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4―2 二人で

 小鳥のさえずる声でシャネスの意識はぼんやりと覚醒した。


「ん……」


 澄み渡った空。清々しい空気が肺に満ちていく。そして――こくりこくりと舟を漕ぐミルの顔。周期的に揺れるその顔は年相応の可愛らしいものだった。

 昨夜は結局シャネスも寝てしまったらしい。よくも理性を保てたものだとシャネスは自分を誉めた。


「さてと……おい、ミル。起きろ、朝だぞ」

「むにゃ……先、ぱ……い……」


 軽くミルの頬に触れる。と、その周期的な揺れが突如崩壊し、シャネスへと向かって――


「っぶな! 起きろっての!」


 致命的な接触になってしまう直前でミルの額を支えるのに成功したシャネス。超近距離で寝ぼけ眼のミルと目が合う。


「あれ……先輩……?」

「……見張り役はもう少し成長してからだな」


 シャネスがそう判断すると共に、ミルの絶叫が森に響き渡った。


  ***


「あーくそ、耳痛え……。人の目の前で叫ぶ奴がいるかよ…………」


 いまだガンガンと脳内で反響する絶叫に悩まされるシャネスはそう溢した。ミルが顔を赤らめながら「すいません……」と縮こまる。


 時刻はおよそ十時頃だろうか。日はすっかりと昇り、燦々と辺りを照らしているだろう――森の外では。シャネスとミルは相変わらず薄暗い森の中を歩いていた。

 昨夜二人がいた地点はミルが火を起こすために小さく切り拓いた土地であるために空も見えたのだが、さすがに全ての森を開拓することはできない。シャネスの“晴天ヒメル”もあまり期待しない方がいいだろう。威力こそ絶大ではあっても限定的な空間でしか行使できないのが唯一の難点だ。

 〈ファング〉があれだけの傷からすぐに回復できるとは思えない。それでも警戒するに越したことはないとシャネスは気を引き締めた。


「まずはガリエルたちとの合流が先だな。とは言っても俺たちからできることはほとんどないけど……」

「〈超覚ハイセンス〉に頼るしかありませんからね。ですが、ガリエル先輩もさすがにこれだけ集中し続けるのは無理があるかと」


 現状シャネスたちがガリエルたちと合流するには、ガリエルの〈超覚〉によってあちらから見つけてもらうしかない。この広い森を当てもなく歩き続けて偶然出会う確率は考えるに値しないだろう。

 しかし、ガリエルは既に数日間連続して感知範囲を限界まで広げている。メザリアと二人になった今、探索するために一人が負担する労力はまして大きくなっているのに、さらに集中を保つのは困難を極めるはずだ。すぐに見つかるとは思えない。


「ひとまずは待機。下手に動くよりその方がガリエルたちも見つけやすいはずだ」

「つまりこの近辺で協力して生きなきゃってことですよね。……二人きりで」

「? ああ、そういうことになるな」


 「二人きりで」の部分に妙に力点が置かれてることに違和感を覚えつつ、シャネスは頷いた。まずは生き抜くこと。それが何よりも重要だ。


「ま、いつも通りってことだ。気楽に行こうぜ」


 シャネスは軽く笑って言った。


 “英雄衆ギルド”所属の勇者にとって、“聖域”外での生命維持は基本中の基本だ。こうした遠征に参加する以上絶対に必要な技術なのである。

 ――とはいえ、勇者の体はもともと頑強なため、特に苦労することはない。食事はよほど厳しい環境下でない限り半月ほどなら断食しても問題ない――勇者はいわゆる「食い溜め」が可能なためだ――し、水分さえも水筒一つあれば一週間は耐えられる。

 戦う種族として進化してきたとされる勇者は環境に対する高い適応性を誇る。これだけ温暖で豊かな自然の中であれば、手ぶらであろうと簡単に死ぬことはないだろう。


 当然シャネスやミルもそれは同じだ。気力と集中力を養うために食事を取っていたものの、無理に食べる必要はない――


「じゃあ早速お昼ごはんにしましょう! 私お腹空きました!」

「…………」


 ――はずだが、ミルには食欲が有り余っていたようだ。


「……お昼ごはん?」

「あっ、朝ごはん食べてないから朝ごはんですかね? でも時間的にはもう朝ではないかと」

「いや、そういうことではなく…………」


 シャネスとしてはひとまず川を遡るように歩き、腰を落ち着けられる場所を探した後にそこでじっとしていようと思っていた。ガリエルが見つけやすいようにするためだ。


 シャネスは静かに言う。


「……またでかく・・・なるぞ」

「…………」


 途端、ミルが固まった。言われたくないことを言われたからか、単純に今まで忘れていたそれを思い出したからか。どちらかと言えば後者の方が友好度の問題的にありがたいなあと思いながら、シャネスが静かになったミルを他所にまた一歩足を出そうとしたとき。


「……先輩は大きいのは嫌いですか」


 ぽつりとミルの口からそんな言葉が呟かれた。


「……? いや……んー、まあ、嫌い……ではないけども」


 疑問を抱きつつ答えたシャネス。素直に言うのは何とも気恥ずかしく微妙に歯切れの悪い答えを返すと、


「じゃあお昼ごはん食べます。先輩も食べましょう!」

「えー……?」


 連関性のない文脈にシャネスは懐疑の声を上げた。「じゃあ」とは一体どういうことなのか……と渋るが、ミルは上目遣いで縋ってくる。


「先輩は……ごはん食べたくないんですか……?」

「可愛いげに言ってても内容が伴ってないんだよなあ…………。分かったよ、飯にすればいいんだろ?」


 一向に引き下がるつもりのないらしいミルに、ついにシャネスは折れた。ため息を吐きつつも許可するとミルは諸手を挙げて喜んだ。


 一度立ち止まってシャネスは聞く。


「で、食材は?」

「鹿肉で! あ、猪肉でもいいですよ!」

「……了解」


 予想通りの返答を聞いて、シャネスは川から離れ、森の奥へと進路を変えた。


  ***


「ハぁ……クッ…………」


 そこは暗がりと静寂が佇む洞窟。光源は壁のところどころに点在する仄かな光を放つ鉱石のみ。近い距離で向かい合ってやっと互いの顔を視認できる程度の暗さだ。


 広い空間の最奥の壁にもたれかかる一体の異形クリーチャーが、右脇腹を押さえながら掠れた呼吸を繰り返していた。


 いまだに酷い傷痕が残る右脇腹は絶えず鈍痛を異形へもたらす。無理に傷痕を閉じようとしたせいか、硬質化が解けた今、前にもまして状態は悪化していた。


 異形は手当たり次第に辺りの石や岩を掴むと無造作に口に放り込んだ。固さを無視して容易に鉱石を咀嚼し飲み込む。

 異形は有機物を必要としない。この世界にあるものは全て等しく彼らの食料となる。各々の体を構成するために必要なものは、本能的に知っているのだ。


「殺ス……殺スために……己れハ……いる……!」


 漂う濃厚な殺意。矛先はたった一人――いや、二人。“真躯マゼンタ”に数えられる自分を虚仮こけにした魔王と勇者。彼らを殺さないかぎり、異形は簡単には死ねない。


 その憎悪が傷の修復を加速させる。瞬間的にではないものの、確実に目に見える速度で傷痕が塞がっていくのを感じながら、異形は静かにそのときを待っていた。

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