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18/20

* 7-(3) *

 

 藤堂宅へ歩いて向かう道すがら、ハナ、そう言えば、と、

「同じSHINOBIなのに、ツキさんも、師匠が今 どんな仕事をしてるか、知らないんですか? 」

 答えてツキ、

「依頼主や依頼内容に関しては、あたしがアイツのを知らないだけじゃなく、アイツも、あたしのを知らない。

 SHINOBIへの依頼は極秘の場合がほとんどだから、少なくても社内では、SHINOBIへの依頼受付窓口となっている副社長と 警護にあたる本人しか知ることの出来ない仕組みになっているんだ」

「え? でも、それだと、師匠のしてる、班長の役割って? 」

「ああ、2人で組んで働くこともあるからな。その場合のリーダーだ」

 へえ! そうなんですかっ! と、納得するハナ。

 ツキは、そんなことより、と、これから藤堂宅へ忍び込むに当たっての話を始めた。

「ハナは、前に藤堂邸に忍び込んだ以外に、例えば、普通に何かの用事で藤堂邸を訪問したことがあるのか? 間取りが分かるか、ということなのだが」

 ハナは、はい、何回もあります。大体の間取りも、半年前以降 特に変わっていなければ分かります。と答える。

「それは頼もしいな。……にしては、何故、2回も失敗して、サスケに助けられることになった? 」

「はい! 私が未熟者だからでっす! 」

 ツキ、苦笑しながら、それはいいとして、と、続ける。

「どこから侵入して どこを通って どこへ向かうかとか、決めてあるのか? あたしは ハナの後ろを ついて行って援護するという形でいいか? 」

 ハナ、はい! お願いしますっ! と答え、本当は もう少し夜遅くなってから寝室を目指すつもりでいたこと、藤堂の寝室は離れの2階にあるため 離れと1・5メートルほどの距離で平行した 正門から向かって右側面の塀を上り 離れの1階部分の屋根に飛び移って屋根の上を行こうと考えていたこと、藤堂が不在の場合 寝室に潜んで待ち、夜明け前までに戻らなければ日を改めようと思っていたことを説明した。

 ツキは腕組みをしながらハナの説明を聞き、皆まで聞いてから、腕組みの状態から肘を支点に右手を上げて自分の顎をつまんだ格好で、考え深げに、

「日を改めるのは復路のリスクが高すぎるな。場合によっては1ヵ所に潜むこともだ。……何か、事前に藤堂の在宅を確認する手だては無いものかな」

 ハナも一緒になって考え、いいことを思いついた。

「電話とか、どうですかっ? 藤堂のトコに電話してみて、藤堂が電話口に出たら 家にいるってことで! 」

「電話番号、知っているか? 」

 ハナ、あっ、と、口を押さえる。

 ツキ、溜息。




 話しているうちに、藤堂宅の正門の面する道まで来、ハナは足を止めた。

 ツキも合わせて立ち止まり、押し殺した声で、

「ここから見える、あの大きな門が 藤堂邸か? 」

 ハナ、つられて声を押し殺す。

「はい! 」

「随分と静かだな。ハナでは無理なくらいに警備が厳重になっているという話だったはずだが、門の前に警備員が立っていない。……これは、逆に怖いな。どう厳重なのか予想がつかない」

(……? )

ハナは、ツキの言葉に、藤堂宅の門の前に警備員が立っている様を思い浮かべ、違和感を感じた。

(何だろ……。何かが……)

 その時、ハナの視線の先で藤堂宅の門が静かに大きく開き、中から車が1台出て来て、ハナたちのいるほうとは反対方面に走り去り、再び門扉が静かに閉まる。

(あ、そっか……)

ハナは気がつき、ひとりで心の中で納得。

 ハナは、自らも藤堂宅の門を車に乗ったままで以外 出入りしたことが無く、また、藤堂の家の人々や他の訪問者についても 車での出入り以外見たことがなかったのだ。つまり、

(門の すぐ傍に人がいること自体が不自然だったんだ。……って、あれっ? )

「ツキさんっ! 」

突如思いつき、声をあげた。

 ツキは慌てた様子で、シッと唇の前で人指し指を立て、先程から相変わらずの小声で、

「静かにしろ! 何だ、藪から棒に」

 ハナ、小声で、すみません、と謝ってから、やはり小声で、

「車です! ツキさんっ! 藤堂は いつも出掛ける時は車なので、ガレージに車があれば在宅です! 藤堂の車は、半年前から変わってなければ、私、分かります! 藤堂は同じ車を大切に何年も乗り続けるタイプなので、1年くらい前に新車に買い替えたばかりなので、変わってる確率低いですっ! 」

「ガレージはどこにある? どうやって確認できる? 」

「ガレージは、門を入って少し行った左手側に、離れのほうを向いて開いている状態になっていて、離れは手前3分の2は2階部分が無いので、離れが1階しかない辺りの右側面の塀を上った時点で分かると思いますっ! 」

「そうか。では、塀を上った時点で藤堂の車が無ければ、塀を外側へと下りて敷地外で待つことが出来るな。そして、夜明けまでに戻らなければ日を改める、ということか」

「はい! 」

 ハナの返事にツキは頷き返し、

「これで不在の場合のリスクは下がったな。あとは、在宅の場合の目指す場所だが、とりあえずは寝室でいいかもしれないが、寝室に藤堂がいなかった時には、その寝室の状況によって、潜むのに適さなければ移動したほうがいいな」

「そうですね! それで、ツキさんは どこまで一緒に来て下さるんですかっ? 」

「それは、依頼人であるハナが決めることだ」

(あ、そうなんだ)

それじゃあ、と、ハナは ちょっと考え、復讐の瞬間まで傍にいると ツキも何かしらの罪に問われることになるのではないかと思い、

「藤堂を発見するか、潜む場所が決まるまででお願いしますっ! 」

 「承知した」



                  *



 右側面の塀の前へと移動し、塀を見上げるハナとツキ。

「まずは、あたしが上ろう。厳重な警備というのがハナに復讐をやめさせるためのサスケの嘘でない限り、正門前に警備員が立っていない以上、ちょっと一般的でない警備の方法をとっているということだ。

塀なども含めて藤堂の私有物に少しでも触れた瞬間、もう何が起こるか分からないからな」

言って、ツキは ジャンプ。塀の上部に補助的に手をつき、ジャンプの勢いを殺さず塀の上に しゃがんだ姿勢で乗り、辺りを見回してから立ち上がって、ハナを振り返って頷いて見せる。

 それを受け、ハナも上った。

 案の定、離れの1階部分の屋根の向こうに、ガレージが見えた。そこに並ぶ5台の車のうち、3台までが、似たような白の3ナンバー。

 だが分かる。間違いない。似たような3台の中の1台が、藤堂の車。

「ツキさん! 藤堂は在宅ですっ! 」

「そうか」

 ツキが頷いたのを確認してから、ハナ、

「それじゃあ、行きます! 」

屋根に向かって跳んだ。

 直後、

(! )

先に動かした右足の足首前面に何か細いものが食い込み、引っ張られてバランスを崩し、落ちる。

 急いで宙で体勢を立て直し着地しようとするも、今度は、足が地面についた瞬間、

(っ? )

ズボッと地面が抜けた。

 ハナは叫ぶ間も無く、深い穴の中。

 穴の底に着地し、上を見上げると、ハナの頭のてっぺんから地上までが、ハナの身長分くらいある。底には厚く海綿状のマットが敷かれており、ジャンプを困難にさせていた。

 ジャンプでの脱出が無理なため、ハナは、両手両足を穴の壁に突っ張って登る。

 登りきり、地上に出て穴の縁に腰掛けたハナを、

「ハナ、大丈夫かっ? 」

塀の上から、しゃがんだ姿勢で ツキが覗いた。

「はいっ! 大丈夫でっす! 」

「……よかった」

ツキは、ホッと息を吐く。 そして、

「塀の斜め上に、テグスが張ってあったんだ」

塀のほんの少し斜め上の空間を片手ですくうような仕草。その手の両側で、何かがキラッと微かに光った。

 ツキの手によって持ち上げられて角度が変わったために 隣戸の明かりを反射したテグスだ。

「先に上っていながら気づかなくて すまなかった。あたしも、ハナが つまづいて初めて気づいたんだ。

 ……塀からの侵入者が屋根に飛び移ろうとした際に足を引っ掛けそうな位置にテグス、塀のすぐ内側に落とし穴。それに何だか、ここから よく見ると、屋根の端のほうが中心部に比べ妙にテカッているのだが、滑りやすいように油か何か塗ってあるのか……?

 ここの厳重な警備というのは、こういったトラップが中心なのかもしれないな。一体、どこの会社の仕事だ? 何だか見覚えのある私邸警備の方法だが……」

途中から独り言のようになりながら、考え深げに言う。

 それから、まあいい、といった感じでハッキリと頭を切り替える様子を見せてから、ツキ、徐に、腰に差してあった警棒を手にし、縦向きで、ハナの すぐ横の地面に勢いよく投げつけた。

 警棒は投げたままの向きで地面に突き当たり、転がる。

「よし、大丈夫だ」

呟いて、ツキは、警棒の突き当たった位置に飛び降り、警棒を拾った。落とし穴が無いか確かめたらしい。

「ハナ、下手に動くな。一歩動くごとに いちいち確かめながらでなければ、何があるか分からなくて危険だ」

 と、その時、グルルルル……と、低く響く動物の唸り声のような音。

(? )

ハナは、それまで腰掛けていた落とし穴の縁に立ち上がり、音の正体を探そうとした。と、探すまでもなく、音の正体と目が合う。

 音は やはり唸り声で、そこにいたのは、

(おじいさんの犬っ? 何で、こんな所にっ? )

 ツキが犬に気づいている様子は無い。

 ガウッと吠え、犬は、ツキの背後から飛び掛かる。

 ハナが犬の存在に気づいてから犬がツキに飛び掛かるまでは ほんの一瞬の間しか無く、

「ツキさんっ! 」

ハナが声を上げた時には、犬の鼻先がツキの細い首に届かんとしていた。

 これから起こる現実を瞬時に悟り、ハナの胸が、一度、ドクンと痛いくらいに強く脈打った。

 しかしツキは、ハナが思わず覚悟してしまった未来に反し、犬を振り返りざま身を屈めて 犬の懐に入り、腹を警棒で一突き。

 犬は、地面に落ちて転がった。

 瞬間、バンッ! 

 犬の体の両側の地面から、弓形に曲げられた竹の棒が飛び出し、犬の頭上で合わさって、大きな音をたてた。

 犬が転がった丁度その場所にも、トラップが仕掛けられていたのだ。その全体の形は、ギザギザの歯こそ無いが、まさにトラバサミ。人間の身長であれば確実に挟まれている。

 犬は音に驚いたのか、ビクッとして飛び起き、ツキを見、それから、キャウンキャウンと鳴きながら去って行った。

 犬を見送っていたツキが、ふと頭上を仰ぐ。

(? )

つられて、ハナもツキの頭上を見た。

 同時、ツキとトラバサミの上に、音も無く何かが落ちた。網だった。 初め、ハナの目には見えず、ツキの反応で知った。塀の斜め上に張られていたテグスと同じような細い糸で作られた、目の粗い網。

 網はツキの体に纏わりつき、サッと取り去れないようだった。

 ハナ、手を貸そうと ツキに1歩近づいた。

 と、足の下で何かが動き、

(! )

しまった! と思った時には、もう遅かった。突如 地面から現れた輪っかに右足首を取られ、そのまま、離れの1階部分の屋根を見下ろす高さまで、逆さに吊り上げられたのだった。

(どうしよう、今、ここに誰か人が来たら……! )

ハナは焦った。

 さっき落とし穴に落ちた時には、自力で穴から出て来たものの、ツキに助けてもらえる安心感があったからこそ冷静でいられ、ジャンプがダメなら壁に手足をついて登ろうと考えることが出来た。

 しかし今は、ツキもまだ 下でトラップに捕まって脱け出せないでいるのが、ハナの位置から見える。

 距離があり網が見えないためツキの動きから察するに、網は先程より更にツキの体に絡まり、その自由を奪っているようだ。

 それに比べれば、右足首を拘束されているだけの自分は全然自由がきくはずだ、と、ハナは気づき、自分だけでなくツキのことも自分が何とかしなければならないのだと考え、とにかく落ち着こうと努める。

 目を閉じ、深呼吸するハナ。

(…落ち着いて、落ち着いて、落ち着いて……)

自分に言い聞かせつつ考えた。

(どうしたらいいの? どうすれば……)

これまでサスケから教わってきたことを 丁寧に思い出す。

 トラップからの脱出方法などは教わっていないが、何か役に立つことがあるかもしれない。

 そうしていたら、ふと、「確認しないのは、ハナの悪いクセだな」と、サスケが以前 言った言葉が思い出され、ハナ、ハッとする。

(そうだ、確認! )

危ないところだった、と思った。数分前にもツキが、「一歩動くごとに いちいち確かめながらでなければ、何があるか分からなくて危険だ」と言っていて、それを怠ったために、今、逆吊りになっているのだ。

 今も、下手に動いて更に大変なことになる前に、まずやるべきは、自分の置かれている状況の確認だ。 右足首を輪っかで束縛されているのは、トラップに掛かった瞬間にチラッと見えて知っているが、輪っかがどんなもので出来ているのか、普通のロープか、金属製のワイヤか、それとも もっと別のものか。自力で簡単に外せるのか、外せないのか、あるいは、外れ易過ぎて 実は今 既に落下の危険に晒されているのか、とか。

 確認するべく、ハナは、出来るだけ下半身を動かさないよう腹筋を使って、上体をそっと 足首方向へ持ち上げる。

 輪っかはワイヤだった。輪っかを作っているワイヤが そのまま上へ伸び、1メートルほど先で、離れにピッタリ添うように立てられている木の支柱に括られている。支柱はグラつかず、キチンと固定されていて、ワイヤもしっかり括られているが、輪っかは スニーカーの一部、踵の上を巻き込んでいるため緩く、スニーカーを脱げば外れそうだ。

 ハナは左手でワイヤの真っ直ぐ伸びている部分を掴んで 全体重を引き受け、右手で右のスニーカーの踵を掴むと、右足を輪っかとスニーカーから引き抜いた。

(よかった、外れた! )

確認には、こういう効果もあったのだと知る。危険を避けるためだけじゃない。悩む前に まず確認してみれば、悩むほどのことではなかったりするのだと。

 左手だけでワイヤにぶら下がり、右のスニーカーを履き直して、ハナは下を見る。ツキがまだ、網に絡まっていた。

(ツキさんを助けなきゃ! )

下に降りるのに、着地する地点の安全を どうやって確認するか、頭を巡らすハナ。

 と、いきなり、ガクン! 

(っ? )

ぶら下がっている位置が下がった。しっかりしているように思われた支柱が、傾いたのだった。

 支柱が もし倒れたら危険だと考え、自分の体重分だけでも軽くしようと、ハナは一旦、すぐ足下の 1階部分の屋根の上に降りることにした。

 ワイヤから手を放し、足が屋根についた瞬間、ツルッ。

(っ! )

滑った。

 先のツキの言葉のとおりだった。明らかに何か塗ってある。

 ハナは、屋根から滑り落ちるのを防ぐため、咄嗟に屋根の中心に向かって倒れた。ツキも言っていたことだが、ハナの目にも、屋根の中心のほう、腕を伸ばして倒れれば手の届く位置には何も塗られていないように見えたのだった。

 手をついた場所は、思ったとおり、滑らなかった。

 両の手のひらを しっかりと屋根の肌につき、腕を力を込めて曲げると、下が滑るおかげで、手をついた位置まで楽に全身を移動させることが出来た。

 立ち上がろうとして、

(あ、そうだ)

ハナ、スニーカーの裏に滑る原因の物質が付着していて このままでは滑るかもしれないと気づき、屋根肌に尻をついて座って スエットの袖で拭う。

 拭いながら、

(どうやってツキさんのトコまで行こう……)

屋根の縁から内側2メートル弱くらいは、ハナの見る限り、グルリと全体的に 例の滑る物質が塗られているように見え、

(…やっぱ こうなると……)

などと、一生懸命 頭を働かせた。



                  *



 考え込むハナの視界に、地下足袋を履いた足が音も無く侵入してきた。いや、正確には、侵入していることに気づいた。静かすぎて、気配が無さすぎて、もしかしたら本当に たった今 入ってきたのかも知れないし、随分前から その場所に立っていたのかも知れない。

 ハナはギクリとして、その地下足袋の主を仰いだ。

(っ! )

そこにいたのは、SHINOBIの制服を身に纏ったサスケ。静かに、ハナを見下ろしている。

(…師匠……っ? )

過去2回のように助けに来てくれた、という雰囲気ではない。しかも、制服姿ということは……。

「…どうして……? 」

 ハナの問いに、サスケ、

「見てのとおり、この屋敷の警備だ」

夕方 話した時のような重さは無い。本当に いつもと変わらない口調で、

「5日前から、夜間の警備を担当してんだ。……ってなワケで、主な警備対象は藤堂じゃなく大旦那のほうだが、立場上、ここから先に通すワケにはいかなくてさ。

 ……で? どうする? ハナ。

 あの閉じ込められた状態から脱け出して、トラップ越えて ここまで来れるなんて、大したもんだと思うけど、この先には、オレを倒さなけりゃ進めない。今すぐ引き返すなら、特別に見逃してやってもいいぜ? またトラップを越えて戻るのが大変なら、敷地外まで送ってやってもいい」

 いつもと変わらぬ口調。だが、内容は完全に脅しで、迫力もある。

 迫力に騙され、ハナの心に、一瞬、迷いが生じた。

 そんな迷いを、ハナは、首を横に強く振るって振り払う。 

(しっかりして、私! 迷うコトじゃない! )

 脅しに乗れば、復讐出来なくなる。乗らなければ、可能性はある。

 復讐をして自分を肯定できなければ、もう本当に限界なのだ。

(…やるしか、ないよね……)

ハナは、サスケの向こうに見える藤堂の寝室のある2階部分に、一度、目をやり、腹にグッと力を込め、サスケの目を真っ直ぐに見ながら立ち上がって、身構えた。

 サスケは暫し、ハナの視線を受け止めてから、

「それが、ハナの答えか」

静かに、重々しく、

「……分かった。 んじゃあ、オレの、師匠としての優しい顔は、ここまでだ」

言ったかと思うと、スッと表情を変えた。

 冷然とした その表情に、ハナは、ゾクッ。

 ハナがこれまでに見たサスケの表情の中で最も怖かったのは、ハナが立岩に暴力をふるった後、ハナに手を上げようとした瞬間の顔だが、それでさえ、師匠としての優しい顔だったのだと分かる。

 ハナが怯んだ隙をついて、サスケは、グンッとハナとの間合いを詰めつつ、それまで腕をダランと体の横で伸ばしきった状態で逆手にぶら下げていた右手の警杖を、胸の前の位置、順手に持ち替えた。

(マズイ! )

ハナは腹に力を入れなおし、サスケの右手の動きに意識を集中する。

 対警杖。これは、徒手のハナには、手で掴んで止めるか 避けるかの2択の後、出来るだけ早い段階で手や足の届く距離まで近づいて、警杖が使えないよう動きを封じるしかない。

 サスケは、警杖を持つ手をハナに向けて真っ直ぐ突き出してきた。

 ハナは動かず、サスケを引きつける。サスケの腕が伸びきったところで、警杖をかわしつつ懐へ入ろうと考えていた。

 瞬間、サスケと揃いの制服を着た華奢な背中が、ハナの前を塞いだ。ツキだ。

 ガキン、と、硬い物同士がぶつかる音。

「いいのか? 警備員が先に攻撃を仕掛けて」

ツキが警棒で サスケの警杖を受け止めたのだ。

「ただの威嚇だ。そっちが先に警棒を当ててきたんだろ? 」

「お客様に危険が迫っていたからな、正当防衛だ」

 サスケは警杖に体重を乗せ、

「ハナがひとりで ここまで来るなんて、大したもんだと思ったが、なるほど、こういうことだったのか」

 ツキ、警杖を押し返しながら、肩越しにハナを振り返り、

「ハナ、コイツは あたしが引き止めておく。この隙に本懐を遂げろ」

 でも、と、途惑うハナ。

 ツキはサスケの警杖を押し返してはいるが、その腕が震えている。明らかに分が悪い。

「こんな状況で、ツキさんひとりを置いて行けないですっ! 」

「…これが あたしの仕事だ……っ。気に、するなっ。ここで お前を先に進ませるか逃がすかしなければ、あたしのいる意味が無い。

 ……ただ、あたしが どんなに頑張っても、コイツには勝てない。本当に引き止めておくだけだ。出来るだけ急いでくれっ! 」

 苦しげに、懇願するように言われ、ハナ、

(ツキさん……)

決意を固め 躊躇いを胸の奥に押し込めて、ツキに頷いて見せてから、それぞれ警杖と警棒で押し合い ツキのほうが明らかに分が悪いながらも膠着状態のサスケとツキの横を、走り抜けた。




 自分の走ってきた方向から見て2階部分の正面に当たる壁まで辿りつき、そこには窓が無いため、ハナは、側面に回りつつ、チラッと後方の2人を確認した。

(! )

サスケがハナを追おうとし、ツキが再度 それを阻止した結果か、サスケとツキの位置関係が入れ替わり、ハナとの距離は……真後ろだった。

(いつの間に……)

そして、相変わらずの膠着状態。

 その距離の近さに、実は捕まりそうな危ない瞬間があったのかも知れないと考え、ツキがいるとは言え、自分で もっと気をつけなければならなかったのだと反省しながら、ハナは視線を進行方向へ戻した。

 その時、不意に2階部分の向こう側から、小太りの人物が現れた。

 ハナは、暗くて顔はよく分からないが、その小太りの人物と目が合ったような気がし、特にワケも無く、

(っ! )

ギクッとした。

 小太りの人物が、チイッと、ハッキリ舌打ちするのが聞こえた。 

 距離はそのままに、ハナに向き直る小太りの人物。その右手で、それほど大きくない何かが、辺りの弱い光を鈍く返した。

 と、

「ハナ、危ない! 伏せろっ! 」

背後でサスケが叫んだ。

 ほぼ同時、小太りの人物のほうから、パスッ、と乾いた音。

 直後、背中に誰かが ウッと小さく呻きながらぶつかって、そのままハナを屋根肌に押し倒し、覆い被さった。

 ツキだった。

 屋根肌についたハナの手が、何やらヌルッとした液体で濡れる。初めは、例の滑る物質かと思ったが、どうも違う。

(これは……)

血液だった。

 ハナは、それが どこから来ているのか探し、ツキの制服の左肩が破れ 肌が一部露になり、そこからトクットクットクットクッ……と溢れ出ているのを見つけた。

(ツキさんっ! )

「ツキ! 」

サスケがハナとツキの すぐ横まで来、一度、ツキに目をやってから、小太りの人物のほうを見据えた。

 ハナ、サスケの視線の動きにつられる。

 小太りの人物は、その体型からは想像出来ない、よく弾むゴムまりが如き身軽さで、母屋の方向へ消えるところだった。

「大丈夫かっ? しっかりしろ! 」

サスケは、ツキに声を掛けつつ しゃがみ、ツキを抱き起こして、自分の胸に上半身をもたれさせる。

 上に覆い被さっていたツキが退いたので、ハナも起き上がった。

 起き上がって改めて見てみると、ツキのダメージの深刻さが窺えた。

(…ツキさん……)

 ツキ、グッタリとサスケに身を預けたまま、うつろな目でサスケを見上げ、

「ハナ、は……? 無事、なのか……? 」

 ハナは大急ぎでツキの顔を覗き込む。

「はい! 無事ですっ! ツキさんっ! ハナは無事ですっ! 」

答えながら、涙が出そうになった。

「…そう、か……。よかった……」

掠れた声で返すツキ。

 サスケは、ハナとツキが そんな会話を交わす中、力無くされるがままのツキの、ブルゾンを脱がせ、ハイネックシャツの左の袖を破れた箇所から引きちぎり、それを使って手早く止血した。

 それから再びブルゾンを羽織らせながら、

「ハナとの契約は、どこまでだ? ハナが目的を遂げるまでか? 」

「…い、や……。籐ど…う、を、発見す…るまで、だ……」

 ツキの声は、もう殆ど聞き取れない。それをサスケは誠実な態度で皆まで聞き取り、

「なら、ツキの任務は完了だ。お疲れさん」

すぐ横の2階部分の窓の下の外壁をヒタッと触って、

「この壁の向こうは、藤堂の寝室なんだ。藤堂も、ちゃんといる。オレは、さっきの侵入者を追わなけりゃならない。数分で戻るから、そうしたら病院へ運んでやる。それまで、頑張れるな? 」

 「ああ」と答えたつもりだろう、ツキの口が、その形に動く。声は、完全に聞こえない。

 サスケ、ツキの両肩に手を添え、そうっと、壊れ易いものを扱うようにハナに渡し、

「ハナ、ツキを頼む」

早口で言い、立ち上がったかと思うと、驚いたハナが振り仰いだ時には、もう、母屋の屋根の上に遠く小さく、その背中があり、そして すぐに見えなくなった。

(師匠、どうして……? )

ハナが驚いたのは、何故、あの小太りの人物と同じ侵入者であるはずの自分を 捕まえも排除もしないで放置するのか、ということだ。

 小太りの人物の持っている凶器や、先程 見た限りの運動能力からして、ハナより小太りの人物のほうが危険度が高いのは、もちろん そうなのだが、ハナの記憶が確かならば、サスケの言ったとおり、壁の向こうは本当に藤堂の寝室なのだ。そんな場所に、など。

 ツキのことが心配で復讐どころではなくなっているとでも判断したのだろうか。

 ……正しい。

 ハナが、自分を庇ったために怪我をしたツキを、放っておけるはずが無い。

「ハナの考えることなんざ、全部お見通しなんだよ」

サスケの以前口にした言葉を思い出す。

(…さすが、師匠……)


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