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天城の扉が開くとき  作者: 路寄りさこ
3/8

<四人目の行動>

路寄りさこワールドへようこそ!

「やめろ、やめろ、こんなこと。やめた、やめた」

 ひとりの男のだみ声が、橋の上の人々の感動と緊張に包まれた静寂の間にむりやり割り込んだ。

「なにもったいつけてるんだかっ。おらぁ、こんなこたぁまっぴらごめんだぜ。先に行かしてもらうよ」

 男は、居並ぶ人々をかきわけ、その集団から離れようとした。

「どっかに別の門があるはずだ。そいつをさがすのよ」

 男は、自らの半信半疑を打ち消そうとするかのように、胸を張って悪ぶってみせる。

「待ってくれ、俺も行く」

「おれもだ」

「私も」

 すぐさま、男に同調する者たちが名乗り出た。彼らは、だみ声の男を群衆のなかから捜し当てて、その周囲に群がった。

「さあ、行くぜ」

 男は、仲間を得て、ますます気持ちを高ぶらせ、意気揚々とした声色になってきた。そして、人々を率いてゆけるという満足感に浸れることを密かにほくそえんでいた。

 男に従った小さな集団がざわざわと動きだし、衛兵の立つ門扉の前から遠ざかろうと、橋を後戻りし始めた。彼らが移動できる道筋はそこしかない。先へ進む道は、かたく閉ざされている。


「帰るのかい?」

 どこからともなく、誰かがそう尋ねた。

「いいや。別の道を捜すのさ。ここへ来る途中、いくつも橋があったじゃねえか」

 男は、自信ありげに、誰にというでもなく応答した。

「むりよ。私たちは、自然と導かれるようにしてここへ来たのよ。ほかに道があったとしても、よそへは行けやしないのよ」

 若い女の声が、悲痛な響きを含ませて言った。

「来たいやつだけ来ればいいさ」

 男は、女の解説を無視した。

 なんでもいいからとにかくここを立ち去りたい。

 女の一言で、いましがた自分にできたばかりの仲間を失いたくもない。が、

「それも、そうだなあ」

 年老いた声が、若い女の声に賛同した。

「そうよね。なんにも難しいことなかったわ。ここへ来るのは簡単だったじゃない」

「そうね」

「確かに」

「そうそう」

 口々に、群衆が、今までの経過をなぞり出す。


「だが、行ってみなかっただけだ。行って違うと分かったわけではない」

 衛兵が、だみ声男の肩を持つような発言をした。

 人々はざわつき、戸惑った。

 だみ声男は、にんまりと笑った。


「さあ、行くぞ」

 だみ声男は力を得て、小集団の先頭に立った。

「そうね、行ってみましょう」

「よし、行って見てきてみようじゃないか」

「行こう、行こう」

「私も見たわ。隣りの橋をほかの集団が渡って行くのを」

「ああ、そうだった」

 人々は、新しい気づきを得て胸を踊らせた。

 別の道のほうが、より良いところヘ通じているように見えるのである。


「待て待て。早まるでない」

 衛兵は、ずっしりと響く太い声で男を呼び止めた。

「なんだい」

 だみ声男はふてぶてしく、そっくりかえるような姿勢で衛兵を見上げた。

「あんたが言ったんだろ。行ってみなけりゃわからん、ってさあ」

「そうは言っとらん」

「じゃあ何て言ったってんだ?」

「おまえの心のなかには、行けば分かるという安易な気持ちと、別の橋のほうが良さそうだという安易な期待が宿っている。が、私は、ただおまえたちが行かなかったという事実を述べたに過ぎず、行けば分かるとは言っていない。行って分かるという保証はどこにもない。また、そちらの方が良いとも言っておらん。ここへ来たのには、ここへ来ただけのそれなりの根拠がある。でなければ、最初からここへは来んだろう。最初から別の道を選んでいたに違いない」

 衛兵の太い声は、群衆の間を縫うようにただよい、人々を畏怖させるのだった。

「けっ。俺はな、利口ぶるのが大嫌いなんでね。好きなようにさせてもらうよ」

 そう言って、だみ声男は、ひとりその場を立ち去り、橋を後戻りして行った。

 小集団の何人かは、少しばかりの期待に賭けて、彼に従った。


 残りの群衆には、多少の疑惑と不安が残った。

 彼らは、どうすることもできずにただ立ちすくみ、飛び出す勇気もなく、だからといって、衛兵の質問にうまく答えるだけの自信も実績も雄弁さも、はたまたその場しのぎの巧妙さも持ち合わせていなかった。



楽しんでいただけましたか?


次回投稿は、3月3日ごろを予定しております。

お待ちください。

よろしくお願いいたします。


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