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* 2-(4) *


 ハナはガクンと膝を折り、グラウンドの土に手をついた。

 ツキの お手本から、フェイントを使うのだと学び、その後、グラウンドの白線の四角のところへ戻って サスケに挑戦しつづけていたが、取れない。惜しい瞬間もあったが、惜しい瞬間を迎えるごとに、初めは1ヵ所に立ち 指先で回していたボールを、回さず手のひらの上に置くようになり、次は 胸の前で両手で持つようになり、ここ数回などは それまでと違い、四角の中を動き回るようになり、と、サスケの守りが堅くなっていったのだった。

「どうした、ハナ。もう終わりかー? 」

 ハナ、土をグッと握りしめるようにして、ついた手に力を込め、立ち上がろうとしながら、

「いえっ! まだまだですっ! 」

 気力は充分。だが体力は限界だった。力を振り絞って何とか立ち上がるも、足に力が入らず、また すぐ、

(……! )

崩れそうになったのを、サスケに支えられ、ハナ、急いで、

「す、すみません! 師匠! 」

自力で身を起こそうとするが、無理だった。

 サスケ、

「いいって いいって。無理すんな」

軽い口調で言ってから、グラウンド隅に設置された時計に目をやり、

「どっちみち、今日は もう終わりだな。晩飯の時間だ」

(もう、そんな時間? )

ハナは辺りを見回す。

 ハナとサスケのいる場所はグラウンドのナイター照明で明るいが、照明の当たっていないところは暗かった。ボールやサスケを追うのに必死だったのと、照明のおかげで自分のいる辺りだけは明るかったため、全く気づかなかったのだ。

「さ、メシメシっ」

言って、サスケはハナの右腕を持ち上げて肩に担ぎ、左手でハナの左腋を支えて、ボールを右手に、歩き出す。

 申し訳なく思い、導かれるのに従って、出来るだけ自力でと努め、ハナは足を引きずった。


 グラウンドから、靴を脱いで渡り廊下に上がり、ハナとサスケは、直接 社食へ。

 注文機の前で、

「ハナ、ちょっとボール持ってろ」

ハナにボールを預け、サスケ、空いた手で首元から社員証を引っ張り出し、

「ハナ、和食? 洋食? 」

「あ、師匠と一緒で」

「んじゃ、和食な」

言って、注文機を操作。それから、ハナを その場から最も近い空席に連れて行き、座らせた。

 ややして電光掲示板にサスケの番号。ハナは立ち上がろうとするが、サスケ、

「あー、いいよ。オレが持ってきてやる」

 ……と、こんな調子でサスケに世話を焼いてもらいながら夕食を食べ終わる頃には、30分ほど座ったままでいたことに加え 食事を摂ったこと自体も良かったのか、ハナは だいぶ回復し、自力でトレーを返却棚に戻して、サスケに手を貸されることなく 社食から寮のサスケの部屋の前までを普通に歩けた。



                 *



「んじゃ、またな」

「はい! ありがとうございましたっ! 」

 サスケの部屋の前でサスケと別れ、サスケが部屋に入るのを見届けてから、ハナ、ツキの部屋のドアの鍵穴に、出来る限り そうっと、ツキから預かっていた合鍵を挿し、やはり そうっと回して開け、ドアノブを静かに回して、ドアを静かに引いて開け、静かに静かに部屋の中へ入り、静かに静かに そうっとドアを閉め、中から鍵を閉めた。

 ツキの仕事の予定は、曜日や時間による固定ではないため、また、急な変更も多いため、予めハナに正確に伝えておくことが困難であることから、ハナが部屋に戻って来た時、朝でも昼でも夜でも ツキが眠っているかも知れないということで、そのように開け閉めするよう、今朝、ハナがサスケの部屋へ行こうと部屋を出る時に、鍵を渡してくれながら、ツキが言ったのだった。

 部屋の中にツキはおらず、ハナのスペース側に押し出されたローテーブルの上に手紙があった。

 その手紙に従い、ハナは、シャワーを浴びて 昼間 サスケに買ってもらったパジャマに着替え、シャワー前に脱いだ物とシャワーに使ったタオル類、ツキが手紙と一緒に置いて行ってくれた洗濯洗剤と それから

(あと、このへんもだよね)

ツキから借りていたパジャマとタオル類を手に、4階の共同洗濯室へ。

 これまで洗濯などしたことの無いハナだったが、洗濯室の壁に、親切にも洗濯機の使用方法が紙に書かれて貼られていたため、とりあえず回すことは出来た。

(うん、意外と簡単っ)

ハナは、もう一度  使用方法の貼り紙を確認する。

(あとは、ただ待つだけでいいみたい。…45分か……。結構、時間がかかるんだな……)

 そこへ、

「あ、ハナちゃん。洗濯? 」

シュンジイが廊下から顔だけで洗濯室を覗いた。

「あ! シュンジイさんっ! こんばんはっ! 」

 シュンジイ、はい こんばんは、と返してから、

「洗濯 時間かかるから、一旦 部屋に戻って、終わる頃に また来るといいよ。 あと、屋上にビニールハウスがあって、そこが物干し場になってるから、洗濯 終わったら、そこに置いてあるハンガーを自由に使って干してね」

 それじゃあ、と言って立ち去ろうとするシュンジイに、ハナ、

「ご親切に ありがとうございました! 」

 シュンジイは笑顔で返し、去って行く。

 ハナ、壁の時計を見て時間を確認し、

(今、7時半だから、8時15分くらいまでか)

部屋へ向かう。


 部屋の前で鍵を開けようとし、

(あれ……? )

ハナは、自分が鍵を持っていないことに気づいた。

(どこに置いてきたんだろ……)

記憶を巻き戻し、再生し、

(あっ! )

鍵の在りかを知るのに、そう時間はかからなかった。

(部屋の中のローテーブルの上だ! 社食から戻って鍵開けて入って、ローテーブルに置いて そのまんま! 私、鍵かけてない! )

 そっと、ドアノブを回して少し引いてみる。鍵はかかっていない。

(ツキさん、帰って来てないみたい。……よかった。中から鍵かけられて寝られてたり、一度 帰って来て鍵かけて出掛けられたりしたら、私、部屋に入れないし)

 ドアを開け、暗い部屋へ足を踏み入れた瞬間、

(! )

ハナはギクリとした。ハナのスペース中央に、入口に背を向け あぐらを掻いて座っている人影。

 しかし、

(なんだ、師匠か……)

すぐに 人影がサスケであると気づき、ホッとして電気をつける。

 サスケがハナを振り返った。

「よ! ハナ! どこ行ってた? 」

「あ、はい! 洗濯でっす! 」

「そっか。 風呂は? 入った? 」

「はい! 」

「じゃ、ストレッチやろう、ストレッチ! これ、風呂上りの日課な。体が柔らかけりゃ怪我もしにくいから」

「はい! 師匠っ! 」

「んじゃ、脚を前に伸ばして座って」

サスケ、言いながら立ち上がる。

 ハナ、サスケの指示に、脚を前に投げ出すようにして座り、サスケを仰いだ。

「こうですかっ? 」

 サスケ、頷き、ハナの背後に回りつつ、

「よし。んじゃあ、1・2・3で背中を押すから」

「はい! 師匠! 」

「行くぞ! はい、1・2・3ー。弱く・弱く・強くー。1・2・3ー」

1・2の 弱く・弱く で、反動をつけ、3の 強く で、サスケは軽く体重をかける。

 3のタイミングで、ハナの腹・胸・顔が、ぺター、と、伸ばした脚についた。

 サスケ、驚いたように、そして とても楽しげに、

「おー、スゲー! 柔らけー! 面白えー!  」

 ハナ、褒められて嬉しくなり、

「楽しんでいただけて光栄ですっ! 」

「何か、体が柔らかくなるようなことしてた? 」

「はい! 毎日 お酢を飲んでましたっ! 」

「酢かー。よく そう聞くけど、本当に効くのかー」

「あと、3歳の頃から2ヵ月くらい前まで バレエ習ってましたっ! 」

「…かなりの確率で、そっちだと思うぜ……? 」

「そうですかっ? 」

「ああ、多分な」

 そこへ、ドアが開き、ツキが入ってきた。

「何をやっているんだ? 」

「あっ、ツキさん! お帰りなさーいっ! 」

「おう、ツキ! ストレッチだよ。 風呂上りの日課」

 ツキは、ふーん、と頷き、

「そのくらいなら あたしが見るから、明日から、お前、来なくていいよ」

 サスケ、えっ? と、ワザとらしく驚き、そして、こちらもワザとなのか、酷く慌てた様子で、

「い、いや! オレの弟子だし、悪いから、ちゃんとオレが見るよっ! 」

 ツキ、腕組みをし、暫し沈黙後、考え深げに、

「…何か、おかしいな……。いつものお前なら、こんな時、喜んで『あっそう? 悪いねー』とか言って押しつけるのに……。

 …お前、本当は ハナと同室でも平気そうだよな? ハナを この部屋に置いてるのは、もしかして、この部屋に出入りするための口実だったりするんじゃないのか…? 」

 ツキから 探るような視線を向けられ、サスケ、一瞬 ワザとらしくグッと言葉に詰まった感じを作ってから、へラッと笑って、

「あ、バレたー? 」

 ツキは大きく溜息。

「……まあ、お前が平気そうだとか、ハナも気にしなそうだとかの問題じゃなく、常識的にマズイのは確かだけどな」

「うん、そう。そうなんだよ! 」

 そんな サスケとツキのやりとりを見ていて、ハナ、

(あっ! )

チャンスだと思った。言えばサスケが喜びそうなものに 今の この2人が似ていると、気づいたのだ。 それは以前、たまたま見ていたテレビドラマの中のワンシーン。

「なんか、師匠とツキさんって、無駄遣いをしたダンナさんと、その理由を問い詰める奥さんみたいですねっ! 」

 案の定、サスケは気を良くしたようで、ハナを指さし、ウインク。

「おーっ? ハナァ、分かってるねえ」

 ハナ、心の中で小さくガッツポーズ。

 ツキは、大きく大きく溜息をついた。


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