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3―3 遭遇・2

 作戦開始から五日目の昼。シャネスたちは川の近くの少し開けた木陰にて小休止を取っていた。


「なかなか見つかりませんね……」

「こんだけの広さの中から探す訳だからな……。もとからそう簡単に見つかるとは思ってなかったけど、正直予想外だ」


 丸四日と半日が経ってなおシャネスたちは〈ファング〉の姿どころか痕跡すら見つけられていなかった。少し前まではあれだけの被害を出していたというのが嘘のようだ。これまでに見つけたのは危険度の低い異形と魔王の探索者のみ。いずれもガリエルがかなり離れた位置で発見したため、会敵することなくやり過ごした。


「でも川を見つけられたのは幸運でしたね。水はあるのに越したことはないですし」


 探索者が発見した特殊な金属製の水筒を手にミルは嬉しそうに言う。熱にかなり強い金属で、水を入れてそのまま煮沸できるのだ。勇者の力を使えば摩擦熱で火を起こすのは容易にできるので、水源さえあれば飲み水を簡単に確保できるのである。


「流れのある川に出てきたってことはいよいよ“聖域”から離れてきたな。もう少しで“聖域”と“獄土”のちょうど中間ってとこか……」


 “聖域”は比較的緩やかな斜面に囲まれた盆地に存在する。一定量の水量を持つ川があるということはつまり、シャネスたちが“聖域”の周りを囲む微高地を越え、下り坂の斜面にいることを意味していた。


 “獄土”へと真っ直ぐ向かっているシャネスたちだが、少し道を逸れれば山脈にぶつかるはずだ。地理条件や風土、本来的な地理形成の過程を無視した標高の高い山脈が走っているのである。どうやらこのファルテウムという世界はデタラメな力が世界の構造決定に大きな影響を及ぼしているらしく、各地でそういった異常な地形が見られる。


「他の隊もまだ〈牙〉は見つけられてないようね。作戦終了の信号はないわ」


 ラークたちが待機している高台を確認したメザリアが木から降りてきた。〈牙〉の討伐成功、あるいは森を探索し終わったときには、全隊が戻ってくるまでその高台から信号弾が上がり続けることになっている。

 シャネスたちはその信号が上がるより早く〈牙〉を見つけなければいけないということだ。しかし今のところガリエルが反応する様子はない。


「……大丈夫か? ガリエル」

「はっ、今さら心配なんかいらねえよ。いくら使ってきたと思ってんだ」


 ガリエルの“印”は集中すればするほど感知範囲が広がる。笑いながら軽口を叩ける余裕はあるようだが、ほぼ限界まで範囲を広げている今、精神には大きな負荷がかかっているはずだ。


 そこで、シャネスは早めの昼食をとることにした。この作戦中の楽しみはせいぜい食事くらいしかない。少しでも肉体と精神の消耗を回復させようとしたのだ。


「じゃあ時間もちょうどいいし、飯にするか。何にする?」

「川魚にしようぜ」

「鹿肉がいいです!」

「山菜かしら」

「…………」


 ――同時に出された三択は壊滅的なまでに乖離したものであった。

 途端に三人の間で火花が散る。


「なんで鹿肉なんだよ昨日も食ったろうが。山菜も飽きたっつの!」

「たんぱく質は大事ですから! しかも川魚って、だからそんなに細いんですよ! あとメザリア先輩は女子ぶらないでください!」

「女子ぶってなんかないわよ! というかそもそも女子よ私は! 肉ばっか食べたがるミルこそ少しは女子らしくした方がいいんじゃないの!?」


 どうしてこうなるんだろう……とシャネスは一粒の涙をこぼしながら笑った。仏のような優しい笑みだった。

 ギャーギャーと騒ぐ三人。そのまま乱闘に発展しそうな喧嘩をやむなく宥めようとしたとき、シャネスは微かな異音を聞いた。


 遠くから響く地鳴りのような。ゴウン、ゴウンと何か重いもの――恐らく木が倒れていく音。


「……? おい、ガリエル」

「あぁ!? 何だよ!? ……ぁ?」


 と振り向いたガリエルもシャネスの真剣な表情に我に帰ったらしい。同じく異音を捉え、すぐさま“印”を発動する。


 ほんの三十秒前までガリエルの知覚範囲には何もいなかった。つまりこの音の正体はこのわずかな時間でシャネスたちに接近してきたということ。


「?」

「どうしたのよ?」


 ミルとメザリアも口論をやめる。シャネスが目配せするとすぐに事情を察し、それぞれの得物を持った。


 着実に近付いてくる音。木々の間から、木が倒れていく様子が見える。既にそう遠くない音の正体が姿を現す――


「……?」


 ――と思ったとき、不意に音が止んだ。シャネスが訝しむと同時。


「――上だ!」


 叫んだのはガリエル。咄嗟に全員がその場から飛び退った直後、轟音と共に何かが着地する。

 朦々と上がる土煙。折れた小枝が遅れて落ちてくるその中から、異音の正体は姿を現した。


「何よ、こいつ…………」


 いたのは全身を真っ白な皮――あるいは革のようにも見えるもので包まれた奇怪な人型の生物。顔には恐らく口と思われる部分以外のパーツが見当たらず、耳、髪もない。

 見た者に生理的な拒否感を与える生物だった。


「はハ……。人間ダ……久しぶりの、人間……!」


 その生物がゆらりと一歩を踏み出し、足が地面に着く寸前で輪郭がぼやける。


 次に姿を見せたのはミルの眼前。


「……! ミル――」


 シャネスの予想を上回る、鋭い生物の一撃。しかしミルは。


「お昼ご飯の――」


 刹那の間に鞘から抜いた長剣を巧みに操り生物の腕をギャイン! と斬り上げる。見た目からは想像もつかないほど固いらしいそれはミルに届くことなく真上に弾かれ。


「――邪魔するなあああ!!」


 ミルは引き戻した剣ですれ違い様に生物の腹を横一文字に斬り裂いた。


「ごアッ!?」


 予想外の一撃に生物はうずくまった。滑るように駆け抜けたミルのもとにガリエルが寄っていく。


「マジか……! やるなあミル!」

「まだです。多分、ほとんどダメージは通ってません」

「あ?」


 振り向いたガリエルの先でゆっくりと立ち上がった生物。その腹には裂傷どころかかすり傷すらなかった。真っ白な皮膚は、その部分だけがより光沢を放つ金属のように変化していた。


「あの皮膚……自由に硬化させられるんだと思います。腕も剣みたいに固かったですし、厄介ですね」


 恐怖など微塵もなく、冷静に観察したミルは表情を曇らせる。


 この小隊で最年少のミルであるが、その剣術は“英雄衆ギルド”全体でも高位に位置している。実戦経験こそ浅いものの実力は折り紙つきだ。シャネスの心配は杞憂だったらしい。


「はっ、なるほどな、あのトロさじゃ固くなきゃ生きていけねえって訳だ。ま、殴り続けりゃいつかはぶっ壊れんだろ」

「そんな非効率なことしてる暇ないでしょ。少しはやり方を考えなさい」


 生憎と、番外小隊イレギュラーにおいてこの程度の異形クリーチャーに恐れる者はいない。シャネス自身が選りすぐった強者の集まりだ。隊員同士の相性はともかくとして、“真躯”だろうと負けるつもりはない。


 頼もしさに笑みを浮かべながらシャネスは言った。


「この速さと攻撃力。こいつが〈ファング〉なのは間違いない。――行くぞ」

「「「了解」」」


 打てば響くような返答を合図に、四人は走り出した。

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