不死者、異世界へ!④
「俺、野城神妻!
俺のことはカヅマで良いよ。姉ちゃんからも下の名前で呼ばれてるし。
君の名は?」
「私は……ミユ……ミユ・ペルシード」
「……外国人だったのか!?」
脳内で叫ぶつもりが、幼き神妻は思わず声に出してしまう。
予想外のことに加え、
田舎暮らし続きで都会にさえ憧れを持っていたのに、それが順序を飛び越えて、一気に海を隔てて人生初の外国人との交流を成し遂げようとは。神妻の数ある夢の一つがまさかこんなところで叶ってしまうのだ。
そして何より神妻を驚かせたことがある。
それは――
○子じゃなかったのかよ――!?
井戸から声が聞こえた時から、二十年ぐらい前にヒットした某ホラー映画に出てきた、それはもうこわ~いキャラをやんわり想像していただけに、そうじゃないとわかると肩透かし感がハンパない。けれど、ホッとしてしまったのは内緒だ。だから今度こそ誰に聞かせるわけでもなく、神妻は自分の脳内だけで叫ぶことに成功した。
「カ……ヅ……マ……、
カヅ、マ……、
カ、ヅマ……」
最初は噛み締めるように確認から。次いで自分の唇に慣らすようにミユと名乗る声の主は神妻の名を重ねる。
そして――、
「カヅマ」
四度目のそれは先のものより淀みなくスムーズに神妻の聴覚を響かせた。
「うん、私にはこの発音が好みなようです」
「そ、そう? まぁ君の言いやすいように呼んでくれて良いよ」
「カヅマ」
「うん?」
言い慣れてきたらしく、今度は確認ではなく、ちゃんと相手を呼ぶためのものだと気付き、神妻は自分の名を連呼された気恥ずかしさが収まらないままに返事した。
「君ではありません。
私のことも名前で呼んで欲しいのです。」
「――」
責めてるわけではなく、優しく穏やかな声。
これは彼女の懇願だと神妻は思った。
それに気付いたら神妻に断ることなど出来るわけがない。無論断る理由もない。
照れながらではあるが、彼女の希望を聞いてあげることにした。
「ん……と、……ミユ」
「はい」
たった一言だけど、その声は喜色に弾んでいて、顔が見えないなかでもミユが本当に嬉しそうなのが神妻にもわかった。
「ねえ、カヅマ。カヅマにはお姉さんがいるの? さっき下の名前で呼ばれてるって」
「あ~……姉ちゃんっていうか、本当の姉ちゃんじゃないんだ。
神社の子で、村に歳の近いやつって少ないからさ。やたらと世話焼いてくるんだよ」
「良いお姉さんですね。でもやたらとなんて言ったら、そのお姉さんに怒られますよ?」
うぐ、と短い声を漏らした神妻は、みつにさっきのミユとの会話を聞かれた時のことを想像し、みつ姉怒ると怖いからなぁ、と遠い目をして空を見上げた。
気が付けば夕陽も随分と沈み、夜が近付いているのがわかる。
もうじき……いや、もう村の夏祭りは始まっているかもしれない。
「なぁ! そんなところにいないで一緒に祭り行こう!」
「……そう。最近、外が賑やかだと思ってましたけど、村の人たち今日の祭りのための準備をしてたのですね。
……ごめんなさい。私は行けません。ここから出るわけにはいかないんです。
私のことは気にしなくても良いから、カヅマは祭りを楽しんできてください。ね」
さっきまでの弾んだ声と違って、ミユの声のトーンが数段落ちた気がする。
「どうして? 井戸だったら俺が岩も蓋も退かす。そしたらミユはそこから出られる。これで問題ないだろ? だったら一緒に祭りに行かないか?」
「…………」
返事の代わりに返ってきたのは沈黙。
何故か重苦しい空気が流れる。
そんなにおかしなこと言ったか?
自分の発言を思い返してみたが、思い当たらない。
思い当たらないが、自分の言葉でミユが何か気に障ったのなら謝らないといけない。
そう思い神妻が口を開こうとした時、先にミユの方が言葉を紡いだ。
「カヅマが井戸の蓋を開けてくれたとしても、私はここから出ることは出来ない……許されないのです。私は『観測者』だから……ここで役目を終えるまでは井戸を出ることは出来ません……。
せっかく誘ってくれたのにごめんなさい。……でも誘ってくれて嬉しかった。
……ありがとう、カヅマ」
『観測者』というのが何なのかはわからないが、ミユに話を終息に持っていかれて神妻は言葉に詰まる。
二人の間に再び沈黙が訪れた。
もともとみつと二人で祭りを楽しむつもりでいたので、このままミユを置いてみつと合流しても神妻としては問題ない。……当初の予定通りというだけである。
「……そんな真似出来るわけないよな」
呟くように声にしたせいか、ミユからの反応は窺えない。
「ちょっと待っててくれ」
今度はさっきと違い、彼女に聞こえるように声を張った。
閉じ込められているのだから本当は待つもなにもないが、神妻はそれでも口にせずにはいられない。
「ぁ――」
ミユが何か言おうとする気配を感じ取りながらも、ミユが言うより先に駆け出し井戸から遠ざかる。
四十分後――
ぜぇぜぇと息を切らしながらも神妻はミユがいる井戸の前に戻ってきた。
手には祭りの出店で買って来た戦利品の入ったビニール袋が二つ。
一つはソースの香ばしい匂い。もう一つからは甘ったるい、どちらも温かく鼻腔をくすぐる美味しそうな匂いを漂わせている。
「お待たせ」
「その声はカヅマ? カヅマなの? もう、戻ってきたのですか? まだそんなに時間は経っていないと思うけど、お祭りはもう終わったのです?」
久し振り……と言うには早かった再会に、疑問符が多いなと神妻は苦笑。
「祭りはまだ続いてるよ。みつ姉から逃れるのにちと時間掛かってさ。
それよりも……ほら、これわかる? 良い匂いだろ?」
言って、神妻は井戸に向かってビニール袋の口を広げて見せる。
「ごめんなさい……。匂いもわからないの……。
……何を持ってきてくれたのです?」
「んと……、たこ焼きとリンゴ飴。
ほんとは匂いに釣られてミユが井戸から出たくならないかなぁってさ」
「ふふ。あの……先ほどカズマが言ったリンゴ飴って何でしょうか?」
「ん? リンゴ飴知らない? 林檎丸ごと一個に串で指して、林檎を飴でコーティングしたやつ。」
「まぁ! それは美味しそう!」
初めて彼女から感情の起伏を感じ、そうさせたのが自分の話でということで気を良くした神妻が話を続ける。
「気になる?」
「…………」
「飴を使ってるから当然だけど、すっごく甘いんだ」
「……………………気になります」
そこは女子らしく甘いものの誘惑には勝てなかったらしい。我慢虚しくミユが吐露した。何故かミユが悔しそうに言うものだから、どんな顔をしてるのか気にはなったが、残念ながら神妻の望みは井戸に阻まれ叶わない。
「じゃあ、いつかそこから出たらリンゴ飴買ってあげるよ」
「わぁ! 本当ですか! 約束ですよ、カヅマ」
今からでも井戸から出たらすぐに食べれるのに――そう思うも、本人にその気がないんじゃどうしようもない。有無を言わさずというのも気に食わない。何より何か理由がなければ、こんなところに閉じ込められたりなんてしないはずだ。
いや、理由はあるんだったか。
確か自分は『観測者』だからとか、役目を終えるまではとか、そんなことをミユが言ってたことを神妻は思い出す。
彼女の年齢もそうだし、井戸の中で蓋も閉められてどうやって食事を摂っていたのか、とか聞きたいことは他にも。
だが、そんなことよりも今は他にすることがあった――
神妻が自分のズボンのポケットに仕舞い込んでいたスマホを取り出し画面を覗く。
「そろそろ時間かな。ミユ、少しの間耳をよく澄ましてみてくれ」
「何かあるのですか、カヅマ?」
いいから。そう言ってミユの追求を躱わす神妻に、ミユはすんなりと聞き入れた。
そうして大した時間を待つことなく、すでに陽の沈んだ空に向かって光と音が延びていく。かなりの高さにまでいくと、光と音は同時に、かつ盛大に夜空に広がった。
次いですぐに離れた場所から歓声が起きる。
一定の間隔を空けて同じように光と音が二発目、三発目と続く。
光を見ることはできないだろうけど、音はミユにも届いたはずだ。そろそろミユにもこれが何なのかわかっただろう――
そう思った神妻は、インターバルの間にミユに声を掛けてみようとし、
「これって……花火?」
先に口を開いたのはミユだった。
「ああ。今年の祭りからは花火が見られるようになってさ。一緒に花火を楽しもうと思って。
そこからじゃ見えないだろうから、俺が色とか形、説明してあげるよ」
「――」
井戸越しにミユが息を呑むのがわかる。
「……もしかして、そのために戻ってきてくれたのですか?」
「せっかくのお祭り、一人でいるより二人でいる方が楽しいんじゃないかな?」
「ぁ――」
少女の掠れた声が漏れた。
実際本当に少女かは井戸から出てきてくれないので神妻にはわからない。けれど、なんとなくだが神妻はミユの声や雰囲気から自分と同じぐらいの歳なんじゃないかと推測していた。あくまでただの勘だが、昔から神妻の勘は悪くないと自負している。
その神妻曰く少女が井戸の中で静かに動く気配がし、そして――
「…………ありがとうございます、カヅマ」
顔を合わせずともそれとわかるミユの声音は、彼女と声を交わしてから一番の明るいものだった。
花火が打ち上げられる音に反応してミユが神妻にどんな花火かを聞く。それに神妻は色形をなるべく細かにミユに説明してあげた。
やがて、ミユに聞かれる前に神妻が説明をする。
最初のうちは神妻の説明が詳細過ぎて、何度か説明の途中で次の花火が上がってしまうなんてことがあり、その度に神妻は苦笑い気味だが二人で笑いあった。それはそれで楽しい雰囲気だったので良かったと思う神妻だが、数回繰り返すうちに要領を得、最後の方では一回の打ち上げ中にきっちり説明を纏めれるまでに。
そんな神妻の献身的な解説と花火の音がミユの聴覚に響く度に、ミユの心の中では、まるで実際に目にしたかのような鮮明な花火を思い浮かべることができた。
感動極まったミユが自分の胸に右手を置く。
「こんなに楽しかった日は初めてです。ありがとうございます、カヅマ。
今日という日をこの胸にしかと刻み込みました。私の魂は永遠に今日を忘れないでしょう」
「はは……礼を言うのはこちらこそだけどな」
「……カヅマさえ良ければですが…………
五年後、十年後も今日のように一緒に花火を見ましょう」
「もちろん。だけど別に俺は五年後と言わず来年からでも良いぞ?」
「ふふ、ありがとうございます。けれど、ごめんなさい。私の方が都合が悪くて……」
「そっか……なら仕方ないな。
じゃあ、五年後! 約束だ!」
「――はい!」
こうして神妻とミユ、二人だけの村祭りは静かに幕を閉じた。
ついさっきまでの熱気の篭った賑やかさとは掛け離れた静寂が、夜になってようやく涼しげな風を帯びてこの夏山に訪れる。
別にそれが嫌だったというわけではないだろうが、静寂にふと聞こえる鈴虫の音の如く透き通った声音が、夜空を見上げて浮かぶ数多の美しい星に見惚れていた神妻を現実に引き戻した。
「気になっていたと思いますから、教えて差し上げますね」
何のことだろうと神妻が首を傾げる。
「私、井戸の中にずっといましたが、別に幽霊やお化けじゃないですからね。
カヅマと同じ、人間です」
「――」
「あっ……、こんな所にいますが」
最後のはミユが慌てて付け加えたもの。
これがミユなりの冗談だと気付くのにカヅマは数秒を要し――、
「……くっ、はははっ!
大丈夫、もうわかってるから。正直最初はそうでもなかったけど。
うん、ミユは確かに人間だ」
封のされた井戸を最初に見た時は、不吉な想像以外は思い浮かばなかった神妻だが、ミユに言ったとおり今はそんなことはない。
一緒に話しているうちに、気が付いたら余計なことを考えなくなっていた。
むしろミユの雰囲気からして、自虐ネタとも言える冗談をここでぶっ込んでくるとは思いもしなかった神妻は、この日一番の大笑いをしたのだった。