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不死者(ノスフェラトゥ)、異世界へ行く!!  作者: リトナ
不死者(ノスフェラトゥ)、異世界へ!
1/13

プロローグ

 不老――


 時の流れに影響されることなく、停滞した時の中にその身を置く。

 (ゆえ)に年老いることがない――



 不死――


 如何(いか)なる現象、事象によって生命の危機訪れようともその身は損なわれることなく。

 故に死ぬことがない――



 人の歴史の中、いつの時代においても人々に渇望され追い求められてきた。

 永遠の命を、

 永遠の美を、

 永遠に朽ちることない肉体を、

 その力、あるいは能力のことを人は――


 不老不死と言う――



 ✳✳✳


「きゃああああ――っ!!」

「おいおい、今、誰か下敷きになったんじゃないか!?」


 日中は外壁工事を行っていたビルの前に、つい先ほどまで無かったはずの鉄パイプの山が歩道に乱雑に巻き散らかされていた。

 山となっている瓦礫の隙間からは、赤い液体が流れている。そして地面には、生々しく血でできた水溜まりを作り上げていた。

 凄惨な現場に群がる雑踏。


「俺、見たぜ! 強風が吹いたと思ったら、そこのビル工事してる足場が崩れて、それで……」

「ありゃあ、ダメだな……。下敷きになった奴、きっと身体グチャグチャだぜ……」


 現場を見た者。騒ぎを聞きつけやって来た者。それぞれが思い思いの言葉を口にする。

 周囲の喧騒を余所(よそ)に制服姿の女子高生が、崩れ落ちた鉄パイプの山の側にへたりこんでいた。山に埋もれているであろう一点を、肩を震わせて見つめている。


「わ、私を助けようとして男の子が下敷きに……だ、誰か助けてください!!」


 必死に周囲に呼びかける女子高生。

 けれど、女子高生と視線が合うと俯く人、顔を逸らす人ばかり。

 誰しもが、この状況で助かるはずがないと思っていた。

 周りが二の足を踏む一方で、ただ一人を除いては――


「お願い……誰か助けて……」


「――いや、その必要はないよ」

「――」


 自分の願いを否定した声の主を探す女子高生。

 鉄パイプの山の一角が中から掻き分けられ、そこから人影が姿を現した。

 中から出てきたのは十代前半の短髪黒髪の少年で、子供ながらの可愛らしさを残しつつも、割かし整った顔立ちをしている。成長したら良い線いくかもしれない。幼さの窺える背格好からして、おそらく中学生。下手をすれば、今時特に見新しくもなくなった、発育の良い小学生という線もある。カジュアルな服装に身を包んでいた。

 崩れ落ちてきた足場に咄嗟に反応できず、立ち竦む女子高生の身体を勢いよく押した少年。

 押された際に、倒れて膝を擦りむいてしまったが、もし少年が助けなかったら、擦り傷どころでは済まなかっただろう。

 その代わりに少年が雪崩に飲み込まれるように、鉄パイプの下敷きになってしまったわけだが。


「良かった! 無事だったんですね! 怪我はありませんか!?」

「ああ。ぜんぜん平気。多分、()()()()()と思うよ」


 身代わりになってくれた黒髪の少年の無事に安堵する。

 しかし、すぐに違和感があることに女子高生は気付いた。

 これだけの事故に遭って、傷一つ負わなかったと言う。

 それが本当なら、まさに奇跡と言えるだろう。

 ところが女子高生の目には、少年の着ている服装までもが、傷以前に汚れ一つない、まるで()()()()()()のように見えた。

 あれほどの血が流れていたというのに……


「え? 血の跡が消えて……どうなって……?」


 さっきまでは確かに存在していたはずの血溜まりも、鉄パイプを伝って流れていた痛々しい血の跡も、夢でも見ていたかのように一滴すら残っていない。

 けれど、決して全てが夢だった、などとあるはずない。

 目の前には、今も事故が遭ったことを証明する鉄パイプの山が残っているのだから。

 だけど、そんなこと、有り得るのだろうか?


「あ、あの……」

「ん? ああ、本当に大丈夫だから。なんたって俺、()()()()からさ」

「え……?」


 死ねない――まだ死ぬわけにはいかないと、人なら誰しもが抱いていて当然の生への願望を言っているのか? それとも死を望んでも、それが叶わないと言っているのか?

 後者に関しては、さらに飛躍して解釈し言葉の意味通りなら、肉体的に不死身という考え方もある。

 さながら映画や漫画に出てくるような吸血鬼(ヴァンパイア)歩く死体(ゾンビ)のように。

 その考えに至った少女は、自分も少年もなんとも中二病丸出しだと思った。

 一笑されても可笑しくなかったが、けれど、女子高生はそうはしない。彼の言葉を信じてしまえるだけの奇跡を目にしてばかり。少々、大げさではあるが笑う気になどなれなかったから。


「随分と騒ぎになってきたし、俺はこの辺でお(いとま)させてもらうよ」


 大人ぶって言う少年の話し方に、見た目ほどの精神年齢を感じない。そのギャップに違和感を感じるが、少年の言う通り、確かに周りには人だかりができてしまっている。

 奇跡の生還を遂げた二人……特に生き埋めとなっても可笑しくなかった黒髪の少年の無事な姿に、一部始終見ていた者たちからは歓声が巻き起こっているほどだ。


「あ……」


 ほんの少し、周囲に意識を向けた瞬間を知ってか知らずか、その隙に少年は地を蹴った。

 どんどんと少年の背中が女子高生から遠ざかっていく。

 すぐに少年の姿は完全に見えなくなった。


「……これは?」


 先程まで少年がいた場所に生徒手帳が落ちているのに気付くと、女子高生は拾い上げた。

 持ち主に申し訳ないと思う気持ちを抱きつつも、興味が先行しパラパラとページを(めく)る。

 すぐに少年の顔写真と名前が目に入った。


「のぎ……か、づま?」


 野城(のぎ)神妻(かづま)

 五月十二日生まれの牡牛座。

 十七歳。O型。

 府立高校に通う高校二年生――


「え! 私と同じ歳だったの?」


 自分よりかなり下だと思っていた少年の年齢に、予想を大きく外した女子高生が驚いた。

 大きくても中学一年生……もしかしたら発育の良い小学生あたりと思っていただけに、実は蓋を開ければ自分と同い年でした――では、少年の見た目のギャップに女子高生が驚くのも無理はなく。


「若作りってレベルじゃないわよ……


 子供なのにこんな状況でも落ち着いていて、凄いなぁって思ってたのに。

 って、状況を言うなら、私もここを離れた方が良さそうね」

 事故現場に一人残された女子高生に、じわりじわりと歓声が近づいてきていた。

 今は遠慮気味に女子高生に近付くタイミングを周囲は伺っているようだが、一人でも飛び出す者が現れれば、それに釣られて他の人も集まりかねない。集団心理というやつだ。

 そして、あれこれ聞かれても、女子高生は自分がそれに応えられる情報を持ち合わしているとも思っていない。

 思考が状況に追いついていないことも、もちろん含まれる。

 (ゆえ)に女子高生は、少年同様この場から早々に立ち去ることを選んだ。

 女子高生は少年の後を追いかけるように、消え去った道をなぞるのだった。


 ✳✳✳


 一方で、女子高生からも、集まりだした周囲の喧騒からも逃れることに成功した黒髪の少年は、木を隠すなら森の中――という言葉を人混みの中に紛れることで実践して退けた。

 ここまで来たら、もう大丈夫だろう。

 と、追いかけてくる人がいないことを確認し終えた少年は緊張を解く。


「どうも人混みは苦手だ……」


 解いた緊張の代わりというわけではないだろうが、少年の脳裏にフラッシュバックされた昔の記憶が映る。

 これが初めてというわけではない。

 先ほどのような生命の危機を迎えた時だけに係わらず、ちょっとした打撲や捻挫といった軽症の時ですら、突如として沸き起こる記憶。

 今までも同じようなことがあったため、突如の出来事とはいえ、少年の心は意外と落ち着いていた。


「やっぱり、またきたか……」


 症状が重ければ重いほど、記憶を深く潜り鮮明に蘇る。

 両瞼をゆっくりと閉じると、真っ暗な闇の中。

 何も見えない暗闇の中で、何かが動いたのがわかった。

 何かが少年に近付いてくる気配。

 やがて闇の中から現れた、淡く輝く人の姿を少年は視認する。

 髪の長い、美しい薄銀の髪の少女――

 輝いているのは少女そのものではない。

 陽の届かない暗闇の中でどういうわけか、まるで陽の光に銀髪が当たり反射しているかのように美しく輝いて見える。

 背格好からして先ほど少年が助けた女子高生と同じぐらい。

 顔には濃い影が差し掛かっていてよく見えないのに、意識が彼女の素材の形の良さを訴えてくる。

 美しい銀髪少女の薄桃色の唇が上下に数回動いた。

 その動きに少年の視線はまるで吸い込まれるように一点を差し、


『――感謝しなさい。

 あなたは誰もが羨む力を得たのよ。

 ()()()()という無敵の力をね――』


 倦怠感の残る朝の眠気から意識が覚醒するような感覚に囚われて、少年は重い瞼を持ち上げた。

 現実に引き戻された意識が陽光を求めたのか、無意識に少年は空を見上げる。

 日差しは強いとはいえ、まだまだ序の口で、これからもっともっと暑くなっていくだろう梅雨明けの始まり時。


「……今年の夏は、久々にあの子に会いに田舎に帰るかな」


 人だった者が、人に戻るための旅の物語がついに動き出す――。



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