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14/20

* 6-(1) *


 暖色系の柔らかな光に包まれた部屋の中、クリスマスツリーのてっぺんに星を飾りたくて、両腕を上げ、背伸びをし、ピョンピョン跳ねるハナ。そのハナの両腋を、背後から大きな大きな手が掴み、クリスマスツリーのてっぺんに手が届く高さまで、ヒョイッと持ち上げた。

 ハナは てっぺんに星を飾り、大満足で、自分を持ち上げてくれている大きな手の主を振り返る。と、そこにいたのは、この上なく優しい笑みを浮かべた父だった。


(……っ! )

そこまでで、目の前がパッと切り替わる。薄暗い部屋、見慣れた天井……。ツキの部屋だ。ハナは今、布団で横になっている。

(…夢、か……)

ハナは、片手で目を覆い、大きく息を吐いた。

 ……辛い。夢に見るのも思い出されるのも、何故か、父の 良い姿ばかり。

 「人は死んだら、皆、仏さんになる」と、以前、テレビか何か そういったものの中で、誰かが言っていた気がするが、それは、こういうことだったのかな、と思う。父は、良いところばかりではなかったはず……どころか、父の人生の終わりのほうは、ハナは、父を嫌いだったはず。それなのに、嫌だったことが全く思い出せないから。亡くなった人は、生きている人の心の中で、良い人=仏さんになるという意味だったのでは、と。

 父の嫌だったところを思い出したい。嫌だったところを思い出して、家を出なければ自分を守れなかったのだと、自分を肯定したい。大切にしてもらったのに、愛してもらったのに、大好きだったのに、そんな父に対して自分は……では、辛すぎる。

 

 ハナは、枕元に手を伸ばし、手探りで体温計を取って、腋の下に入れた。

 パーティの日に雨に濡れたせいか、高熱を出し、もう2日間ほど寝込んでいる。色々と考えてしまって、 よくは眠れず、やっと うとうととしては、今のような夢を見て目が覚め、その夢のせいで また色々考えて眠れず……の繰り返し。寝たきりでは発散する方法も無い。

 傷めた足は、ここ2日間 トイレの時しか歩かなかったおかげか、腫れがだいぶひき、何時間か前にトイレに行った時には、足を普通について歩いても 全く痛くなかった。

 ピピピッと、体温計の電子音。

 今は まだ朝五時半。部屋の中が薄暗くて見えにくいが、ツキがカーテンの向こうで眠っているため、電気はつけず、目を凝らして、表示された体温を確認。36・8度。

(熱、下がってるっ! )

 足のほうは、医者から、5日間は無理をしないよう言われているが、熱も下がったことだし、足を使わない運動なら やってもいいだろうと考え、トレーニング棟にある スポーツジムにあるような様々なトレーニングマシンの中から、足を使わないものを選んで使おうと思い、出来るだけ音をたてないよう気を配りつつジャージに着替え、部屋を出、やはり音をたてないよう そーっとドアを閉めた。




「コラッ! 」

背後からの突然の声に、ハナ、ビクッとして振り返る。

 サスケだった。仕事から帰って来たところらしい。茶色がかった緑色のブルゾンに、同色のニッカーボッカーズ、ブルゾンの中には黒のハイネック、という、警備員というよりは鳶職のようなSHINOBIの制服を着、鎖入り手袋をした手に 地下足袋をぶら下げている。

 サスケ、ニヤッと笑い、

「ビックリした? 」

「あっ、師匠! お帰りなさいっ! お疲れ様でっす! 」

「こんな時間に そんな格好して、どこ行くんだ? 熱は下がったのか? 」

「はい! 下がりましたっ! トレーニング棟に行ってきまっす! 足を使わない運動なら、いいですよねっ? 」

 サスケは、大きな溜息をハナの語尾に被せ、

「却下」

それから、徐にツキの部屋のドアノブに手を伸ばして開けながら、

「熱が下がったって言ったって、オレが出掛ける夜7時半頃には、まだ38度近くあっただろ? せめて、社食の仕事が始まる時間までは大人しくしとけ。それで 社食の仕事をやってみて、まともにこなせるようだったら、その後、足を使わない運動なら していいから」

言って、ハナの背を押し、部屋の中へ押し込んで、

「んじゃ、オレ、寝るから。おやすみ」

ドアを閉めた。

(…そんなこと言われたって……)

途方に暮れるハナ。

(社食の仕事が始まるまで、まだあと1時間くらいあるんだけど……)

このまま部屋で1時間も 何もしないでジッとして過ごすなど、絶対に無理だと、色々考えてしまって頭がおかしくなりそうだと、思った。

(…どうしようか……)

ちょっと考え、

(そっか! )

ハナは気がつく。

(別に、師匠に見つからなきゃいいんだ! )

 耳を澄ませ、ドアの向こうの様子を探るハナ。廊下は、とても静かだ。

(もう、師匠、部屋に入ったよね? )

そっと、ドアを細く開けてみる。

(……! )

その隙間から、サスケの顔が ヌッと覗いた。

 サスケ、首を横に振りながら溜息。

「ハナの考えることなんざ、全部お見通しなんだよ。諦めろ」

 ハナは、また途方に暮れかけるが、ちょっと前の その時より、更に簡単に気づき、

「はい! すみませんでした! 諦めますっ! 」

と謝り、ドアを閉め、すぐさま回れ右で、ベランダへ向かう。

(出口は1つじゃないしっ)

 ベランダ側の窓を開け、ベランダに出、手摺に掴まって下を覗いた。

(足への負担が大きいかな……? あ、でも、普通に飛び降りないで、手摺の根元に ぶら下がってから手を放せば……)

 考えている最中、ハナは、何となく誰かに見られているような感じがし、その気配のする方向、サスケの部屋のベランダ方向を見、

(っ! )

固まった。

 サスケの部屋のベランダとの仕切りに、サスケが腕組みをして寄りかかっていたのだった。

「お見通しだって、言っただろ? 」

言って、サスケは仕切りから身を起こし、面倒くさそうにバリバリと頭を掻きながら、

「まったく……。オレ、疲れてて、早く寝てえんだよ。世話を焼かせんな」

(…そうだよね。お仕事から帰って来たとこだし……)

と、ハナは反省。

「すみませんっ! 今度こそ本当に諦めましたっ! 安心して お休み下さいっ! 」

頭を下げる。

 サスケ、よし、と頷いて、手摺をはみ出しながら、仕切りの外側を自分の部屋のほうへ。

 ハナは、

(…仕方ない……)

さすがに 本当に諦め、部屋に入り、ツキを起こさないよう気を遣いつつ、腹筋を始めた。




                  *



 ようやく迎えた 朝6時45分。

「おはようございまーすっ! 」

ハナは、挨拶しながら社食の厨房のドアを開ける。

 チエがピタッと動きを止め、驚いたようにハナを見、

「ハナちゃん! もう大丈夫なのっ? 」

「はい! ご心配をおかけしましたっ! 熱はもう下がりましたし、足も、普通に歩くくらいなら大丈夫ですっ! 」


 たった2日、間が空いただけなのに、何だか久し振りな気がした。仕事を忘れていそうだと心配しながら、いつもどおり、ハナは、掃除を始める。

 すると、何もしないでいると つい考えてしまう色々が、頭から離れていった。




 7時を回り、いつものようにサーマルプリンターから連続して何枚も伝票が出て来、人がゾロゾロと食堂に入って来て、席につく。

 スタート時にハナが担当するBセットの今日のメニューは、白飯・のりの佃煮・豆腐の味噌汁・サバ正油干し・和風ドレッシングをかけたサラダ。

 食器に盛り付け トレーに並べ、カウンターに出して、コード番号を押した。

 先頭で受け取りに来たのは、立岩。

(あ……)

口元のアザが痛々しい。

 素直に詫びようと口を開きかけたハナだったが、それより先に、立岩、

「あんた、暴力事件 起こしたくせに、まだいたのか。さすがは、オボッチャマのお雇いになったバイトだら。

 せめてオボッチャマが責任持ってキチンと折檻でもしてくれりゃあいいのにさあ、何か、聞いた話だと、オボッチャマがあんたを皆の前で殴ろうとしたけど 結局殴らず仕舞いだら? あんたの そのアザも傷も無い顔を見る限りじゃ、皆の見てない所で殴られたとかも無さそうじゃあ。

 まったく、ろくに躾も出来ねえのに、人なんて雇ってんじゃねえよなあ」

言って、黄色く濁った目で 上目遣いにハナを見、口元だけでイヤラシく笑った。

「それに、あんた自身もさあ、ついさっき、チエさん相手に笑ってたら? 親父が死んでも全然平気か。 親父さんも気の毒にな。ただの金ヅルだったってワケだ。会社に捨てられた時が家族に捨てられる時……切ないねえ。葬式とか、どうなってんの? 」

そこまで言って、

「……っとお」

わざとらしく片手で口を覆い、

「あんまり本当のことばっか言ってると、また殴られかねねえからなあ。くわばらくわばら」

最後にもう一度 イヤラシい口元を見せてから、トレーを持ち、席へ戻って行く。

 その背中に、ハナ、

「立岩さん! 本当に、すみませんでしたっ! どうぞ お大事になさって下さい! 」

声を掛けた。

 立岩は、後ろ姿のまま首を傾げる。

 ハナは落ち込んだ。

 何もしないでいると つい考えてしまう色々が、頭の中に戻ってきたわけではない。単純に、立岩の言葉に対して落ち込んだ。

 立岩の言葉は、言い方こそ嫌な感じだが、内容は、いちいちもっともだと、立岩の言っていることが、世間の正直な見方なのだと思えるから。立岩自身も言っていたように、本当のことだと思えるから。

 しかし、社食の仕事に落ち込んでいる暇は無い。

(…とりあえず……)

他のことは置いておいて、簡単に片付きそうな、立岩に暴力をふるったことについての罰だけは、

(後で師匠に話してみよう)

そう結論を出して、仕事に集中することにした。


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