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2―1 “獄土”にて

 目の前に広がるのはいたるところが崩れ落ちた建造物の数々。美しいとは言いがたい街並みにひび割れた地面。


 “獄土”――ここは魔王が統治する、全陸地の一割を占める地。


 “聖域”内と同様に、一応はここでも資本主義経済が行われている。ただし法やルールといったものはほとんど存在せず、筆頭魔王の名において語られるこの地の決まりはおよそ一つ――「力こそ全て」。強い者が弱い者を支配するというこの上なく単純な摂理だ。“獄土”のほぼ中央に位置する、筆頭魔王ワーストワンが住まうアンブリア城から離れれば離れるほどこの風潮は強くなり、末端の地域ではほぼ無法地帯と化している。


 先代筆頭魔王が頂点に座していた頃はこれらの情勢を緩和するような条例が流布されていたが、新たに筆頭魔王の座についた魔王により撤廃され、力ある者が支配する社会へと移り変わっていった。皮肉なことに条例の撤廃は魔王たちによる競争を激化させ、魔王陣営としての戦力は以前よりも大きく強くなっていた。


 そんな“獄土”における最大都市、オーレイン。外に出れば、異様な気配を放つアンブリア城を見ることができる都市の一角にある小さな酒場のカウンターにつく青年がいた。


 身に纏うのは薄汚れた焦げ茶色のコート。深くフードを被っており顔はほとんど見えない。コートの下の右腰には短剣の鞘が吊られていた。

 さして旨くはないがいたずらに度数の高い酒を時折口に含みながら、青年は誰かを待っているようだった。


 と、そのとき来客を告げる小さな鐘の音が店内に響く。入ってきた壮年の男は一直線に青年へ向かい、その隣に座った。


「よう。元気そうじゃないか」

「…………」


 男を見るどころか返事もせずに青年はまた酒を一口飲む。男は気にする様子もなく店主を呼び、青年と同じ酒を注文した。


「で? 今日はどんな話を持ってきた。定時の確認とはいえ手ぶらって訳じゃないだろ」


 男はカウンターに出された酒を一口含んで青年に聞く。


 青年――その本当の名は男にも分からなかった。ただ一つ分かるのは、どういう術をもってしてか、“聖域”内の情報を持ってくることができるということ。その情報に偽りはなく、素性は分からずとも信用できる「情報屋」として上位の魔王に重宝されていた。


 この男、明確な階級が存在しない魔王陣営でも五本の指に入るだろう実力者であるヘベルも情報屋と契約を結ぶ一人だ。多額の金と引き換えに定期的に勇者たちの情報を得て利用しているのである。

 特に、勇者たちが大規模な活動をするという情報には価値がある。直接自ら出向いて勇者を狩る策を練ることにも使えるうえ――“獄土”では殺した勇者に応じて褒賞をもらえる――、事が大きければ時期を見計らって筆頭魔王に提案することで株を上げることもできるからだ。


 そして今回、情報屋が持ってきたのはまさにそんな情報だった。


「……近々、勇者たちが“真駆マゼンタ”討伐に向かうらしい。とはいえ向かうのは大した人数じゃない。魔王が本格的に侵攻を始めるきっかけにはならないだろうが」

「へえ……。あの〈ファング〉ってのか。確かに“聖域”の近くで暴れてるらしいが勝手に動いてくれんならありがたい。魔王側こっちにも少なからず被害は出てるからな」


 “聖域”と“獄土”は現在隣り合わない状態にあり、それゆえに争いも膠着している。話題になっている〈牙〉はそのちょうど中間――どちらかといえばやや“聖域”寄り――にて多く目撃されていて、魔王の探索者にもたまに被害が出ていたのだ。

 勇者たちとは違い、魔王において死はいかなる時でも自己責任である。余程のことがないかぎりはわざわざ“獄土”外へ戦力を割くことはなく、つまりそれは探索者にはかなり都合が悪い状態が続くことになる。

 勇者が〈牙〉を狩ってくれるというのであれば、それは魔王にとっても益がある話なのだ。


「……お前の目から見て、〈牙〉ってのはどんだけヤバそうなんだ? 派遣された勇者どもにどれだけ被害が出ると思う?」


 ヘベルの言葉に、青年は少し時間を置いて答えた。


「俺もまだ直に出くわしたことはないから断言はできないが……聞いただけの話から考えれば、それなりの数は死ぬだろうな。〈牙〉が出没してる辺りは陣を展開しづらい森の中だ。数の利を生かせるとは思えない」

「ほう。なら何のために数を集める?」

「索敵のためだ。標的は森の中の一体、効率的に索敵するために兵を細かく割いて森に散らすことになるだろう。となれば雑兵には討伐などまして難しい。指揮するのはかなりの大物らしいが、最終的にはそいつが討伐することになるだろう」

「つまりは敵の場所さえ分かれば少数精鋭で潰せるって算段か。そしてそのために多少の兵の犠牲は覚悟で索敵する、と」


 青年は無言で肯定する。どうやら勇者は〈牙〉にかなりの被害を受けているらしい。兵の犠牲も厭わない姿勢がその証拠だ。

 一刻も早く討伐したいというのが本音だろう。


「なるほどな。で、いつ討伐隊が向かうんだ?」

「それは分からない。なにせまだ正式な通達がない話だ。勇者の上層部でもなければ情報は秘匿されてるだろう」

「勇者どももさすがにお前の存在に気づき始めたって訳か。こりゃお前も商売怪しくなってきたな?」


 ヘベルの言葉に、一瞬だけ青年が苛立ったような殺気を放つ。紛れもない強者が持つ気迫にヘベルは「悪い悪い」と笑って受け流した。


 実際のところ、ヘベルにも青年の実力はいまだ掴めていなかった。まさか自分が負けるとは思えない――が、そこらの有象無象とは明らかに違う雰囲気が漂っているのだ。

 それに、勇者の情報を手に入れる術というのも気になる。当然の話だが相対する陣営の息がかかった者が易々と領地内に入れるはずはない。組織だった行動は不得手な魔王でさえ境界線付近には一定間隔で兵を置いているのだ、“聖域”ではさらなる警戒がなされているだろう。


 そもそも勇者と魔王は実際に向き合えばすぐにそれと分かる独特な気配を放つ。普通に考えれば、仮に領地内へ忍び込んだとしても、人に会った時点で即座に看破されるのである。


 眼前の青年からも魔王特有の雰囲気は確かに感じた。つまり、青年が身元を偽ることは不可能なはずなのだ。


「そうだ、俺も面白いことを知ったんだよ。お前も持ってるか分からない情報だ」


 わずかばかりの笑みを口の端に浮かべたヘベルに、青年はグラスを少し男へ傾け「続けろ」と示した。


 ほんのわずかでも青年の秘密を探れたら。あるいは何も引き出せず単なる世間話で終わってもいいとヘベルは話す。


「勇者軍の中で普通じゃねえ奴らが目立ち始めたって話だ。あの規律と礼儀を守るくそ真面目な連中が異分子を迎え入れたんだと。四人組でな、通称――」

番外小隊イレギュラー。小隊長の名はシャネス・ノワン・ファーテルム。以下三人の名と特徴ぐらいは仕入れてるが?」

「…………」


 こともなさげに自身を上回る情報を披露した青年にヘベルは閉口せざるを得ない。ここは新たな情報を引き出せたと考えるしかないだろう。


「……その通りだよ。ったく、どこにんな情報網があるんだか。金ならやるからそれごと欲しいくらいだ」


 不満げに言ったヘベル。すると青年はずっと弄んでいたグラスを置いた。


「……シャネスのことはよく知ってる。最近やっと動きはじめたんだ」

「…………やっと・・?」


 不可解な言葉を耳ざとく聞いたヘベルは思わず呟く。ヘベルの情報では小隊長はまだ二十にも届かない若造だと聞いていた。記憶を探っても、目立ち始めたのは今回が初めてだと思っていたのだが――


「……いや、こっちの話だ。今日はこれくらいで終わろう。シャネスの件は追加料金をもらいたいところだが、特別に無料ただにしといてやる」

「そりゃありがたい。じゃあいつも通りだな?」


 ヘベルは金貨がそれなりに入った麻袋をテーブル上においた。これだけあれば“獄土”内で最も高級な宿を寝床にしてもひと月は暮らせる。ちなみにこの金貨や銀貨、銅貨は“聖域”、“獄土”で共通して使うことができ、魔王が勇者の探索者を狙う理由の一つであったりする。


 青年は麻袋を持つと中身を確認することもなくコートの中に入れた。金貨の価値は他の硬貨に比べ格段に高く、枚数があまりないため重くはない。


「頂戴した。では、また次のときに」

「おう。今度はもっといい情報持ってこいよ」


 ヘベルに言葉を返すことはなく、青年は店を出て街へと消えていった。

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