外編・蒼い月
小さな村に2人は住んでいた。
大きな森に囲まれた小さな村。今、2人は村の脇にある、少し傾斜がある坂道を上っている。
鳥が鳴く声しか聞こえない静かな森の中。
耳を澄ますと森が風に揺れる音が聞こえる。
平和な時の中をゆっくりと過ごしている青年と少女。
青年は鴉の羽のような黒い髪で、端正な顔立ちをしている。
物腰が柔らかなのに、どこか棘のような強さを隠し持ってるように見える。
その青年の隣に居るのは、蒼い髪の少女。さらっとした髪を風に靡かせている。
少女は隣に彼が居る事に、溢れるばかりの幸せをかみしめている。
風がさっと吹き渡る森の小道を2人は散歩していた。
「……梓月は幸せ?」
急に声色を変え、ふと切なげな表情を浮かべる少女。
その言葉に疑問を浮かべ、少女の髪をじっと見つめた。
「あ? 何でそんな事言うんだよ」
照れくさそうに、困った顔で言った。
「だって、梓月ぼーっとしてるから……私の話しつまらないかなって」
心の不安が増殖していく気がして、思いを打ち明けた少女――藍依。
自分と居てつまらないのかと不安で堪らない。
「つまんない訳ねぇーって……可愛い藍依ちゃんと一緒に入れて幸せだって」
少し冗談まじりに慰めるような口調で言う彼――梓月。
そして、藍依の小さな肩にぎゅっと後ろから抱きしめた。
「……」
梓月は不思議に思った。
いつもなら抱きしめると固まる藍依が、今は特に反応が無い。
「あの子の事忘れられないの……?」
その言葉は彼の心に、ぴしっと亀裂が入ったようだった。
藍依に掛けた腕を、片方ずつ離した。
「……」
俺って分かり易いのか……?
そうだ、藍依の言う通り何か不に落ちない事があるんだ。
何度も夢に出る、アイツ。
見覚えのある少女。
ずっと傍に居てくれた気がしてならない。
藍依もそんな感じの少女と一緒に居た気がすると言っていた。
俺達と何か関わりのある少女。
その少女が何度も夢に、現れる。
桜色の大きな花が、あちらこちらに咲き乱れる場所に俺は居る。
前にはあの少女が居て、肩までの桜色の髪を揺らしながら歩いている。
後ろには藍依が待っているのに、前に進んで行く少女を眺める俺。
どうしてもそっちに気を取られ、食い付くように見入ってしまう。
俺は追いかける。……藍依を置いて。
少女の肩に触れようと手を近づける。
でも感触が無い、つまり触れない。
でもそんな俺に気がついて、くるっと振り迎えり、にこっと頬を染めながら笑う少女。
『藍ちゃんと、お幸せに……』
その少女が忘れられない、今でも。
でも、確かな想いがある……それは、藍依を大切に思う気持ち。
一見筋が通ってないように思えるけど、俺の中では藍依への気持ちが断然占めている。
藍依ってすっげー可愛いんだ。
出会った時は冷たそうな印象に、少し近寄りがたかった。
けど、すぐに分かった。
藍依は人と接するのが苦手なだけだって事に。
だから俺、藍依の事笑わせようと色々した。
すっげーつまんねぇ事でも笑ってくれるんだよな、藍依って。
つーか、多分普通な奴と笑いのツボが違うな。変な所で笑うしな、藍依は。
優しい奴なんだ……藍依は。
それですっげー友達想いで……。
あ? 友達?
あいつに友達なんて居たか?
……まぁ、いっか。その友達をすっげー尊敬しててさ、何があっても守って行く! って所が格好良いんだよなぁ!
これはギャップで、すげー俺的にヒットしたな。
うん、可愛い。藍依は、すげー可愛い。
よし、俺の心の整理、終了!
「俺が好きなのは藍依だから」
藍依の背中に向けて、彼は話しかけた。
彼は照れる様子も無く、大きな声で言った。
その言葉を聞いて、藍依はふるふると震えだし、振り返った。
「安心して……良いの?」
柔らかい涙。
彼を想い、流す涙。
そんな藍依を見て、想いが溢れる彼。
自分の為に泣いてくれる。
一緒に居ないと寂しいって言って、1つ1つの態度に、心が離れて行ってないかと悩んでくれる。
全て、自分を愛してくれている証拠。
「ああ! 死ぬまで安心していいぞ! 約束だ」
俺達は約束した。
藍依がこれで安心してくれるなら、どんな約束でもするから。
本当に藍依が大切だからさ。
又、数日後に夢を見た。
……そっか、アイツは俺達の恋の天使だったんじゃないのか。
華に埋もれる天使に出会った。
よく顔をみると、やっぱり綺麗で可愛らしかった。
「夢で会うたびに、君を見ていた」
俺は、心の……ずっと蟠っていた想いを打ち明けた。
決別の意味も含めて。
俺の言葉に特に反応せずに、彼女は周りに咲き乱れる華を見つめていた。
「堕ちたの……失ったの」
ぼそぼそと彼女は話し掛けた、いや話すと言うより自分に語りかけたという表現の方が近いだろう。
「何を……失ったんですか?」
変に敬語を使ってしまう。
緊張の所為か、喉が渇いて言葉にならない。
「翼……私の大事な片翼。やがて私は堕ちる、この深い海へ」
彼女はそう言って、下を指差した。
確かにそこには、蒼い海があった。堕ちたら、もうここへは戻れないだろう。
「君は天使だ。そして綺麗な華のように、惹き付けられる魅力がある」
「華……天使?」
「あぁ、華の天使だ。だから飛べるよ、君は」
「飛べない……私はもう」
「君は誇り高い『華』だから。僕の憧れだったから、下を見ないで……空を見上げて欲しかった」
俺は夢の中だからか、支離滅裂な言葉を口にしていた。
彼女の事を何でも知っているような、そんな言葉が次々に浮かぶ。
「遠い遠い、綺麗な蒼い空にキミの目指すものが絶対あるから……」
俺は、上に広がる蒼い空を指差した。
彼女は飛べる、未知が広がるこの世界に。
彼女は手を差し伸べた。彼女から手を差し伸べるのは夢の中で、初めてだった。
でも、それはできない。
確かに応援したい、彼女を。
俺は、君と一緒に飛べない。
……できない、俺には……藍依がいるから。
俺は首を振った。
そして彼女は悲しげに、差し伸べた手を下ろした。
「……ううん、違うよ。キミだけ……君だけがいればいいの」
お読み下さってありがとうございます!
今回は藍依ちゃん編です。
今までの展開なら、このように終わっていたというお話です。
最後のセリフに聞き覚えのある方がいたら、感激です!実は、1話の最初で使った言葉です。
華の天使は独りでも飛び立つ事は出来るでしょう。
海に溺れないで頑張れ、音憂ちゃん。