* 8 *
(わ……! キレイ……! )
真新しいスーツに身を包み、寮を出、裏門を出て、一旦、わざわざ敷地外を歩いてから、キリセキュリティの正門を、少し緊張気味、身の引き締まる新鮮な思いで入ったハナを、数え切れないほどの本数の 満開のソメイヨシノが出迎えた。
4月9日。今日は、キリセキュリティ株式会社入社式。
新卒者の入社時期に合わせ、ハナは、キリセキュリティに正社員として就職した。
「よっ、ハナ。入社おめでとう。1週間ぶりだな! 」
桜に見惚れていたハナに、背後から声が掛かる。
振り返ると、スーツでビシッとキメたサスケが立っていた。
「あ! 師匠! おはようございますっ! 今日は師匠もスーツなんですねっ。スーツ姿、初めて見ました! 何だか知的な感じがしてステキですっ! 」
サスケ、うーん そうかー やっぱり そうかー、と、一通り ワザとらしく照れて見せてから、
「で、どうだった? 新人研修は」
「はい! 楽しかったですっ! 私、学校では部活とか入ってたことが無いので、部活の合宿とかって、こんな感じなのかなーって! あと、富士山って、近づき過ぎると見えないんですねっ! 」
「そんな興奮するほど楽しかったか……。さすがハナだな」
サスケは苦笑。
「でも、今年の新入社員は根性あるヤツ多いみたいだよな。研修終わって、3分の2くらいの人数が残ってんだろ? いつもは半分も残らないんだぜ? 」
(へえ……、そうなんだ……)
「ああ、あと、学校の部活の合宿で あんなキツイの、フツー無いから」
(んー……、そんなにキツかったかなあ? ホントに楽しかったんだけど……。皆で一丸となって ひとつのことに取り組んで、皆で一斉に「いただきます」「ごちそうさま」言って、何やるにも いちいち制限時間決めて、時間に間に合わないとぺナルティで腕立て伏せとかゲーム的で……)
と、サスケ、不意に真顔になり、
「あのさ、ハナ。配属先って、どうやって決まるか知ってるか? 」
(? )
ハナ、質問の意図が分からなかったが、とりあえず、
「はい、知ってますっ! 新人研修の時に 教官役の方々が適性を見ていたんですよねっ? 」
「ん、正解。じゃあ、もう一問。その新人研修で特に優れた運動能力を持っていると判定されたヤツの配属先って、どこになると思う? 」
内容のワリに、サスケの口調は重々しい。
(? ? ? )
やはり質問の意図の分からないまま、ハナ、
「SHINOBI、ですか? 」
「ああ、そうだ」
サスケは、深く重く頷き、
「正式な発表は まだだが、その2つが分かってるんだから、当然 察しはついてるだろうから言っちまうと、……ハナの配属先は、SHINOBIだ」
言い難そうに言った。
(? 何で そんなに言い難そうに言うんだろ? )
不思議に思いながら、
「そうですよね! そうだと思ってましたっ! 」
ごく普通に明るく元気に返すハナ。
サスケは驚いたような表情をし、
「…ハナ、怖くねえのか……? 」
(? )
ハナは首を傾げる。
「何が、ですか? 」
「この間、偶然オレの仕事現場を見学するハメになって、別の契約だが同じ場所でツキが任務中に怪我をするところも目の当たりにしちまってるワケだから、SHINOBIの仕事は命の危険に晒されることがあるって、分かるよな? しかも、あの時の依頼は、何も特別危険な依頼じゃない。あれが日常なんだ」
ハナが、足が治って藤堂の所へ行くと決めた時、サスケが縛って閉じ込めてまで行かせまいとしたのは、藤堂の舅目当てのプロフェッショナルな刺客とハナが鉢合わせて、ハナに危害が及ぶことを恐れたためだと、後から説明されていた。実際、本当にタイミング悪く刺客と鉢合わせてしまい、ハナを庇ったツキが怪我をしてしまった。ツキは、もう完治したのだし労災も下りたのだから気にするなと言ってくれているが、ハナは、今でも気にしていた。
その時のことを思い返し、
(怖い、か……。ある意味、そうかも……)
と、ハナは思った。
SHINOBIにサスケやツキがいるのが怖い。危険な現場で、ツキや、想像つかないがサスケが、怪我をしたり死んでしまったりすることが怖い。身近にいて、その場合に いち早く、その事実を知ることになるであろうことが怖い。自分の怪我や死については、何故か、いまひとつ怖いという感覚が湧いてこないのだけど……。
そうサスケに言うと、サスケ、
「何か、オレら似てるのかもな。オレも全く同意見だ」
だから正直、ハナにはSHINOBIに入ってほしくなかったし、ツキがいるのも堪らなく嫌なのだ、と。そして ついでに白状してしまえば、毎春 新人がSHINOBIに入っているにもかかわらず、今現在、所属しているのが自分とツキだけなのは、自分のせいなのだ、と。新人が辞めてもいい前提で、鬼か悪魔かというくらい厳しくトレーニングしてしまうからだ、と。SHINOBIに向いていない者には早めに向いていないと気づかせてやるほうが親切だし、その鬼か悪魔の所業のトレーニングを乗り越えられるようであれば、その者に対する心配が少しは軽くなるから、という理由で……。
「師匠」
「ん? 」
「師匠は、SHINOBIが嫌いなんですか? 」
ちょっと悲しげとも寂しげともとれる感じで話すサスケを見ていて、ハナは、何となく そう思った。
答えてサスケ、
「んー、好きとか嫌いとか考えたこと無いな。仕事だし……。ただ、オレの能力を最大限に生かせる、オレ向きの仕事だとは思ってるけど」
(そっか)
サスケの答えに、ハナは納得し、満足(? )した。だから、
「師匠っ! 」
ハナは両腕を伸ばし、サスケの肩をガシッと掴んだ。自分を心配などして落ち込んでいてほしくなくて……。
「私は、乗り越えますっ! 血ヘド吐いて地べた這いずりまわりながら、ついて行きますっ! ハナの心配なんてするだけ無駄、って思ってもらえるように、頑張りまっす!
だから、御心配なくっ! 厳しさも愛情のうちですっ! ちょっとでも たるんでたら、『甘ったれんな! ビシバシーッ! 』って、やっちゃって下さいっ! 」
サスケは暫しハナを見つめ、それから、ふっと笑って、自分の肩のハナの手を そっとはずし、
「そっか。んじゃ、遠慮なく」
そこへ、
「サスケ! 」
こちらも初めて見るスーツ姿のツキが、小走りで やって来、
「ここにいたのか。副社長が お呼びだ」
急き立てる。
サスケ、ああ そうだった、と、のんびり、社屋のほうへ少しだけ歩いてから、ハナを振り返り、
「んじゃ、ハナ。また後で。部ごとの顔合わせの時にな」
そして またツキに急かされ、歩き出す。
ハナは、サスケとツキの背中を見送った。
* 終 *




