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天城の扉が開くとき  作者: 路寄りさこ
2/8

<二人目、三人目の主張>

路寄りさこワールドをご堪能ください。

 衛兵は、そう言いながら、門扉の前に群がる人々を一際高い目線で見降ろした。

 人々は、居すくんで息をひそめ、ひたすら指差されないことを願っている。

「さて、」

 群衆の先頭にいた男が、衛兵の目にとまった。

「おまえは何をしてきた」

 男は、一瞬ビクリとして肩をすくめた。

 衛兵の視線が、突然、遠くから目の前に戻ってきたのである。

 それは本当に素早くて鋭かった。

「わ、わ、わ、わ、わたしは……」

 男は震えていた。

「恐れることはない。ただ素直に答えればよいのだから」

 衛兵は、男を落ち着かせようと親切になだめた。

「わ、私は」

「ん?」

「私は……」

「おまえは?」

「私は何も悪いことはしていません!」

 言い淀んでいた男は、この男なりに勇気を奮い立たせ、早口に、一気に言葉を言い放った。

「アッハハハハハハ……」

 衛兵は、身体を揺すって大きな声をあげて笑った。大きな口が顔面に広がるように見えた。

「ひぇぇ」

 男は、衛兵の大きな口と声に脅えて、とっさに頭を抱え込んで身体を縮めてしまった。

「おいおい、どうしたというのだ。さあ、立って顔を見せなさい。ここは警察でも裁判所でもないのだから」

 優しくも厳しくも聞こえる声色がそう言うのが聞こえてくると、男は、衛兵のがっしりとした手の平が自分の腕をつかんで起き上がらせようとしているのを感じた。

「……」

 男は無言で、その手に寄り掛かるようにして立ち上がり、思い切って正面に顔を向けた。

「あっ……」

 男は驚いて息を飲んだ。衛兵は、数歩離れた場所にいて、こちらを見ている。辺りを見回したが、誰かが自分を支えてくれた気配すらない。皆、自分の番が回ってくることに気を取られていて精一杯なのである。

 だが確かに、男の腕にはがっしりとした温もりが残っていた。

 男は、衛兵を見上げた。もう怖くはなかった。そして、

「私は、自分が何をしてきたか考えます。先程の方と同じ門扉に入らせてください」

 と、自ら願い出た。

 衛兵が静かに頷くと、蜃気楼のように川向こうに扉が現れ、男をいざなった。

「道中気をつけて。向こうには、おまえの知人たちもいて首尾よく導いてくれよう」

 衛兵がまた同じように、はなむけの言葉を男の背に浴びせた。

 男は、期待と不安に胸を締めつけながら、橋を渡って行った。


「さあ、質問に答えるがいい。おまえは何をしてきた」

 そこから二番目に並んでいた女に衛兵の視線が移った。

「はい。私は、ハジュオのラガと申します」

 女は、落ち着いて返事をした。慌てる様子もなく、ただ困ったように首を傾げながら、つっかえつっかえ喋り出した。

「私は、その……、何をとおっしゃられましても、そのぉ、とくべつ何をしたわけではございませんし、そのぉ、教養もありませんし、特技もこれといって……。ですから」

 ハジュオのラガは、そこまで言うとしばらく口を噤んでしまった。

「……」

 ハジュオのラガは、助けを求めるように衛兵を見つめたが、衛兵は黙って彼女が再び話し始めるのを待っている。

「……私は……私のいちばんの思い出は」

 ハジュオのラガは、思い出を辿りはじめた。

 衛兵は頷きながら、耳を傾けていた。

「いちばんの思い出は、主人と息子、そして、信仰のことでございます」

「そうか」

 衛兵の相槌が、ずっしりと辺りの空間にただよった。

「はい」

 ハジュオのラガは、歯切れの良い返事をし、それからまた、思い出を辿った。

「主人には、大変良くしてもらいました。また、息子もよく学んで、今では王立図書館の館長をしております」

「夫にも息子にも、たいへん親身に尽くしたようだな。二人とも、快適な環境で自らの仕事を全うできていると、感謝していようぞ」

 衛兵は、ハジュオのラガの生涯を見通して誉めた。

「とんでもございません。私など何も……。かえって、私のほうが尽くしてもらったくらいで。ですから信仰篤く生きられたのです。主人も信仰深い人ですから、私はそれに導かれて、天の御心を信じ、実践してきたのです。今思い返しますと、本当にもっともっと賢明な生き方ができたでしょうにと、無駄ばかりで反省しきりです。

 たくさんの学びもありました。失敗や間違いや辛いことのなかにこそ学ぶことがたくさんあることに気づきました。ですがほとんどなにも答えが出せないうちに、ここへ来てしまったようです」

 ハジュオのラガの瞳が、涙で濡れていた。

「よいではないか。おまえは母親の役目をしっかりはたした。上を見れば切りがない。出せなかった答えはまた次の機会で考えるとしよう。考えることこそが尊い。今気づいたことも別の機会には別の気づきを得るやもしれん。今回はこれでよしとしようではないか。心残りはあろうが、いたく健やかな心残りであるぞ」

「はい」

「おまえは、この扉より入るがよい」

 衛兵がそう言うと、城の門扉の横にひとまわり小さな扉が現れ、そこがギイと鈍い音を立てて開いた。すると中から明るい光がもれて、群衆の視線を一斉に引きつけた。

「おお……」

 あわよくばそこからもぐり込もうとした者もいたが、そばまで行くと、あまりの眩しさに足がすくんで踏み入ることができない。

「さあ、ハジュオのラガよ、行きなさい。行けばすぐに案内の者が首尾よく導き、さらなる導き手に会わせてくれようぞ」

 衛兵の促しに、ハジュオのラガは少し戸惑っていた。

「なにをぐずぐずしておる」

「私ひとりでは、とても……」

「案内人がよく面倒をみてくれるゆえ、心配は無用」

「あ、ありがとうございました」

「礼などいらん。さあ」

「はい」

 ハジュオのラガは、意を決っした途端、自分自身が扉へ向かって流れるように吸い込まれてゆくのを感じた。身体の回りに風が吹いているような、あるいは、身体を風が吹き抜けてゆくような、何とも言えない神秘的な感覚である。


 人々は、先の男二人を見送るときよりも、ずっと多くの羨望の眼差しでもって、ハジュオのラガの行方を見守っていた。

 なぜそう思うのかはっきりとは分からなかったが、ただ感じるままに、自分もせめてあの扉に招かれたい、と一様に思い願っていた。


 ハジュオのラガが光に包まれて見えなくなり、扉がパタリと閉じると、

「ああ…」

 群衆の間からため息がもれた。

 扉は跡形もなく消えた。

 あとには冷たく厳しい空間が、群衆の責務に全てを委ねるように、再び森閑として横たわった。



最後まで読んでいただきまして、ありがとうございます。


お楽しみいただけましたか?


次回の投稿は2月17日ごろを予定しております。

よろしくお願いいたします。


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