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曰く付き公爵は婚約者の涙を愛す  作者: 朔間 はる子
12/37

12 夜の街※

流血、暴力表現があります。



 明確に覚えているわけではないが、確かジルハルトが指輪を投げたのはこのあたりだという場所で馬車を降りた。レーヴェには馬の番を任せ、レヴィンと手分けをする。

 もう夜も深く、店じまいを始めているところも多い。街の明かりがどんどん消えていく。


「くそっ……」


 空気も冷たくなってきた。まだ夜は冷える。あんなドレス一枚では寒いだろうに。


 表通りをあらかた探し回ったが少女の姿はない。

 となれば、と、あまり行きたくなかった方へ足を向けるしかない。表から一本入った奥にある、花宿の通りである。


 通りの向こうまで無数に続く花宿はこの時間だからこそという賑わいで溢れていた。下品な灯りに照らされた下品な女と男が入り交っている光景に、ジルハルトは不快感を眉根に刻む。女嫌いというわけではないから、ジルハルトとて女を買ったことがないなどと高潔なことは言わないが、それでもこんな、端金で身体を売り、買うような下町の店に入ったことはない。

 その目に浮かんだ卑俗の色を隠そうともしない人間たちの視線に、あの少女が晒されているとは考えたくなかった。


「すまない。黒髪の少女を見なかったか。背丈はこれくらいで、特徴は……」


 手当たり次第に尋ねるが収穫はない。


 どうして私が息を切らして走っているのか。

 少女が見つからない焦燥を八つ当たりにも似た苛立ちに転化してやりすごし、花宿の裏通りに足を踏み入れる。この街で一番治安の悪い場所である。


 どれだけ自治を徹底しようとしても悪漢を完璧に排除するのは困難だ。人攫いに人買い、違法な薬を売りつける者、人を傷つける者、騙す者。奴らは弾いても弾いても、いつの間にか生活にぬるりと入り込んでいる。そんな人間が身を潜めているのがこの裏通りだ。

 見つかってほしいはずなのに、こんなところで見つけたくない。そんな相反した感情を持て余しながら、芥溜のような路地を行く。


 もしかしたら入れ違いで既に屋敷に戻っているかもしれない。レヴィンが先に見つけている可能性だってある。

 むしろそうであってくれと知らず祈っているジルハルトの聴覚に、不穏な言葉がひっかかった。


「おい、さっさと渡せよ」

「それともお前ごと売り払ってやろうかあ? 指輪とお前、どっちのほうが高く売れるか賭けすっか」

「ばっか、こんな襤褸雑巾みたいな餓鬼、端金にもなりゃしねえよ」


 ぎゃはは、と下卑た笑いが薄暗い通りに響いた。

 まさか、と思った。

 そんなはずがない。別人だ。あの少女の訳がない。

 まるで心臓が耳元にあるかのようにうるさかった。それは走ったせいなのか、それとも。


 息を整えるように、覚悟をするように。

 ゆっくりと、一歩ずつジルハルトは声のする方へ歩みを進める。

 二人の男がしゃがみこんでいる。何かを覗き込んでいるようなのだが、死角になっていてそれがなんなのかまでは判断がつかない。


「おーい、生きてるか? それとも死んだかあ?」

「まだちょっとしか殴ってねえのに死ぬわけねえだろ。死んだふりなんて小賢しい真似してんじゃねえ」


 男の一人が、無造作に何かを引っ張り上げる動作をする。

 そうすることでようやく、ジルハルトの位置から全貌が見えた。

 男が掴んでいるのは中途半端な長さの黒髪で、そのせいで無理やり顔を仰向かされ苦痛に顔を歪めているのはまだ若い少女で。

 口の端を切って痛々しく血を流して、殴られたのだろう大きく頬を腫らして。

 空色の瞳をうつろに開いて。


「なんかこいつ笑ってねえか?」

「余裕ぶりやがって。そんなに殴られ足りねえのかよ」


 男が下劣に笑いながら少女の胸ぐらを掴む。

 血が沸騰するような明確な殺意を、ジルハルトははっきりと自覚した。



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