<五人目の主張>
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「さて、再び私の質問に答えるがいい」
衛兵は、何事もなかったかのように、冷静な面持ちで仕事を続けた。
次に選ばれたのは、善人とも悪人ともつかない、のっぺりとした顔立ちのごく普通の初老の男だった。
「はい」
その初老の男は、衛兵の口から例の言葉が発せられるまで、静かに、両手を身体の前で組み合わせて待っていた。
「おまえは、何をしてきた者か」
衛兵は言った。
「はい……私は、トレロ村のコペです」
「おまえは、何をしてきた者か」
「私には、三人の子供がおりました」
「おまえは、何をしてきた者か」
「一人は教師に、一人は宇宙船の操縦を、一人は平凡な主婦となり、三人ともとても良い子に育ちました」
「おまえは、何をしてきた者か」
「私には、妻が二人おりました。二人とも元気で、働きもので、私はとても果報者でごさいました。あっ、どうか、誤解なさらないでくださいまし。私の国では、五人の妻を持つことが許されておるので、……へへ、私なんぞ、少ない方でして」
トレロ村のコペは、決まり悪そうに顔を赤くして、頭をかきながら自分の妻の少なさを恥じていた。
「おまえは、何をしてきた者か」
衛兵の質問は、依然として同じ調子で続けられた。
「はい。私は、物を買ったり売ったりと、商売のまねごとをしておりました。なんせ、気候が不順なうえに、国民が貧しいときて、商売もままなりませんで。あちこち点々としながらも、どうにか食いつないできたってわけです。その点、子供たちは恵まれてましたよ。安定した職を得ましたし、まあ、ご時世でしょうかねえ。我が国が他の天体へ進出してからは、めっきりでして。私の商売など、成り立ちませんでした。まあ、私も、もう齢を重ねておりましたから、大して気にもなりませんでしたがね。だけど、仲間うちじゃあ、ずいぶんとうまいことやらかした連中もいたようでしたよ」
トレロ村のコペの話は延々と続いた。群衆はあきあきして、眠ってしまう者もいた。が、衛兵は、口を噤んで聞き、終いまで喋らせた。
「……ってなわけで、私の人生は臨終を迎えたわけなんです。病院のベッドに横たわって、もう死ぬんだなあと実感したときは、そりゃあ怖かったですがね、天国や生まれ変わりについての知識はありましたから、……へへ、好きだったんですよ、そういうの……、すこしは期待もありましたよ。いろんな人に会えるんだろうなあ。自分はどう評価されるかってね。
で、どこへ行けるんですか?もちろん一番高いところにある天国ですよね?」
トレロ村のコペは、初めこそたどたどしく自分の生涯について語っていたが、次第に、意気揚々と自らの人生を語り、自分のこれからの行き場について、あたかも衛兵を試しでもするかのように横柄に尋ねた。
「申すことはそれだけか」
衛兵は、静かに言った。
「そうですけど?」
「ほかには何もしてこなかったのだな」
「何もって、そりゃあ、数え上げればきりがありませんよ……」
「いいだろう」
衛兵は、少し考えた様子で辺りを見回し、それから、そっとその大きな太い腕を遠くへ向けて差し出した。するとその方向に、何本かの川が現れ、川にはそれぞれ橋が架けられていった。
「おお……」
その鮮やかな、魔法のような光景を見て、群衆の口から一瞬のため息がもれた。しかしそれは、羨望や、感嘆や、賞賛のどよめきではなかった。ただ単純に、目の当たりにしたマジックショーの物珍しさに、驚嘆しているだけだ。
「さあ、あの門がおまえの行く先だ」
衛兵の指差す先に、小さな扉が見えた。
居並ぶ人々は、その持ち前の感覚で、その門扉が大して立派な門扉ではないことを察知していた。
「なんですって?」
誰よりも一番それを訝ったのは、トレロ村のコペである。
「なんかの間違いでしょう?」
「さあ、行きなさい。問答は時間の無駄だ」
「行けやしませんよ。だって、これは間違い、いや、手違いですよ」
「……」
「妻を二人も幸せにしてやったし、天国についてもずいぶん勉強しました。他にもたくさん、政治や経済や、論理学に倫理学、数学、天文学、物理学。勉強は良いことでしょう?ここで勝負しましょうか、衛兵さん。クイズには負けませんよ」
「さあ、向かいなさい。適切な指導を受けようぞ」
衛兵は、コペの弁明と誘いを無視して、命令のみを下した。
「おかしいなあ。せめて、先程のご婦人と同じ扉でいいはずですのに」
コペは、いっこうに態度を変えようとしない衛兵に痺れを切らし、ついに本音を吐いて、そこへ入れてくれるようにと懇願した。
「さあ、おまえの扉は用意されている」
衛兵は、顔色ひとつ、表情ひとつ変えず、コペの願いなど聞き入れる気などさらさらない。
「わからずやだなあ、きみも」
トレロ村のコペは、乱暴に抵抗した。
「立ち去れ!」
衛兵は、今までに見せなかった厳しい表情で、目の前の男に一喝を与えた。
コペは、ひどく驚いて後ずさりした。
群衆も、身をすくめて黙りこくった。
「立ち去れ!」
衛兵が、再びそう叫ぶと、トレロ村のコペの姿は一瞬の風圧とともにその場から消えた。
見ると、遠くに用意された門扉が開いて、鈍い明かりのなかにコペの姿があった。
霧のかなたに消え失せるようにして男の姿が見えなくなると、その門扉は跡形もなく消え、見事な景観を呈していた川や橋も、音もなく立ち消えた。
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次回の投稿は3月17日ごろを予定しております。
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