終話・永遠の命
意識が崩れていく中で、歌だけが聴こえて来た。
優しい歌声、雪も溶かしてしまいそうな……歌。
心も冷え切った先には、何も残っていないんだ。
ある筈と思っていた大切な物も、失っていた。
もう、無いんだ。
いくら探してもある訳が無い。
だって……この世界には存在しないのだから。
大切な人、獅樹君。
思い出したよ、キミの事。
ずっと守ってあげたかった人、精霊になった君。
キミ1人から、2人も大事な人を失ってしまったね。
心がぽっかり空いたみたいなんだよ。
精霊くんは研究所に来て、私を助けてくれたんだね……ありがとう。
でも、それでキミを失う事はもっと辛かったよ。
体を傷つけられた時より、痛いよ。傷……深いんだよ。
さよなら精霊くん。
そして又、新しいキミが生まれるんだね。
何も無い、記憶の無いキミが。
それでも私はキミに尽くしたい。幸せになって欲しい。
もうワガママになっている、私。
止められない、命果てるまでキミの為に生きてくよ。
また会おう、キミに。
「華人様っ!」
寒い空気を遮るように高い声が響いた。
華人の瞳に映るのは、蒼い綺麗な髪・・・藍依だった。
「何で、ここに……?」
かすれた声を華人は出した。
本当なら、藍依の母と2人で村に住んでいた筈だ。
ずっと夢だった、家族と平和に暮らせる時間。藍依はずっと憧れていた・・・。
華人の問いに藍依はにこっと微笑みを浮かべた。
「あなたに忠誠を誓うと決めたのです。だから私は、あなたにどこまでもついていきます」
雪が2人を包む。
涙を浮かべる華人を、藍依が抱きしめる。
何もかも失っていた事に気付いた音憂には、藍依は大切な支えだった。
藍依は支えた。折れそうな華の茎を。
やがて華は綺麗に咲き誇るだろう。
幸せな結末にさせるために。
温かい部屋、ほんわりと2人を包む。
街で宿屋を探し、そこに泊まった。
小さな部屋で、2人は抱きしめあいながら布団にくるまった。
音憂は心の秘密を藍依に打ち明けた。
自分が特殊な能力を使えること、音憂として生きていた時の事を。
藍依は頷きながら耳を傾け、自分より小さな体が想像以上の重い困難にあっていた事を知った。
「音憂様……もう大丈夫ですよ。藍依がずっと一緒にいますから」
体から振り絞るような声で、話しかけた。
音憂は、その言葉を聞きゆっくり頷いた。
そして、藍依の顔をじっと見つめて
「藍ちゃんって呼んでも良い?」と言った。
藍依は「もちろんです!」と言って嬉しそうに、はしゃいだ。
絆は深まる。
この2人の間で、ずっと続いていった硬い絆・・・離れる事の無い、想い。
しかし、この絆が音憂の心を屈折させていった。
ずっとキミの傍に居たかった。
キミが私を忘れていても……。それでも良かった。
でも本当に……良いの?
私より、藍ちゃんの方がキミの傍に居たほうが良いのかもしれない。
だって私の所為でキミは苦しんでいたから……。
私もキミだけに尽くすって、馬鹿みたいだよね。
異常だよ、私……。ただキミに寄生している害虫みたいだ。
そうだよね、私だけじゃないんだ。
キミと歩んでいく人は――。
――ガタッ・・・ドゴンツ!
扉が壊れる音が響いた。
そして今、中央をくり抜かれた壁がある。
「よし……と」
何が『よし』なのかは置いといて。
蒼く長い髪の女性がするりとぼろぼろの壁の中を潜り抜けた。
「ここにいるでしょ!少年!」
体育系な教師のような声が響いた。
その声の持ち主はズバリ藍依の母だった!
そう、ここは研究所。嘗て藍依の母が働いていた場所。
「あなたの事は悪い事したと思っていたのよ。今回助けてあげるから許して」
悪戯っぽい表情を浮かべながら、少年のあちらこちらに巻かれている鎖を外す。
――ボキャ!ジャララッ!
ちなみに今は魔法不使用で、素手で行われています♪
つまり、藍依の母は怪力です。要注意人物ですね。
「おーい少年!起きて……って魔法かけられてるのか。しょうがないなぁ……」
――ズドオオン!
睡眠解除魔法をかけるのかと思っていたら今、柔道技かけましたね。
どこで習ったのでしょうか。
「ZZZ〜」
彼は寝ていますね、さすが。
記憶を失ってしまった時から彼は変人だったのですね。
――ジリリリリリイイイイ!
警報が鳴り響いた!今の音で侵入者がいると気付いたらしい。まぁ当たり前です。
「あっちゃぁ……」
藍依の母、困っており、くるくると思考を巡らせます。
すると、自分のサイフを彼のポケットに忍び込ませました!
ちなみに大金が入っているサイフです。
彼もお金は持っていたのですが、修行の時に使っていたと思われる異国の通貨が入っております。
でも、サイフを入れてどうするのでしょうか?
「いちかばちかッ!」
――バシュッッ!
彼を、何処かへぶっ飛ばしました!
テレポート魔法です、上級魔法!
さすがは藍依の母!研究所に雇われただけある・・・ってあいつどこいったぁぁあ!
「彼が飛ばされた場所が、この世界でありますように……」
えぇぇぇぇえ!しかも他の惑星の場合あるんですか!?
「お前!何者だ!」
ようやく敵もここの場所に辿りついたようです!
「じゃ、私も退散します♪」
――シュンッッ
こうやって彼は飛ばされたのであった・・・。
キミの事は全て分かる。
私には与えられた力があるから。
私は全ての力を使い、彼と藍依ちゃんが結ばれるようにした。
時には、心を惑わせる力を使いながら。
結果オーライだよね。
2人は幸せになった……よね?
少女は大きな樹にもたれかかる様に座っていた。その樹の周りには一面に芝生が広がっており、蝶が飛び交っていた。その場所は、天国のように優しい光が満ちていた。
樹には綺麗な花が咲き乱れており、空は透明な青だった。
「もう、ここまでの記憶だけでいいの?」
昔の記憶は鳴り止んだ。はっきり言うと昔を思い出す事はとても辛い、これが死者への罰なのだろうけど。
私は振り返って、何かを見た。
すると予想通り、1つの存在がそこに居た。
どこかで見た事のある姿だと思い、目を凝らす。
「お前は後悔してないのか?」
今更、何でそんな質問するのだろう。暗い影のような、輝く光のような何だかよく分からない存在だった。
「もちろんです。この結末は、私自信よく考えて出しました」
はっきりと私は答えた。
「そうか、それなら構わない。やり直す事ができても、お前はこの結末を選ぶのだな」
その存在の言葉は、私を諭すように優しく響いた。
やり直す事ができたら、私は又この結末を選べる……?
「……」
泣きたくなって、言葉が出なかった。
今でもこの結果が最善なんて、自信もない。
もっと違う道があったのかもしれないって、昔の私を見て思った。
もっとこうしたらって、もっとこうできたらって、数え切れない程浮かんでくる。
溢れる、涙。
それは後悔からの涙。
「分かりません……でも、やっぱりキリがないと思うんです」
私は照れくさくて、恥ずかしくなった。
でも、その存在は理解してくれたように笑った。
「そうか、やっぱりまだ後悔してるのか」
意味深な言葉。まだって……?
「私、もしかして……何度もやり直してるの?」
音憂としての人生を……。繰り返していた?
「君が求める限り何度でもやり直そう。そして、いつでも君に力を与えよう」
あなたは、私に力を与えてくれた、あの人……ですか?
「そうだよ、音憂」
あなたは、お父様なのですか?
「私は、『この世界に生まれる全ての魂の父親』といっても良いかもしれないな」
えへへ……っ。それじゃあ、あなたは神様ですね。
「それは分からないな?」
とぼけるのも上手ですね……。
神様は私にチャンスをくれた。何度も何度も。
でも、生きている時は忘れているから、守られている事を忘れてしまう。
でも心配しなくていいんだよね、生きる事に。怯えなくて良いんだよね……。
だから堂々と生きていこう。私らしい生き方を探して。
後戻りも、先に進む事も私達はできる、精神の成長段階によって。
何度でもやり直しができるのだから、何も無駄にならない。
何度も繰り返して、学んでいこう。
この世界で、いつまでも……。
ねぇ、聴こえるかな……?
本当はね、2人を見て羨ましいって思ったんだ。
そして痛くて、悲しくて、寂しい思いもした。
もっと生きれば良かったな……って後悔しちゃった。
でも私は笑うんだ。
2人に出会ったのがとても幸せだったから。
泣かないって決めたんだよ。
悲しみと寂しさは涙にせずに心の底へ。
あなたが今幸せなら、それが私の幸せになるから。
私は今日も笑顔になれるのです。
読んでくださってありがとうございます!
ついに完結致しました。
ぐだぐだな文で真に申し訳ありませんでした。
読んで頂けた読者様には感謝の嵐(?)です……。
音憂ちゃんが最後に出した結論は、作者がこんな世界だったらいいなと思う希望です。
もしこのような世界だったら、躊躇わず、迷わずに自分の思う最善の生き方に、全力を尽くせる気がするからです。
何やらお話にもなっていない話なのですが、『華の天使 月の精霊』番外編を2作書こうと思います。
藍依編と音憂編です。
何度でもやり直せるなら、こんな結末もあった筈というお話です。