をする。


「……それで? 俺を苛つかせて何を聞き出したいんだ」

「おや、意外。今日はやけに冷静なんだね。いつもなら帰るって怒り出すところなのに」


 挑発には乗ってやらない。そうエリックを睨みつければ、彼はさも愉快そうに笑みを深める。


「今回の婚約者殿のこと、教えてよ」

「別に。取り立てて伝えるようなことはない」

「嘘つかないで。今まで君が接してきたどんなご令嬢たちとも違うでしょ、だいぶ異彩を放ってるはずだよ」

「その口ぶりだとお前のほうが俺よりよっぽどあの娘のことを知ってるんだろう」

「まさか。僕はたったの一度も会ったことがないんだよ。知りようがないじゃないか」

「婚約者の釣書、お前が作っているくせに」

「作らせてはいるけれど、僕は目は通していないからね。プライバシーは大事でしょ? フラン嬢の涙無しには語れない身の上なんて、ぜーんぜん、これっぽっちも、知らないんだよねえ」

「おいお前本当に――どこまで知ってるんだ」

「なーんにもって言ってるじゃない。知りたいなら自分で聞くしかないんじゃないかなあ? 仮にもこれから結婚する予定なんだから、ね」


 情報をちらつかせながらしらを切る。ほら、食えない。


「……もう手は打ってある。話はそれだけか。なら失礼する」

「えーもう? もっと話したかったなあ」

「くだらない話に付き合っていられるほど暇じゃないんだ。お前もさっさと仕事しろ」

「あ、来月、少し大きな夜会を開くんだ。必ず来てね」


 もちろんフラン嬢も一緒にね? と念を押しながらひらりと手を振ったエリックは、やっぱり阿呆みたいに屈託のない笑顔を浮かべていた。



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