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13/20

* 5-(4) *


 サスケの言いつけどおり、一度 ツキの部屋に戻って風呂に入り、替えのジャージに着替えて、ハナが社食に戻ると、既に、食堂のテーブルに料理が並び始めていた。

 パーティは7時開始。時計を見れば、6時45分。

 料理をカウンターからテーブルへ運んでいるのは、サスケやチエではなく、チラホラと集まり始めたパーティの参加者たち。自主的に手伝ってくれているのだった。

 参加者は寮で暮らしている人たちが中心で、今年の参加者数は82名。座席数の関係で、120名を越える年は立食形式にするらしいが、今年は少ないため、参加者それぞれに席を用意してある。

 自主的に手伝ってくれている人たちの中に、ツキもいた。料理の載った皿を いっぺんに4枚も持って歩いているツキを、ハナは、器用だな、と感心しつつ、カウンターまで行き、厨房のサスケとチエに、

「すみませんっ! 結局 何も お役に立てなくってっ! 」

カウンター越しに声を掛ける。

 チエ、フライドポテトを皿に盛り付けながらハナを振り返り、

「うん、大丈夫大丈夫! じゃあ、ハナちゃんは、グラスを1人1人の席に1個ずつ置いてきてくれる? 」

言って、カウンター隅に4つ積み重なっている、グラスが24個入るグラスラックを指さした。

 ハナ、はい、と返事し、ラックを1つ持ち、テーブルのほうへ。

 窓側の列の端から順に、と思い、行くと、他の参加者たちが積極的に手伝い、動いている中で、早々と席に陣取り テレビを見、楽しげに喋っている一団がいた。立岩と、立岩と似たような年頃似たような風貌の男性3人だった。

 彼らのテーブルにグラスを置こうとし、彼らの見ていたテレビ画面に何の気なく目をやって、

(! )

ハナは固まった。そこに、ハナの自宅アパートが映っていたからだ。そして、音声が伝える。

「今日 午後2時頃、このアパートに住む、無職・雪村史朗ゆきむらしろうさんが、死亡しているのを、訪ねてきた知人男性が発見しました。

 第一発見者である知人男性や近所に住む方々から話を聞いたところ、雪村さんは、勤めていた会社を3ヵ月ほど前にリストラされ、妻と高校生の娘と共に こちらのアパートに引っ越して来ましたが、ここ1ヵ月ほどは妻子の姿を見かけないとのことでした。

 遺書などは見つかっておりませんが、会社をリストラされたことや家族との関係を苦にした自殺ではないかと見られています」

映像が切り替わり、スタジオのベテラン女性キャスター、

「ご家族が傍にいれば、このようなことにはならなかったのではないでしょうか。支えになるべき時に、妻や娘はどこへ行ってしまったのでしょう」

サラリとコメントを付け加えた。

「次です」

キャスターの言葉でテレビはすぐに次のニュースに移ったが、ハナの頭からは、キャスターのコメントが、こびりついて離れなかった。

(……私のせいなの? 世間は、そう見るの? 『べき』って何? 私が家を出たのは自分を守るためだけど、自分を守っちゃ、いけないの? )

 と、その時、

「今のニュースの自殺のあったアパートってさあ、ここのすぐ近くだら? 」

立岩の声が、ハナを、キャスターのコメントばかりがグルグル回る世界から引き戻す。

 ハッとし、グラスを置く続きを始めたハナ、ハナをチラッと見た立岩と目が合った。

 一緒にいる男性3人に言っているにしては大きな声で、

「雪村、って、わりと珍しい苗字だらあ? 」

立岩は続け、再び、ハナをチラッ。

「高校生の娘が どっかに行っちまったってよお」

三たび、ハナをチラッ。

「最悪だら、親父を見捨てるなんてさあ。育ててもらった恩も忘れてさあ」

 ハナの胸か頭の奥で、シャボン玉がはじける感覚があった。

 直後、

「ハナっ! 」

サスケの声。グイッと右の二の腕を掴まれ、視界にサスケの顔が割り込む。

(師匠……? )

そして、サスケの顔が半分を占めている視界の残り半分に、口と鼻から血を流し 黄色い白目をむいて床に転がる立岩が映った。 

(痛……)

右手に軽く痛みを感じ、見れば、いつの間にか拳を握っていた右手の、指のつけ根の関節の外側の皮膚が擦り剥けている。

(どうして……)

周囲を見回すと、パーティの他の参加者たちが、ハナに対して、驚きや怯えといった感じの視線を向けていた。

 何が起こったのか全く分からないハナ。だが、状況から察するに、

(私が、やった……? )

 サスケが、もう一度 グッとハナの二の腕を掴み直し、しっかりとハナの視界中央に入り込んでハナを見据え、静かな口調で、

「ハナ。残念だけど、立岩さんたちじゃ 4人まとまってだって、ハナの相手は務まらねえ。暴れてぇなら オレが相手してやるから、表に出ろ」

 ハナは、サスケが怒っているのを感じ、ビクッ。

 ハナが立岩を あんな状態にするのに使ったのは、他に知らないため、おそらく、キリ護身術。その中に含まれる、数少ない攻撃性の高い動きだろう。

 キリ護身術とは、キリセキュリティ株式会社の警備員のために考案された護身術で、実際の事件・事故での事例や教訓を基に、独自に体系を作成し、訓練をしながら内容の改良を重ねているもの。年に1回、大会もあり、種目は、警棒(特殊警棒含む)・警杖・徒手。ハナは、復讐に行って返り討ちに遭う危険性もあるため、徒手での護身術を サスケから教わっていた。

 身を守るために良かれと思って教えてくれたものを 喧嘩に使っては、怒って当然かも知れない。

「出ろっ! 」

声を荒げて、サスケは 掴んだハナの二の腕を持ち上げるように引っ張り、寮側の出入口へと歩き出す。

(怒ってる! どうしようっ! )

 突然 引っ張られたことでヨロけて2・3歩分進んでから、ハナ、足を踏ん張って踏みとどまろうと、抵抗した。

「待て、サスケ」

ハナの二の腕を掴んでいるサスケの手の上に、フッと、色の白い綺麗な手が優しく載る。

「外は雨だ」

ツキの手だった。

 サスケは一旦 立ち止まり、進行方向を向いたまま、低く、

「関係ねえよ」

言って、強引に、再び歩を進める。

(どうしよう! どうしようっ! )

パニック状態が生む、方向性の間違った集中力。ハナは、キリ護身術の基本に従い、自分の腕を掴むサスケの手の指先方向に 腕を勢いよく動かし、サスケの手を振り払った。

 サスケが足を止め、ハナを振り返る。

 そのサスケの表情に、ハナ、

(あ……)

マズイ、と思った。余計に怒らせてしまった、と。 

 サスケの右肩が微かに動いた。気づいて、ハナ、反射的にスウェーバック。

 ほぼ同時、サスケの右手のひらが、ハナの鼻先を掠めて 大きく空を切った。

 ハナ、その隙をつき、素早く体勢を立て直して、サスケの脇を体を低くして走り抜け、寮のほうへ。

「ハナァッ! 」

背後から、少し距離がある サスケの怒鳴り声。

(どうしよう! どうしようっ! )

もう、何が何だか分からない。寮の玄関で靴を履かずに手で持って、ハナは、外へ飛び出した。




                  *



 ガシャガシャと音をたてて激しく降り頻る雨の中を闇雲に走り、ハナは、

(っ! )

駅前の繁華街で派手に転んだ。

 クリスマスのイルミネーションが、雨に煙る。

(…クリスマス、なのにね……)

 怒っているサスケから離れたことで パニック状態を脱した心は、惨めで、悲しかった。

 サスケの所へは、もう帰れないと思った。

 「特権を使って例外的にサスケちゃんが採用したアルバイトだから、この先のハナちゃんの仕事ぶりが、直接 サスケちゃんへの周りからの評価に関わってくるはずだから」とのチエの言葉を思い出す。

 仕事の出来不出来とは無関係だが、それより まだ悪い。暴力沙汰なんて、すごく迷惑をかけたに決まっているし、きっと許してもらえない。

 ハナは立ち上がるも、この後どうしていいか分からず、どこへ行っていいか分からず、その場に、ただ力無く立ち尽くした。

(…殴られとけばよかった……。なんで、逃げちゃったんだろ……。師匠の気の済むまで殴られるだけ殴られたら、もしかしたら、その後には許されて、師匠のトコにいられたかも知れないのに……)

 冷たい雨が頭と肩を打ち、涙のように ほんのり温まっては、全身を伝い流れる。

(…帰りたい……。帰りたいよ、師匠のトコに……。殴られても、蹴られても、投げられても、踏まれてもいいから……。…今更、遅いけど……)

 その時、急に、ハナを中心に半径30センチほどの場所だけ、雨が止んだ。

(? )

不思議に思って、ハナが頭上を見上げると、そこには、上品なクリーム色の女性用のカサ。

「あなた、風邪をひくわ」

背後からの声に振り返ると、憐れみの表情を浮かべた 気品ある年配の女性。カサは、女性がハナに差し傾けていたのだった。

 女性の斜め後ろには、カチッとした服装ながら小洒落た雰囲気を持つ、女性と同じ年頃の男性がおり、女性が濡れないよう 自分のカサに入れていた。

 女性はハナの右手を取り、半ば強引にカサを持たせてから、今度は左手を取り、何かを握らせ、握らせたハナの手の上から、自分の手でギュッと包み、更に固く握らせて、

「これで、何か温かい物でも お上がんなさい」

悲しみの混ざった感じの静かな笑みを浮かべてから、ハナに背を向け、男性と共に、近くのレストランに入って行った。

 女性が あまりにも たて続けに喋り、動くので、ハナは、「えっ」とか「あのっ」くらいしか言葉を挟む余地が無く、カサと、左手に握らされた何かを手にしたまま、呆然と 2人の背中を見送ってしまい、ややして、ハッと我に返って、左手の何かを確認する。

 その感触から、紙のようなものだとは分かっていたが、手を開いて見ると、千円札だった。

(今の私、知らない人から施しを受けちゃうくらい、可哀想なふうに見えてるんだ……)

 いつものハナならば、そんなのはプライドが許さないし、ショックだったろう。しかし、今のハナは、

(…そうかも……)

自分で納得してしまった。

(ホントに、これからどうしよう……)

これから どうしていいか分からない、帰るトコも無い。……そういえば、1ヵ月ちょっと前にも、全く同じことを思ったな、と、思い出した。そして、あの時は、今と同じこと思った後、どうしたんだっけ……?と。

(そっか、藤堂の家へ行ったんだ……。復讐しに……。…藤堂の所……。…いいかも知れない……)

あの時には藤堂の所まで辿り着くことすら出来なかったが、今は違う、と、それなりに自信がある。

(今度こそ、絶対に成功させて……。成功させて? それから? …全部、終わりにしよう……! )

 ハナは、女性から渡されたカサを閉じ、閉じた中に千円札を入れて、クルクルと巻き、ボタンを留め、キチンとした形にしてから、女性が男性と共に入って行ったレストランの入口外側のカサ立てに置いた。


 目標が出来、力を得て、ハナは歩き出す。藤堂宅へ……終わりへ、向かって……。

 身が、キュッと引き締まる。鼓動が、痛いくらいに強く、速い。




                   *



 藤堂宅の、藤堂が普段 生活している離れに近い、正門から向かって右側面の外塀前に立ち、ハナは、鼓動を静めるべく 深呼吸を繰り返した。

 以前 忍び込もうとした時と同じで入口は開いていないかも知れないと思い、それならばと、今のハナにとっては この塀の高さは特に苦にならないため、入口を確認することはせず、初めから 塀を乗り越えて侵入することにしたのだった。

 鼓動が落ち着いた。

 ハナは数歩下がって軽く助走をし、踏み切ってジャンプ。塀の上に手のひらをつき、跳躍の勢いと少しの腕の力で塀の上に上がる。そして そこから、1・5メートルほど向こうの 離れの1階部分の屋根に向かって跳び、難なく着地成功……したが、

(っ! )

着地した瞬間、雨で濡れているせいで足を滑らせ、塀と離れの間に落ちた。

 運悪く、そこにセンサーがあったらしく、ピンポン、ピンポン、ピンポン、と、大音量の電子音。ハナは急いで立ち上がろうとするが、足を傷めたようで、どちらの足も 地面に足裏部分をつけただけで痛み、動けない。

 鳴り続ける電子音。

(どうしよう! )

気持ちは焦るが、どうにも動けないハナ。歯を食いしばって痛みを堪え、もう一度、立ち上がろうと挑戦するが、足に上手く力が入らなかった。

 ややして、雨音に消され気味の複数の足音と人の声と、雨でかすんだ懐中電灯らしき光が3つ、正面から近づいて来るのが見えた。

 光は どんどん近づいて来、

(どうしようっ! )

ついに、

「誰だっ! 」

ハナを照らし出した。

(もう、ダメっ! )

 その時、塀側から、ハナの目の前に黒い影が差し、ハナの体がフワッと宙に浮いた。

 影はハナをさらい、塀を越え、敷地外へ。そして、ハアーッと大きく息を吐き、

「危なかったなあ」

 影の正体は、サスケだった。

(…師匠……! )

驚くハナ。

 サスケは目を優しくして ハナを見つめ、

「さて、帰るか。今日は足場が悪すぎる。また今度にしとけ」

言って、ハナを抱いたまま歩き出す。

(…師匠……、迷惑、かけちゃったのに……。助けに……迎えに、来てくれた……)

鼻の奥がツンとなり、涙が溢れた。胸が締めつけられて苦しくて、ハナは、サスケの首にしがみく。

「…師匠、ゴメ……なさい……。ゴメン、なさい……」

 サスケ、宥めるように ハナの背を優しくトントンとやりながら、

「ハナは、もう1ヵ月以上もオレの下で修行した。しかも、オレでさえ驚くほどの素質もある。まだまだだけど、立派な歩く凶器になりつつあるんだ。その辺、自覚しないとな」

「はい、すみません……」

 ハナの返事に頷き返し、もう一度 背をトントン。それから、急に何かを思い出したように、あっ、と声を上げ、

「そうだ、ツキにTELしなきゃな」

ハナを片腕で支え、ポケットからケータイを出して、操作。耳に当て、

「あ、もしもしー? ツキィー? ハナ、見つかったよ。今から帰るからさ、ツキも戻って。……うん。じゃあなっ」




 寮に到着し、サスケが玄関を開けると、

「ハナ! 」

ツキが、待ち構えていたように、すぐのところに立っていた。

 ツキは、少し震えながら、サスケの腕の中のハナに手を伸ばし、ハナの頬を両手のひらで包んで顔を近づけ、震える声で、

「顔を、よく見せてくれ……」

その目には、うっすらと涙が滲んでいる。

 サスケが、軽く両膝を曲げ、ハナの位置を低くした。

 ツキは、頬の両手をハナの後頭部に移動させ、頭を引き寄せる。

「無事で、よかった……。もう二度と、会えないのかと思った……」

(ツキさん……)

ハナの胸が、また、締めつけられた。

 と、ツキの向こう、管理人室の窓の中のシュンジイと目が合う。

 シュンジイは、いつもハナが外から帰って来た時に「お帰り」と言ってくれるのと同じ笑顔で、ニコッと笑った。


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