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19/20

* 7-(4) *


 ツキを抱えて、サスケが戻るのを待っていたハナの、頭上の窓のほうから、キャッ、と、小さく叫び声が上がった。

(? )

ハナが見上げると、丁度 窓が開き、藤堂の妻・美代子みよこが顔を出すところだった。

「いかがなさったの? 」

(藤堂の、おばさま……! )

ハナはドキンとしたが、美代子は相手がハナであることに全く気づいていない様子で、

「外が何だか賑やかでしたので、覗いてみたら……。

 そちらの方の制服、いつもの警備員さんのお仲間よね? 今日は3人で警備してくださっていたのですね、ありがとう。

 怪我をされたの? 外では寒いでしょう? どうぞ中へ。うちは病人がいるので、お医者様が常駐しているの。そちらの方を診ていただきましょう」

「あ、はい……! 」

ハナは途惑いつつ、美代子の言うまま、グッタリと動かないツキを抱き上げ、窓から、ハナの記憶上では藤堂の寝室である部屋の中へ。


 寝室内に入るなり目に飛び込んできたものに、

(っ! )

ハナは固まった。

 そこは、記憶に違わず藤堂の寝室だった。入って すぐ左手側のベッドの上、窓を頭側に、いくつもの機械に囲まれ、その機械から伸びた何本もの線や管に繋がれて、口と鼻をスッポリと呼吸器らしきもののマスクに覆われ 目を閉じ、横たわっている藤堂の姿があった。

 静かで、周囲の機械の 実際には微かであろう音が、やけに大きい。

「警備員さん」

美代子から声を掛けられ、ハナは ハッとする。

(あ、警備員さん、って、私のことか。やっぱ、気づいてないんだ……)

 美代子は、電話の受話器を片手に、

「今、別室にいらっしゃる お医者様に、連絡しました。すぐにいらしてくれるそうです。とりあえず、そちらの方を ここへ」

言って、ベッドの脇、壁に寄せて置かれたソファを、手のひらで指す。

「あ、ありがとうございます! 」

美代子の言葉に従い、ツキをソファへ寝かすハナ。

(? )

何だか視線を感じ、振り返ると、美代子が ハナをジッと見ていた。

 美代子は、自信無さげに口を開く。

「…あの……。間違っていたら、ゴメンなさいね。 …警備員さん、ハナちゃん……? 雪村花ちゃんでは、ないかしら? 」

(ああ、気づいてたけど確信持てなかったんだ……。半年前に会ってるんだけど、何でだろ……? )

と、一度 心の中で首を傾げてから、返して ハナ、

「はい、ハナです。藤堂のおばさまっ。ご無沙汰してますっ」

 途端、美代子は持っていた受話器をポロッと取り落とし、両手で口元を押さえた。そして、目から涙をパタパタパタと落とす。

(っ? )

ハナは驚き、うろたえた。

(なっ何で泣くのっ? 私、何もしてないよねっ? まだ! )

まごつきつつ、

(…まだ……? )

自分の心の中で発した台詞に、引っかかりを覚える。

(これから、本当に やるの……? )

 そんなハナの視界の中で、美代子は涙を拭い、藤堂の枕元へ歩いて、

康男やすおさん……」

眠る藤堂を覗き込み、話し掛けた。

「ハナちゃんが、見つかりましたよ」

藤堂の反応は無い。しかし美代子は話し続ける。

「本当に、良かった……」

 ハナは途惑っていた。自分の心の中の引っ掛かりに。

(本当に やるのか、って……)

そう言えば、全く殺意が湧かない。

(いつからだろ……)

考えてみれば、2度目に復讐を決意した時には既に、殺意など あったかどうか怪しい。確実に あったと自信を持って言えるのは、初めて藤堂宅へ復讐のために侵入した時までだ。

 大体、殺害方法は? 1度目の侵入時には、撲殺でもするつもりだったのか、ちょっとした棒っきれを持っていたが、2度目も今回も丸腰だ。侵入経路などは それなりに考えていたが、いざ殺害するという場面は、漠然とでさえも思い浮かべていなかった気がする。

 ……それどころか、今、どう見ても元気そうには見えない藤堂を目の当たりにして、実は、衝撃を受けている。

 と、不意に、

「ハナちゃん」

美代子から声が掛かる。

「康男さんの傍へ、来てあげてもらえないかしら? 」

 もう すっかり、どうしていいか分からなくなっていたハナは、言われるままに、藤堂のベッドの脇、美代子の隣に立った。

「ハナちゃん。康男さんね、ハナちゃんの行方が分からないと知って、ずっと心配していたの」

(心配? どうして? 自分が原因を作っておいて、意味分かんないんだけど……っ)

ハナは、疑問と、同時に怒りを覚えた。

 しかし、

「病気で倒れて社長の任を解かれたのだけど、それと ほぼ時を同じくして雪村君……ハナちゃんの お父さんも会社を追われたと知ったのは、康男さんが倒れてから、もう1ヵ月くらい経ってからだった」

(…それって……)

美代子の話の続きを聞き、ハナは、藤堂を愛しげに眺めながら話す美代子の横顔を、思わず見つめた。疑問と怒りが ふっ飛んだ。ショックだった。真実が……。恥ずかしかった。父の独り言を鵜呑みにして勝手に思い込み、藤堂を恨んで復讐など考えたことが……。今 思い返してみても、確かに 父は、藤堂に辞めさせられたと言っていたし、それは事実に聞こえた。だが、父もまた、そう思い込むよう誰かに仕向けられていたとしたら……? だって、美代子が嘘をつく理由は無い。例えば、今まさにハナが藤堂を殺そうとしている場面とかであれば、言い逃れもしようとするかも知れないが、美代子は、まさかハナが藤堂を殺すために ここに来たなどと、夢にも思っていないだろう。

 ハナが自分を見つめていることに気がついているのだろうか、美代子は ひたすら藤堂を、視線で抱きしめるようにしながら、話し続ける。

「固定電話も携帯電話も繋がらなくて、代理の者をマンションへ向かわせたのだけど、引っ越してしまった後で……。雪村君一家が行方不明になってしまったのは 自分が倒れたせいだって、気にしてた……」

(…そんな……! 病気なら、藤堂……のおじさまのせいなんかじゃ……っ! )

ここ1ヵ月強の間の藤堂に対する自分の気持ちを申し訳なく思い、悔やむハナ。それから、父が誤解から藤堂を恨みながら死んでいったであろうことを思い、悲しくなった。父が、昔から藤堂を慕い尊敬していたことを知っているから……。

「人を雇って捜してもらうことにしたのだけど、康男さんの病状は悪化の一途を辿って、やっと引っ越し先を突き止めた時には、目を覚まさなくなっていたの。そして その時、雪村君は……」

ずっと藤堂に抱きしめるような眼差しを向けていた美代子は、そこで やっと、会話の相手であるハナのほうを見、

「…ハナちゃん、お父さんのことは 知っているの……? 」

(お父さんのこと……。…死んじゃったこと、かな……? )

「はい、知っています」

「…そう……。ハナちゃんは 今、警備会社にお勤めしてるのよね? お住まいは? 何処で暮らしているの? お母さんも一緒? 」

「いえ、母が何処にいるのかは、私も知りません。私は今、キリセキュリティでアルバイトとしてお世話になっていて、社の敷地内にある社員寮で暮らしています」

「…そう……。そうなの……」

美代子は、労わるような表情で何度も何度も頷き、ハナの右手を取って、両手のひらで包んだ。

「ワタクシ、さっき、ハナちゃんに直接確認するまで、ハナちゃんがハナちゃんであると 確信出来なかったの。よく見れば、お顔立ちなんかは もちろん変わらないのだけど、表情が違いすぎて……。まるで別人のように見えたの。大人びて、陰があって……。苦労、したのね。大変、だったのね……」

(おばさま……)

ハナは、何となく分かった気がした。いや、多分 間違い無い。自分は、この言葉を言われたかっただけなのだ、と。本当は美代子にではなく、藤堂に。復讐という名目で顔を合わすことで、自分の抱えている辛い気持ちを知ってほしかったのだ。


 コンコンコン。寝室のドアをノックする音。

 美代子がドアを開け、寝室へ通したのは、白衣姿の30歳前後と思われる男性だった。

 美代子からハナに向けて、この家の常駐医であると紹介されてから、ツキの治療に当たる。

 サスケの応急処置を褒めつつテキパキと傷口を消毒し、包帯を巻き、弾丸は抜けているが出血が酷いから、と、救急車を呼ぶよう言う常駐医。

 その言葉に美代子は頷き、再び受話器を取った。




(ツキさん……)

ハナが、ツキの いつも以上に白い顔を見つめながら救急車を待っていると、遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。サイレンは次第に近く。やがて、止まった。

 止まったサイレンの近さに、ハナは音の方向の窓に目をやる。すると、窓の外、正門から母屋へと真っ直ぐに続く敷地内の道にパトカーが停まっており、サスケが、パトカーから降りてきた警察官に、小太りの人物を引き渡しているのが見えた。

 パトカーが小太りの人物を乗せ、慌しく正門を出て行ったのと入れ替わりに、今度は救急車。

 パトカーを見送り、やれやれ……といった感じで踵を返したサスケは立ち止まり、救急車を振り返った。

 救急車は正門を入ってすぐ、離れの玄関の真正面あたりで停まり、救急隊員が2人、担架を持って降りてきた。

 ほんの2分か それくらいの後、いつの間にか救急隊員を迎えに階下まで下りていた常駐医の手引きで、救急隊員が寝室まで来、手際よくツキを担架に乗せて寝室を出、階段を下り、外へ。

 後をついて行くハナ。


「ハナ! 」

担架に乗せられたツキが救急車内に運び込まれたところで、サスケが駆け寄って来た。

 ハナ、そう言えば、待ってろ、というようなことを言われていたのだったと思い出し、

「屋根の上にいるところを、藤堂の奥さんから、寒いから中に入るよう言われて、この家の常駐医さんにツキさんを診てもいただいて、その方の指示で救急車を呼んだんです 」

説明する。

 サスケ、そうか、と頷き、

「ハナ、このまま ハナがツキに付き添ってくんない? 」

「あ、はいっ! 」

もともと、そのつもりだった。

「サンキューな。助かるよ。さっきツキにはさ、侵入者を捕まえたら、オレが病院に連れて行くようなことを言ったけど、捕まえた奴が、警察に引き渡す時に、オレにだけ聞こえるように、自分だけだと思うな、って、捨て台詞を吐いて行きやがったんだ。ハッタリかも知れないが、今は まだ、警戒レベルを落とせなくてな」

 ハナは急に、そうだ、と思い出し、

「師匠」

「ん? 」

「私、復讐やめました」

サスケに少しでも早く報告しなければと思ったのだ。

「……そうか」

サスケに特に驚いた様子は無い。

 5日前からこの家に出入りしていたのだから知っていたかも知れない、現在の藤堂のあの状態からか、これまでもハナの考えていること等を何度も見抜いてきたサスケのこと、殺意が無いことも見抜いていたか、あるいは その両方か、全く別のことからか分からないが、こうなることを分かっていた感じだ。

「乗るなら乗って下さいっ」

救急隊員の声に、

「あっ、はい! すみませんっ! 」

ハナは急いで救急車内へ乗り込む。

「んじゃ、頼むな」

「はいっ! 」

 後部ドアが閉まり、ハナとツキを乗せた救急車は、サイレンを鳴らして走り出す。


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