* 7-(1) *
運動を禁止されてから5日が経った。
昼食の仕事後に行った病院で、もう普通に運動して良いと医者からの許可が下りた、その帰り道、ハナは、久々にジョギングをする。
足を使わない運動は、暇さえあればやっていた。足のほうも、運動はしないものの普通に歩いて、しゃがんで、背伸びして、くらいは していたため、ブランクと言うほどのブランクがあった感じではない。信号待ちでジャンプもしてみる。特に問題は無いようだ。
(うん! 今日 行こうっ! )
そう決めたら、足は爪先から手は指の先まで、思いきり動かしてもらうのが待ちどおしそうに、熱く、ムズムズし始めた。逆に頭は、スウッと静かに冴え渡る。
復讐に向かうのは夜遅くと、前々から決めていた。
昼間では人目につきやすいし、それ以前に 藤堂がどこにいるのか、その日によるため分からない。まだ父が働いていた頃、藤堂と共に仕事であちらこちらに出掛けていたのを話に聞いていた。今だって きっと、他の人を連れて同じように出掛けている。夜遅くならば、人目にもつきにくいし、寝室で寝ていることが多いだろう。以前 病気を見舞ったことがあるため、藤堂の寝室も知っている。いざ行った時に寝室にいなかったとしても、寝室で待っていれば そのうち来る。泊まりで出掛けているなどして 待っていても来ない場合もあるかも知れないが、そうしたら、夜明けギリギリまで待って帰り、また出直すだけだ。
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ツキの部屋に戻ったハナは、カーテンで仕切られた自分のスペースを整理整頓した。
(藤堂のトコに行ったら、復讐が成功しなかった場合以外は、多分 もう、ここには戻らない……)
そう思うと、何だか名残り惜しい。
ここに来てから1ヵ月半ちょっと。随分と濃い時間を過ごした気がする。
(もう、師匠にも、ツキさんにも、チエさんにも、シュンジイさんにも、会えないんだ)
そう考えると、やはり寂しい。
しかし、自分を肯定出来ないまま、自分を責め続けながら生きているのは、もう限界のように思えた。
すべき箇所の少ない整理整頓を ごく短時間で終え、次にハナは、部屋の隅に置いておいたナノカドーの袋を手に取る。
中身は、昨日 買い求めたばかりの黒のスエット上下とスニーカー。
クリスマスパーティの日の夜、ハナは何の考えも無しに キリ・セキュリティのジャージとスニーカーのままで藤堂の所へ行ってしまったが、靄の一掃された頭で考えた時、それは不味かったのだと気づいたのだった。
袋からスエット上下とスニーカーを取り出して値札を取り、代わりに、ハンガーに掛けて窓辺のカーテンレールに吊るしたままだった学校の制服と、借りた物買い与えられた物以外の数少ない私物を、ツキの部屋に置きっ放しでは処分に困るだろうと考え、藤堂宅に向かう際に持ち出せるよう入れていく。
その時、部屋のドアが開き、サスケが、
「ハナ、医者、何て言ってた? 」
言いながら入って来て、
「事務方の若い奴らが 正月休みにスキーに行くんでさ、社食も休みだろ? ハナも一緒にどうかって言ってるんだけど……って」
制服等の袋詰めの最中のハナを見、
「何、やってんだ? 」
ハナ、名残惜しさと寂しさで、一瞬 言葉に詰まる。これを言えば、もう本当に ここでの生活は終わりになる、と。だが、迷いは無い。二度と会うことが無いであろうサスケの顔を しっかりと目に焼きつけようと、真っ直ぐに見つめ、
「師匠、今まで お世話になりました! 本当は、後でキチンと お部屋に ご挨拶に伺うつもりでいたんですけど、私、今夜、藤堂のトコへ行きますっ! 」
唖然とした表情のサスケ、暫しの沈黙の後、口を開く。
「…あ、のさ……、ハナ。オレ、いまいち話が掴めないんだけど……。藤堂のトコに行くって、復讐に? 」
他に何があるんだろう、と首を傾げつつ、ハナ、
「はい! そうですっ! 」
サスケは一生懸命 頭を働かせながら、といった感じで、一語一語、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「…オレ、ハナに、復讐やめないかって、話したよな……? 」
ハナ、頷く。確かに聞いた。その時の、サスケから発せられた復讐という単語によって、ハナは、復讐で自分を肯定出来ることに気づき、足が治ったら早速行こうと決めたのだ。
ハナが頷いたのを確認したように頷いてから、サスケ、続ける。
「藤堂の屋敷は警備が厳重になってて、ハナじゃ無理なレベルになってるらしいから、復讐はやめて、でも、行く所が無いから社食でバイト続けて ここで暮らすってことに、なったはずだよな? 」
(……そうだっけ? )
ハナの心の中での、そうだっけ? が聞こえたらしく、サスケ、
「…もしかして その時、話、ちゃんと聞いてなかったのか? ハナ、はっきりと返事してたぜ? 」
軽く責めるような口調。
ハナ、話を途中から全く聞いていなかった憶えも、何だか全く分からないことに対してはっきり返事をした憶えも、しっかりあり、大急ぎで頭を下げる。
「す、すみません! 上の空でした! 何だか分からなかったけど、師匠から『な?』って言われたので、返事をしてしまいましたっ! 」
サスケ、大きな大きな溜息をひとつ。それから、
「じゃあ、今から改めて言う」
ハナの目の奥を覗き、
「藤堂の屋敷は、今、厳重な警備体制が敷かれてるって話だ。今のハナのレベルじゃ、藤堂の所まで辿り着けないくらいのな。その状況は、おそらく当分の間変わらない。だから、復讐は諦めろ」
(復讐、諦めろって……)
ハナは途方に暮れた。せっかく、自分を肯定出来る方法を見つけたのに。苦しみから解放されると思ったのに、と。
「分かった? 」
ハナの目の更に奥深くに踏み込みながらのサスケの問いに、ハナは答えられない。
サスケは繰り返す。
「ハナ、分かった? 返事は? 」
ハナ、サスケと目を合わせていられず、顔を背け、
「すみません! 師匠! 諦められませんっ! 私は……」
その言葉を遮るように、サスケは厳しい口調で、
「返事は『はい』だ。ハナ」
あまりに高圧的な物言いに驚き、ハナは、サスケを振り仰ぐ。サスケの弟子になってから初めて、サスケに反感を持った。
「私、もう限界です! 復讐して、自分を肯定できないと……! 」
サスケ、再びハナの言葉を遮り、
「それ、意味分かんねーよ。人を殺して、犯罪を犯して自分を肯定って。大体、何か、復讐の目的が変わってきてないか? 」
今度はハナがサスケの語尾に被せ、
「そう言う師匠だって! 復讐に賛成してくれてるから、弟子にしてくれたんじゃないんですかっ? それを今になって諦めろなんて! 今の私のレベルじゃ無理だって言うなら、もっと私を鍛えて下さい! もっと厳しい修行をお願いしますっ! 」
サスケは声のトーンを低くし、目に力を込め、脅す感じ。
「血ヘド吐いて地べた這いずり回るハメになるぜ? 」
ハナ、
「構いませんっ! 」
即答。
サスケはフッと目の力を緩め、小さく息を吐いてから、一転、穏やかな口調、いつもどおりのトーンで、
「オレはさ、正直なところ白状しちまうと、初めから、復讐に賛成なんてしてなかった。ハナを弟子にしたのは、『変わったヤツだな、面白そうだから傍に置いてみるか』って思ったからで、復讐とか物騒なこと言ってるけど、修行や社食のバイトで汗流して、オレやツキ、シュンジイさんやチエさんと関わりながら普通に生活してるうちに、復讐なんて考えなくなるんじゃないかって、勝手に思ってた」
そこまでで一旦、言葉を切り、深く深く溜息。
「…甘かったよ……」
ハナは また、サスケから目を逸らす。
サスケの考えは当たっていた。復讐なんて ほとんど考えていない時期が、確かにあった。
(…でも、今は……)
「ハナはさ、オレのこと、嫌い? 」
(っ? )
唐突な質問に驚いて、ハナはサスケを見、首を横に振りながら、俯く。
嫌いなワケない。
「そっか……。オレも、ハナが嫌いじゃない。一緒に過ごすうちに、家族みたいに大切に思うようになった」
(師匠……。知ってる。大切にしてくれてること。ちゃんと、伝わってくるから……)
「だから、初めは復讐に賛成してないって程度だったけど、今じゃ、大反対だ。復讐がハナにとって良いことだって、全然思えねえから。
ってなワケで、復讐が目的なら、もう、修行もしてやれない。悪いな」
(私のほうこそ、ゴメンなさい……。言うこと、聞けなくて……)
「……なあ、ハナ。ハナが直接ハナを肯定出来なくても、オレが肯定してるハナを肯定することなら出来ないか? 」
サスケの視線を感じながら、俯き 目を逸らしたまま、黙りこみ続けるハナ。
「……やめようぜ? 復讐」
沈黙が流れる。
ややして、
「……行く気だな? 」
サスケが静かに口を開いた。
「どんだけ言っても、無駄か……」
そして、大きく大きく息を吐く。
(…ゴメンなさい……)
と、俯いているために極端に狭くなっているハナの視界の隅に、スッと、サスケの足が入り込んで来、ハナは、ハッと顔を上げた。
直後、
「っ! 」
サスケの拳が、みぞおちに めり込んだ。
視界が暗転する。




