5・冷たい手
月が空に昇る頃。涼しい風が窓から部屋に入ってくる。
ここは街の宿。小さいベットの上に桜色の髪の少女が横たわっている。
少女…華人は、先程まで苦しい表情を浮かべてたものの、今はすっかり熟睡している。
その隣で、蒼い髪の少女…藍依が、安心したように少女の髪を撫でている。
風が吹きカーテンが揺れる。心地良い風が、肌に触れる。
電気をつけてない、薄暗い部屋の中で、
月明かりに照らされる少女達は、とても美しかった。
静かで、穏やかな雰囲気が漂う部屋で、藍依は窓から月を見上げた。
その日の夜の月は、仄かに光っている。月は雲と重なり、月光が夜空に滲んだ。
仄かな光を放つ月は幻想的で、その美しさは絵画では到底表せない程だった。
藍依は月を、ただただ見つめた。月に吸い込まれるような瞳。
そこが自分の故郷であるかのように…懐かしい表情を浮かべた。
しかし部屋の部屋には2人だけだった。彼の姿が見当たらない。
――宿に行きましたら、華人様と話してくれませんか?――
――あなたの過去にも関係していると思います…から。――
今から少し前…少女達と一緒に彼は、宿の前までついて来たのだが、
そこで立ち止まってしまった。
「…覚悟する準備が必要…ですよね。」藍依が彼を見て言った。
彼はゆっくり頷いて、「心の準備ができたらここに戻ってくるから…。」と小さく呟き
颯爽とどこかへ行ってしまった。
どこかで自分と向き合おうとする覚悟をしているのか…
それとも苦しい記憶に目を逸らして逃げ出してしまったか。
*◆◇◆*
日が落ちて、人気のない公園に彼は居た。その公園には大きな湖があり、
自然が溢れ、土地が広く、青茂った芝生が公園の一面に広がっている。
その自然に触れると、誰もが癒されてしまう程、安らかで住民の憩いの場所となっている
場所だ。
大きな湖の前の芝生に彼は、寝転がっていた。
彼の髪と芝生が重なって、草の露が髪についた為か、髪の毛先が濡れていた。
彼の黒髪は、風が吹くとさらさらと揺れた。
目を瞑ったまま、ただその場に居た。
「何かよくわかんねぇのに…」
「何でこんなに過去を知るのが恐いんだ…?」
がくがくと体が震える。心がすかすかして、寂しさが心を溶かす。
彼は手を目の上に被せて、誰にも見られないように一粒涙を流した。
「…情けねぇな。俺 」
*◆◇◆*
カチャ…宿のドアが開いた。藍依はドアが開いた音で目を覚ました。
「来てくださったん…ですね。」寝ぼけた声で藍依が呟いた。
そして、壁に寄りかかっていた体を起こして、彼の方へ近づいた。
「よかった…です。」彼の冷たい手を握った。あまりの手の冷たさに朦朧と
していた意識が目覚める。「…寒くありませんか?」藍依の質問に返答が無い。長い沈黙が続いた。
「寒い…のかも」ぼそっと声が漏れる。きっと感覚が麻痺しているのかもと藍依は思い、
彼に暖かい毛布を被せた。そして自分のバッグから熱カイロを取り出して、彼の手に付けた。
「…熱い」「あ すみません。」藍依はそれををぱっと彼から離した。
「感覚が麻痺している様です…。体が温まるように、温かい飲み物買ってきます。」そう言いながら立とうとしたが、手を引っ張られた。「…え」体制を崩した藍依は
彼とぶつかり、倒れた。床の上で2人倒れこむ。藍依は上半身を起こして、青年に布団を掛けた。彼は目を瞑っている。彼は寝てしまったのか、気を失ってしまったのか。
そして彼のあまりにも冷たい手を握った。「熱…奪って下さい。」
しかし、時間が経つにつれて冷たくなる手。どうしようもなく、ただ傍に居る事しかできずにいた。
「どうしよう…」掛け布団を何枚も掛ける。しかし、彼の手は凍ったままだ。
顔色も青白く、血の気を全く感じない。
「死んじゃう…の?」彼の顔に触れる。「起きて…。起きて…っ。」体を揺する。
「・・・っ」「どう…しよう」
風が吹き、華が舞う。
そして彼女は目覚めた。彼を助けるために。桜色の髪を風に靡かせて。
「私に…任せてください。」
真っ白い翼を広げて。
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