喰われ
部活を終えて、帰ろうとした僕は、視線を感じて旧講堂を見上げた。
すでに日は暮れてあたりは真っ暗だ。
県展に出品する絵の仕上げに入っていた僕はうっかり部室に長居をしてしまった。絵は、後少しで完成する。後少しと思って描いているうちに、皆、帰ってしまった。今、僕一人だ。
見上げた旧講堂の窓に何か白い物がよぎった。旧講堂は、この夏、取り壊しが決まっている。誰もいる筈がない。きっと、用務員のおじさんが見回りをしているのだろうと、僕は校門へ向って歩き出した。
(オ……カ、スイ……!)
僕は思わず振り返った。もう一度旧講堂を見る。
窓に誰かいる。ざんばらの髪、白い顔。赤い口が見えた。
だけど、口しかない!目も鼻もない!
僕はその顔に見入った。怖くて目をそらしたいのに、そらせない。
逃げ出したいのに動けない。
顔が近づいてくる、窓から飛び出て、め、目の前に!
赤い口が!
横に広がって、にーっと!
牙だ!
牙が!
「わー!」
僕は逃げ出した。カバンを放り出し、走った。走って走って、校門を駆け抜け、坂道を転がりおり、逃げた。
とうとう、苦しくて道路にへたりこんだ。
「だ、誰か、助けて……」
頭に、肩に何か、かかってくる。雨が降り出したのかと振り返ると、大きく開かれた口が頭上にあった。落ちてくるよだれ。幾重にも並んだ牙。
バクンと口が閉じた。
「ぎゃあああああ」
体に牙が!吹き出す血!内蔵が!腕が!
僕は……、く、喰われ……、た!
翌朝、美術教師は、部員正木昭悟が交通事故で死んだときかされ、部室に正木の絵を見に行った。
正木の絵は完成していた。
絵の下に筆が落ちていた。ちぎれた腕と共に。