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外編 闇の向こう

 俺は、上に広がる蒼い空を指差した。

 彼女は飛べる、未知が広がるこの世界に。

 綺麗に空に舞うだろう、華のように。


 天使は、恐る恐る手を差し伸べた。

 彼女から手を差し伸べるのは、初めてだった。

 手が微かに震えている。俺に手をはじかれないかと不安なのだろうか。

 

 でも、俺が手を差し伸ばすという事は……。

 様々な思考が頭を駆け巡る。

 湧き上がる感情を理性が抑えようとする。

 

 いつもそうだ。


 俺はいつも頭で行動しようとする。

 感情を抑圧させて……忘れたフリして。

 何もかも中途半端なんだ。


――パシンッ


 俺は天使の手を掴んだ。もう、何もかも抑えきれなかった。


 「え……どうして」

 

 少女は戸惑いながら、俺を見つめた。

 俺も、じっと少女を見つめた。あどけない表情、綺麗な瞳。

 彼女との記憶が頭の中ぎった。

 

 

 ずっと一緒に居てくれた、大切な存在。

 笑顔に何度救われただろう。

 キミをずっと守っていきたいと思ったんだ。

 「うあ、獅樹くんっ! おはよー」

 元気で明るくて、眩しくて。俺にとっての光だった。 



 どんな俺でも支えてくれていた、女の子。

 俺がいくら憎んでも、許して愛してくれた。

 「精霊君……私はずっとキミの味方だよ」

 ずっと俺だけを見て、俺の幸せだけを考えてくれていた。

 俺が何度も君を忘れてしまっても、笑顔で会いに来てくれた。

 精霊化している俺でも、差別せずに俺自信を見てくれていた。


 2つの存在は同一。

 からになった俺に惜しみなく振り注いでくれた。

 キミがいたから、今の俺がいるんだ。 



 「音憂……もうお前を放さないから。ずっと待たせてゴメン……」



 俺は彼女を抱きしめた。音憂の体温が俺にも伝わる。

 音憂の温もりを感じる。鼓動も聞こえそうなくらい、ぴったりと体がくっ付いている。

 これが音憂・・なんだ。

 やっと会えた、俺と音憂。

 惑わされずに進む、この感情。

 

 音憂は安心したのか、俺の胸に頭を埋めた。どっしりと胸に重さが掛かる。

 桜色の髪が俺の頬に当たる。花の良い香りがした。

 何か妙に音憂が愛しくて、体中の熱が湧き上がった。


 「……もう、飛ばなくて良いの? 飛ばなかったら、もう……華の天使じゃなくなってしまう」

 

 彼女は泣いていた。


 天使のままでいたい気持ちと、飛びたくない気持ちが混ざって、何をしたら良いかが分からなくなってしまっているのだろう。

 

 何でそんなに天使でいたいんだよ。

 無理してまで、飛ぼうとすんだよ。 


 「俺がお前を『華の天使』って言ったからか?」 

 

 俺は囁くように耳元で言った。

 すると音憂はこくりと頷いた。 


 「キミが私に付けたくれた名前だから、大切な名前だから。私、天使でいたいって思った。キミが綺麗って言ってくれてから……私まだ飛んでいたいの、天使でいたいの……!」

 

 ……馬鹿。

 なんだよ、そんな事まだ気にしてんのかよ。

 そんなの俺が、勝手に決めた呼び名なだけであってさ。

 ……俺の戯言、覚えてたのかよ。

 華の天使になりたいって思ってたのかよ。

 俺が憧れてたって言ったからか……?

 

 目についたのは、ぼろぼろになった彼女の翼。

 ……もう、休めよ。

 悪かったよ、勝手に「お前にはこの世界を飛び回る可能性がある」って言って。

 人事って思ってたんだ。

 だから頑張れっていったのかもしれない。

 それに、折れた翼で無理に飛んだら、堕ちるだろ。

 

 俺は下を見た。


 深い深い闇に似た海がそこに存在していた。 

 そこに堕ちる可能性もあるのに、飛び立つ勇気がよくあるな……。

 見るだけで足がすくむ。


 出会った時、音憂は俺に手を差し伸べた。

 それは、俺と一緒なら飛べると思ったからだったのか?

 俺といたら、頑張れると思ったからなのか。

 勝手に自惚れてしまう。

 でもそんな事恥ずくて、本人に聞けない。

 

 だから俺が言う。

 彼女が少しでも安心できるのなら。


 「お前は天使じゃないから、飛ばなくていいんだ」


 震える肩を強く抱き寄せた。

 もう、逃がさない、放さない。


 「俺の華だ。だから一緒に居てくれ、俺の傍に」

 

 捕らえるように音憂の瞳を見つめる。

 彼女は一瞬戸惑ってから、笑って、頷いた。

 

 音憂の頬を流れ落ちる涙を、俺は指で拭った。

 そして背中をとんとんと叩く。


 「ホント泣き虫だな、音憂は」


 俺の声に反応するかのように、顔を見上げた。

 そして探るように、俺を睨んだ。

 な、なんだよ……。


 「君は、獅樹君? 精霊君? 梓月君?」

 

 急かすように聞いてくる。

 体を揺らしながら、俺の事も揺らしてくる。

――ぐらんぐらん……

 そんな強く揺すんなよ、興奮しすぎだろ……。


 「誰だったら良いんだよ?」

 俺はちょっとむっとしたように答えた。

 だって、俺がどいつか分かったら嫌いになったりすんのかって。

 音憂は誰が好きなんだよ……。

 

 「みーんな好きだよ♪」


 音憂は満面の笑みで答えた。

 ……っつーか心ん中読むなって!

 誰が好きったってま、どれも俺なんだけど。


 「キミって月みたいだね」

 

 音憂がにこにこしながら言ってきた。

 は? 月っすか。

 まぁ、俺、月の精霊に取り憑かれた時もあるけどな。

 結局音憂が直してくれたんだけど、ふつーの人間に。


 「月が満ち欠けすると、同じ月とは思えない程変化するよね? キミも別人みたいに性格が変わるから、月みたい!」


 きゃきゃっと面白そうに笑ってる。

 俺が多重人格な訳じゃなくて、精霊化の影響で記憶がちょくちょく無くなってるだけだし。

 性格変わっても仕方なくね?

 音憂は良いたとえが出来たと思って満足そうだった。 

 ま、音憂が幸せそうだからいいとすっか。


 「音憂、俺となら何でも頑張れるか?」


 「へ? どうしたの急に……」


 「いいから答えろって」


 「うん。頑張れるよ、何だって。キミが居るなら」


 マジに言われると照れる。


 「なら、飛ばなくて良いじゃん」


 「え?」


 「お前、そんな翼じゃ飛べないだろ? それに俺には翼は無い、お前に頼ってしか空に行けないんだ。そんなん嫌だかんな」


 「……」

 

 「なら海に行こう」


 「え……! それは」


 「大丈夫だろ、俺が居るなら」


 「……うん、うん。一緒、ずーっと一緒?」


 覗きこむように俺を見る。


 「ああ、一緒だ。ずっと」


 海の上に俺達は居た。

 俺達が立っている場所は薄い霧。雲といって良い場所だ。

 時は経ち、やがて雲は破れる。

 人が死を迎えるように。


 「ここだったら、死を恐れて一生過ごす事になる。そんなのつまんねぇじゃん。だったら海に行こう。海で泳いだら、いつか島が見つかって、安心して過ごせる場所もあるかもしれないだろ?」


 「……怖いけど、大丈夫。キミが居るなら」


 涙目で必死の笑顔を作ってくれた。

 そんな音憂を抱き寄せる。

 背中をとんとんと叩く。


 「お前ホント泣き虫だな。……でもすっげー頑張り屋だよな」


 震える肩をぎゅっと抱き寄せて、「大丈夫だよ」と呟いた。


 

 音憂を抱いて、足元の雲から飛び降りた。

 少しずつ海に近づく。

 真っ黒な闇に似た海。

 もう、恐れない。音憂がいるなら頑張れるから、俺。

 だから俺の傍に居てくれ。

 それだけで充分なんだ。


 安心して過ごせる俺達の居場所を探しに行こう。

 

 

  

 ゆっくりと堕ちて、海が近づく。

 深い深い闇に。


 俺達の旅は始まる。






 俺達は闇という名の海に、足をつけた。








読んで下さってありがとうございます!

ここまで書いてこれたのは、読者様が居て下さったからです。こんな話ですが、読んで下さって心から感謝しています。

最後は夢のような話で終わりになりました。

こちらは音憂ちゃんエンドです。

海の向こうになにがあるのかは分かりません。

大地があるかもしれませんし、闇みたいな海で、吸い込まれてしまうかもしれません。

それでも、誰かと一緒なら恐れずに進んで行く事できるのではないかと思います。(そんな勇気があれば素敵だなと)

このお話は、夢の世界での物語です。

それは、彼と音憂ちゃんが一緒に見ている夢かもしれませんし、音憂ちゃんが1人で見ている夢(只の空想)なのかもしれません。でもそれでしたら寂しいですね。

私が伝えたかったのは、見返りを求めない愛です。

拙い文章で誰にも伝わらなかったかもしれません。

ですが音憂ちゃんは、彼が自分を守ってくれるから、自分を愛してくれるから、彼を好きになった訳じゃないと言う事です。

中々出来るものでは無いと思います。

そんなテーマで書いたのに、ハッピーエンドで終わらせたくは無かったのです。(バットエンドとも限りませんが……)

なので、少し切なさが残りそうな終わりで外編を書きました。

2人の旅はどうなるのでしょうか。

でも2人にとって、一緒居るだけで幸せなのだから、絶対ハッピーエンドになりますね(笑)


読んで下さって、本当にありがとうございました。



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