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* 2-(1) *


「ハナ、ハナー」

自分の名を呼ぶ遠くからの声に、ハナは目を覚ました。 電気はついていないのに、部屋の中が明るい。もう、朝のようだ。

「ハナー」

声は、ベランダのほうから。

 ハナは布団から起き上がり、ベランダ側の窓のカーテンを、そっと、少しだけめくる。

「よっ! 」

カーテンの隙間から、サスケが顔を覗かせた。今日はニット帽を被っていない。明るい髪が朝の光に透けて 赤みの強い金色になり、眩しくて、ハナは目を細めた。

「ハナー? 」

もう1回、名を呼ばれ、ハナはハッとして急いで鍵をはずし、窓を開ける。

「おはようございます、師匠っ! すみません! 師匠がカッコイイので、見惚れてましたっ! 」

我ながら調子良いな、絶好調だな、と、ハナは思った。サスケから良く思われたい一心が一晩のうちに染みついたか、全く心にも無いことというワケではないが、朝一番、お世辞が口から飛び出した。

 サスケ、そうだろう そうだろう、と、冗談めかして ふんぞり返りながら、部屋の中へ入って来、

「とりあえず、シャショクで朝飯だ。これに着替えろ。研修生用のジャージだ。かなりダセーけど」

言いながら、ジャージ上下らしい紺色の布物を差し出す。

 ハナ、受け取り、

「はい! 師匠! 」

受け取ったが……。

(…… )

正体不明の、しかも そこそこ強い違和感を感じ、着替えられない。

 その場で あぐらを掻いて座り、ハナの着替えを待っていたサスケ、

「あれっ? 着替えねーの? 」

「あ、はいっ! 着替えまっす! 」

慌てて返事をするハナ。

 その時、仕切りカーテンが めくれ、ツキが無言で顔を出した。

「あ、ツキさん! おはようございますっ! 」

「おう、ツキ! 邪魔してるぜっ! 」

 ツキは、サスケの顔を見、髪を掻き上げて大きな溜息。

「バカか、お前は……。『着替えねーの?』じゃない。お前の前で、ハナが着替えられると思うか? 」

 ハナ、ああ そうか、と、気づく。自分が感じていた違和感の正体は それだったのか、と。

 サスケは、

「おっ? さぁっすがツキ! いいトコに気づくねぇ」

ツキを指さしウインクしながら軽いノリで言って立ち上がってから、ハナに向けて、

「んじゃ、オレ、自分の部屋で待ってるから、着替えたら声掛けてくれ」

言って、ベランダへ出ていこうとする。

(ああ、師匠は もしかして、ツキさんに かまって欲しくて、ワザとボケてたのか……)

などと思いつつ サスケを見送るハナ。

 その脇を すり抜け、ツキ、

「ああ、サスケ、ちょっと……」 

サスケと共にベランダへ。



 着替えを終えたハナは、ツキから教えてもらったサスケの部屋のドアをノックする。

 そこは、ツキの部屋の階段側の隣。昨日の夜、ツキの部屋のベランダへ行くために通過した、万年床の敷かれた部屋だった。

「師匠ー! ハナでーす! 着替え終わりましたーっ! 」

「おう、今 出るよ」

ドアの向こうから声。ドアが開き、サスケが出て来て、

「んじゃあ、行くか」

歩きだす。

 真後ろを ついて行きながら、ハナ、

「あ、あのっ、師匠! 私、お金とか何も持ってないんですけど…… 」

「ああ、そうだろうと思ってたよ。昨日 ビルから落ちてきたのを受け止めた時、手ぶらだったし、ポケットにも財布とか入ってる感じがしなかったから。暫くはとりあえず、オレが食べさせてやるよ」

「あ、ありがとうございますっ! 」

「けど、働かざるもの食うべからず だからさ、ハナをバイトさせることにしたから。 

 手続きとか まだだけど、一応、所属はSHINOBIで、でも、オレの手の空いてるときじゃないとトレーニングできないからってことで、シャショクを手伝ってもらう。

 バイトになっちまえば、シャショクで食った分は次の給料からの天引きになるし、シャショクを手伝った時には 賄いとしてタダで食える。それに、オレも昔 シャショクで働いたことがあるけど、修行にもなるからな」

「はい! 師匠! 頑張りますっ! 」

 サスケ、よし! と頷く。

「ところで、シャショクって、何ですかっ? 」

 突然、サスケの背中が目前に迫った。サスケが急に立ち止まったのだ。 

(! )

ハナはサスケの背中に ぶつかる。

 サスケは溜息を吐きながら振り返り、

「おいおい、分からねーのに 調子いい返事すんなよ……」

「はい! すみませんっ! 」

 サスケ、もう一度 溜息。頭痛でもしたのか、額を片手で押さえつつ、

「シャショクは、社員食堂の略。今から朝飯を食べる場所だ」

(あ、なるほど。シャショクは『社食』か)

「分かった? 」

「はいっ! 」

 サスケ、さっきよりも重めに もう一度、よし、と頷き、ハナに背を向け、再び歩き出した。


 右手に広いグラウンドを見ながら渡り廊下を歩き、その終点である入口をくぐりながら、サスケ、

「ここが社食だ」

 入口を一歩入ったところに、行く手を阻むように、ショッピングセンター内のゲームコーナーにある両替機大の箱型の機械。その向こう、左手側には、奥に厨房らしきものが見えるカウンターと、その上の壁に電光掲示板のようなもの。右手側にはグラウンドの見える大きな窓。カウンターと窓の間は広い食堂になっていて、4人掛けのテーブルを10個ずつ くっつけて並べた列が、3列見えた。そのテーブルで、人が まばらに食事をしている。

 サスケが機械の前で足を止めたので、ハナも止まる。

 ハナは機械を見て、その形状から、ハナの誕生日プレゼントを買うため藤堂と共に 市内の大型ショッピングセンター・カトーナノカドーへ行き、そこで立ち寄ったゲームコーナーでのことを、ふと思い出した。それは、藤堂がクレーンゲームでマスコットを取り、ハナに渡す際、手が触れたこと。気分が悪くなり、ハナ、思い出した その手の感触を消すべく、ブンブン手を振る。

「ハナ? 」

 サスケに名を呼ばれ、ハナ、ハッとし、

「は、はいっ! 」

「ハナは、パンとゴハン、どっちがいいんだ? 」

「あ、師匠と同じがいいですっ! 」

「じゃ、ゴハンな」

言って、サスケは 襟元にチラリと覗いていた紐をたぐり、服の中から 何やらカードのようなものを引っ張り出して、機械の右端の 縦十センチほど横一センチほどの大きさの黒い出っぱりの、縦方向中央にある ごく細い隙間に、上から下へと通した。機械がピッと鳴る。続いて、機械の、B、と書かれたボタンを2回押した。機械がピピッと鳴る。

「何ですか? それ」

ハナの問いに、サスケ、

「どっち? 」

片方の手でカードを目の高さまで持ち上げて示し、もう片方の手で機械を指さす。

「両方です」

 サスケの説明に拠れば、機械のほうは 社食で食事の注文を受け付ける機械。カードのほうは社員証で、普通に社員証として使うほか、タイムカードや 社内の重要な施設に入室する際の鍵の役割、そして、今 サスケがやったように、社食での食事の注文にも使うとのことだった。

「社員証は、多分 バイトにも発行されると思うからさ、今日中に、オレ、手続きしとくから、2・3日中には ハナの手元にも届くよ」

サスケは社員証を元どおり仕舞い、注文の機械の横をすり抜け、窓際の列の席へ。窓を背にして座った。

 後をついて行き、ハナは、その向かいに座る。


 ややして、サスケが 気持ち上方に視線を向け、

「お、出来た出来た」

 ハナ、つられてサスケの視線を追い、電光掲示板に5桁の数字が並んでいるのを見た。

 ハナの無言の問いに、サスケ、

「オレのコード番号だよ。メシが出来上がると、そこに番号が出るんだ」

答え、カウンターのほうへ歩きだす。

「うちの会社の社食のメシは美味いからさ、ビックリするぜ? 日曜定休日なのが残念だけどな。日曜は、代わりに外部の弁当屋が売りに来るんだ」

 サスケの後をついていくハナ。 カウンターに近づいてみると、その奥は やはり厨房で、それなりの広さがあるが、見る限り、中に人は1人だけ。赤いエプロンをし 白い三角巾を被った50代後半くらいの小柄な女性が、忙しそうに動き回っている。

 カウンターの上にはトレーが2つ並び、それぞれの上に、白いゴハン・わさび漬けの小袋・わかめの味噌汁・焼ジャケと玉子焼・塩もみ野菜が載っている。

 サスケ、トレーを1つ 片手に持ち、カウンターの隅の箸立てから箸を1膳 取って トレーに載せ、歩きだしながら、

「そっち、ハナの分」

カウンターに残った もう1つのトレーを指さした。

 ハナはサスケに倣ってトレーを片手に持ち、箸を取り、サスケの後に続く。

 サスケは真っ直ぐ席には戻らず、カウンター横の給茶機で茶を淹れてから席へ向かう。やはり倣って、ハナも茶を淹れてから席へ。

「いただきます」

行儀良く両手を合わせて言ってから食べ始めるサスケを、また倣って、ハナ、

「いただきます」

 そうして箸をつけた食事は、メニュー的には地味だが、ゴハンは一粒一粒ふっくらツヤツヤ、しっかりとダシの効いた味噌汁、シャケの焼き加減に玉子焼きの甘さ加減と塩もみ野菜の塩加減、全てが絶妙で、サスケの言ったとおり、本当に美味しい。

「メシ食い終わったら、ほら、さっき厨房にいた チエさんに、紹介すっから」


 食堂内の四隅に置かれたテレビのうち 席から一番近いテレビで、もともと ついていた 朝の情報番組を何となく眺めつつ、時々 サスケと会話を交わしながら、ハナは朝食を終え、サスケの後について、カウンター隅の返却棚にトレーを戻し、給茶機とは反対側のカウンター横、洗面台との間のドアを入る。

 そのドアは厨房につながっており、サスケ、

「チエさん、ちょっといいっすか? 」

さっきから ずっと忙しそうに動き回り続けている 赤いエプロンの小柄な女性・チエに声を掛けた。

 チエは動きを止めることなく サスケを振り返り、

「ああ、サスケちゃん。おはよう。 その子は? 」

「うちの新人のハナです。チエさん、アヤさんが辞めちゃって忙しいから手伝いが欲しいって言ってたでしょ? ハナを使ってくんないっすか? ボクかツキが休みの時じゃないとトレーニング出来ないんで。

 社食の仕事は 素早く事実を認知し それに即した行動を取る点で、SHINOBIのトレーニングとしても持って来いだし、頼んます。 

 真面目で素直なヤツだから、扱いやすいと思うんで」

 チエ、初めて仕事の手を休め、ハナとサスケの前まで歩いて来、

「そっか、そりゃ助かるわ。いつから入ってくれるの? 」

「今日はボクが休みで トレーニング出来るんで、明日の朝食からで」

答えてから、サスケ、ハナに向け、

「ハナ、社食のチエさん」

「雪村花です! よろしくお願いしますっ! 」

 チエは、年齢を重ねた女性特有とも言える非常に印象の良い明け透けな笑顔。

「うん、よろしくね。じゃあ、明日の朝、本当は6時45分でいいんだけど、初めてだし、説明したいから、6時半に ここに来てくれる? 」

 (6時半。早いな……。でも、この時間にゴハンを出してるってことは、そうか……)

ハナ、考え、納得し、

「はいっ! 分かりましたっ! 」

 サスケ、ハナとチエの会話が一段落ついたのを確認したように頷いてから、

「それじゃあ、そういうことで、よろしくお願いします」

チエに軽くペコッと頭を下げ、厨房を出て行く。

 ハナも頭を下げ、続いた。


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