3―2 捜索
「……で、先輩。結局どういうつもりなんですか?」
鬱蒼と生い茂る木々。薄暗い空間。葉擦れと鳥の鳴き声。
“聖域”を出て、“真駆”討伐に赴いた番外小隊。いまだ不明な小隊長の真意をミルは問うた。
ラークからの参加要請から三日後、シャネスたちに“真駆”討伐作戦の詳しい内容が伝えられた。事前の噂通りラークを筆頭に複数旅団を投入するそれなりに大がかりな作戦だ。決行は四日後、つまりシャネスたちの参加が決定してから一週間を経て、こうしてシャネスたちは“真駆”討伐に赴いたのである。
作戦内容としては至って単純で、編成された旅団ごとに各人が均等な間隔で四方に散らばった索敵陣形を形成、森を探索していく。ほぼ円を描く陣形の半径はかなり巨大で、その巨大さをもって効率的に森を片っ端から調べていくということだ。
今回の作戦は二旅団編成なので二つの索敵陣形が完成する。これらが分担して森を探索し、目標を発見ししだい信号弾で高台で待機するラーク以下数名の精鋭たちに合図。索敵陣形の構成員が目標の足止めをしている間にラークたちが到着し、討伐するという手筈だ。
作戦目標が〈牙〉の討伐というシンプルなものであるため内容こそ単純ではあるが、不確定な部分も多い。〈牙〉の戦力がどれほどのものであるか、そして前提として〈牙〉が複数存在する可能性も除外できないのが事実だ。
作戦までの間に“英雄衆”が直々に探索者に依頼し情報を集めようとしたが、その頃ちょうど〈牙〉の目撃が途絶えたのだ。ぷっつりと跡形もなく消えたのである。ゆえに勇者側としては魔王が既に討伐したのではないかという意見が有力視され、今回の作戦にはその確認も内容として含まれている。
しかしラークやシャネスはそう考えてはいなかった。
「多分まだ〈牙〉は生きてる。俺たちが狩れば株が上がるだろ。だからこうして独立して動いてるんだよ」
シャネスは森を歩きながらミルの疑問にそう答えた。
魔王は基本的に勇者との争い以外に戦力を割くことはない。例え“獄土”外で魔王の被害が相次いでも、それは自己責任として捉えられる。そして、魔王の中の真の実力者は探索者にはならず、“獄土”内での勢力を築き生きている。そちらの方が益があるからだ。
そのため魔王の探索者の質は勇者に比べ劣っている。そんな者たちが“真駆”の一体を倒せるとは考えにくい。
「ですが、倒すとは言っても会敵できなければ話になりませんよ。特に私たちは捜索隊より早く見つけて狩らなきゃないんですよね?」
〈牙〉が一体だと考えれば――複数いる可能性は決して高くない――そうなる。数と広さを持つ索敵陣形にたった四人が索敵で勝てる訳がない。
しかしシャネスは笑った。
「だからこいつがいるんだろ。な? ガリエル」
シャネスが視線を向けたのは、ポケットに手を突っ込み後列で歩いていたガリエル。
視線に気付くとガリエルは右手をひらひらと振った。
「さっきからずっと神経尖らしてるから心配すんな。何かあったら知らせるからよ」
淡く発光するガリエルの左目。“印”が活性化している証拠だ。
勇者が行使する特異な力――それこそが“印”だ。魔王における“刻”と対をなすこの力はまさしく勇者が勇者たる証拠。
ガリエルの“印”は〈超覚〉。もともと並の勇者よりも優れている自身の感覚をさらに引き上げる能力を持つ。視覚や聴覚、嗅覚などあらゆる感覚を鋭敏にし索敵することができるのだ。
最大知覚範囲は恐らく索敵陣形一つにも劣らないだろう。これならば旅団と同等に〈牙〉を探索できる。
いや、むしろ旅団よりも効率的かもしれない。なぜなら。
「大人数での索敵は足並みを揃えるために速度を抑える必要がある。休息を取るだけでも一苦労だろ。その点、俺たちはそんなこと関係なく進めるからその分有利だ」
「確かにそうですね。……まあ、本隊との通信手段はなくなりましたけど」
旅団による索敵陣形では一定時間ごとに信号弾を上げることで場所の確認とラークたち本隊との簡単な通信ができる。しかしたった四人のシャネスたちにはそれら信号弾が与えられることはなかった。そもそも多くの物資を持てない上に「自由に行動させろ」と言った手前、シャネスとしても本隊と連絡するのは変だろうと思ったのだ。
この深い森の中では“聖域”に戻るだけでも時間がかかるため、何かあれば自分たちで対処しなければならない。シャネスが最も憂慮したのはそこだった。
「そんなに恐れる必要はないでしょう。木の上に登れば現在地はおよそ分かるし、〈牙〉以外に危険な異形も少ないはずだわ。四人もいれば大丈夫よ」
しかしシャネス以上に冷静だったのはメザリア。年長らしき落ち着きで状況を分析し、的確に不安を取り除いてくれた。
「頼りになるな、メザリア。さすが歳食ってるだけ落ち着いてやがる」
「あン?」
――次の瞬間に喧嘩に発展しかねない性格はどうかと思うが。
「まあまあ落ち着けって! ほら、気を抜かず頑張ってこうぜ!」
バチバチと火花を散らす二人を制止して、シャネスは安心とも心配ともとれるため息をついたのだった。
***
一方、“聖域”に近い高台の開けた場所に陣を置き、眼下に広がる森を眺めるラークたちは、静かにそのときを待っていた。
今のところ状況に変化はない。定時連絡を示す信号弾のみがおよそ二時間おきに上がるだけだ。
もちろんラークたちも一日で〈牙〉が見つかるとは思っていない。この広大な森の中から人一人程度の大きさの異形を見つけることが容易ではないことは作戦に参加する誰もが分かっていた。
限りなく低い可能性ではあるが、こことて“聖域”外。背後から唐突に〈牙〉が襲ってくることだってあるかもしれない。穏やかな表情でありながら、ラークは微塵も乱れず深く集中していた。
索敵陣形の移動は想像通りかなりの時間を要する。定時連絡での位置差を見れば明らかだ。森全域を探索するには少なくとも半月はかかるように思われた。
より効率性を求めるならば、索敵陣形を崩して一回り小さい陣形を組ませればよかったのだ。小隊規模にすれば索敵は数倍早くなるだろう。
しかしその場合、一度に〈牙〉と相対する勇者の数が大きく減る。有力な勇者が少ない今回の作戦では、それは小隊の各個撃破という最悪の事態に繋がりかねない。ゆえに確実に信号を伝えられるよう旅団規模での編成にしたのだ。それでもなお信号の伝達すらままならないというならば、ラークたちは一度退くつもりでいた。
「……彼らは一体何をするつもりだろうね?」
「はっ?」
「ああ、いや、一人言だ。気にしないで。あともう下がっていいよ。何かあったら連絡してくれればいい」
すぐ横に控えていた傍付きを下がらせてラークは思案に耽る。思い出すのはシャネスの瞳。
「あの瞳……面白いねえ」
ラークは一人笑っていた。




