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* 4 *


(…そっかぁ、もうすぐクリスマスかぁ……)

ハナは、ひとりでジョギングしている途中、買物のためカトーナノカドーに寄ろうとして、その西側入口横のショーウィンドウに飾られている家庭用サイズのクリスマスツリーに目を留めた。

 そういえば、さっき通った駅前繁華街も、真っ昼間なためか点灯しておらず印象に残っていなかったが、街路樹に小さな電気の球のついたコードが巻きついていたような気がする。

 ナノカドーの入口を入ると、2階まで吹き抜けとなっているフロア中央に巨大なクリスマスツリー、天井からサンタクロースやトナカイ、雪ダルマ、その他キラキラした飾りなどが ぶら下がり、BGMはジングルベル、と、クリスマスムード一色。

 日曜日なため家族連れやカップルで賑わう中を、ハナは3階の文具売場へ。

 社食でバイトを始めてから、今日で丸1ヵ月。一昨日は、初めての給料日だった。

 生まれて初めて自分で稼いだ金なので大切に使いたいと考え、いつも世話になっているサスケとツキへのプレゼントを買おうと思いついたのだった。

 身につける物や常に目に触れるような場所に置く物では趣味が分からないため、普段は どこかに仕舞っておける、しかも場所もとらない実用的な物ということで、ボールペンにしようと決めていた。




(どれにしよ……)

文具売場のレジ横のショーケースに並べられたボールペンを、1本1本、サスケやツキを思い浮かべながら丁寧に見ていくハナ。

(あ、何か、これなんてツキさんっぽい……)

目に留まったのは、パールがかった白色の軸の細身のノック式ボールペン。軸の上部に紺色の三日月の模様が入っている。

(うん、ツキさんのは、これにしよう! )

ツキのが決まると、サスケのは早かった。ツキ用にと選んだボールペンの隣の隣に並べられた、一見 濃い灰色、よく見ると迷彩柄の、ツキのと同じ形のボールペン。

(うん、師匠には これがいいな)

 と、そのすぐ隣のボールペンに目が留まる。

(あ、カワイイ……)

 それは、サスケやツキの物と同じ形で、軸が光沢の無い薄ピンク、その上部に灰色の ごく簡単な花の模様が入っている物。

(自分用に買おっと)




 店員に言って、選んだ3本のボールペンをショーケースから出してもらい、サスケ用とツキ用はラッピングをしてもらって、ジャージのポケットに裸の状態で突っ込んであった紙幣で会計を済ませたハナは、エスカレーターで1階まで降りた。

 すると どこからか、いい匂いがしてき、カランカランと鐘が鳴った。

 その方向を見ると、そこはパン屋で、恰幅のいい 少し汚れた白衣姿の男性が、大声を張り上げる。

「三種のチーズパン、焼き上がりましたー! 」

(へえ……三種のチーズパンか……)

ハナは 壁の時計を確認し、

(もう1時半か。お弁当屋さん、帰っちゃったかも……。帰ってなかったとしても、多分、あんまりいいの、残ってないよね……)

昼食用に買っていこう、と、ハナはパン屋へ。


 トレーとトングを手に、パン屋内を回る。

 たった今 パン屋の男性が大声で叫んでいた、焼きたて、の札の出ている 三種のチーズパンは、上にサイの目カットのオレンジ色がかったチーズがトッピングされた 手のひらに載るサイズの丸いパンで、説明書きに、中にはトロットロのエレメンタルチーズとグリュイエルチーズ、と書かれている。

 焼きたて、と、トロットロ、に惹かれて 2つ取ってトレーに載せ、

(あとは……)

何か甘いものも食べたいと、ガトーショコラを載せた。


 何だか、とても楽しい。とても、充実感。

(何でだろ……)

さっきから、このナノカドーで、ハナは楽しい時間を過ごしていたが、それは1ヵ月前の自分では考えられないことだったと気づき、動きを全て止めてしまって首を傾げる。

(どうして 私、平気なんだろ……)

ナノカドーという場所自体がそうだし、周りが家族連れだらけという状況も。

(いつの間に、平気になったんだろ……)

1ヵ月前の自分ならば、買物の場所にナノカドーなど、きっと選ばなかった。

 ここ1ヵ月の出来事を振り返ってみても、平気になった理由など思い当たらない。ここ1ヵ月間……サスケに師事して修行に汗を流し、社食で働き、空いた時間は自主トレに励み……それだけだ。それ以前とは生活そのものが全く違うのは、それはそうだが、だからと言って、特別なことは何もない。

(…っていうか……あれっ? )

何故、何のために修行をしているのかという疑問さえある。もちろん、憶えている。復讐のためだ。復讐のため、藤堂の家に忍び込めるように……憶えているが、何だか、どうでもよくなってきている気がする。復讐したい気持ちが かなり薄らいできているような気がする。修行は一生懸命取り組んでいるが、ただ単純に楽しくて、うまくいった時に褒められるのが嬉しくて……そんな感じだ。

 ハナを見る不審そうな表情のパン屋の店員が目の端に映っていたが、考えるのを やめられず、ハナは考え続け、やがて、

(ま、いっか)

という結論に達した。何故、いつから、ナノカドーが平気になったのか、復讐したい気持ちが薄らいだのか、全く分からないが、それが 今のハナだから。理由だとか いつからだとか、あまり意味が無いと考えたのだ。

(あ、でも……)

ふと、難題が浮かび上がった。

(私、出てかなきゃいけない……? )

復讐したいからという理由で弟子にしてもらった以上、それをしないのであれば、もう、弟子ではいられない。それは当然、サスケと離れて寮を出て行くことを意味する。今後の身の振り方を、考えなければならない。

(他のトコでバイトして独立して生活、って、難しいのかな……? このままツキさんの部屋にいさせてもらって、社食のバイトを続けさせてもらえたらいいのに……)


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