9日目『予感』
微妙な仲直りから一夜明けた早朝。
俺は朝食を済ませ学校に行く準備をしたのち、綾崎家のインターホンを押した。
「おはよう秋ちゃん」
爽やかな笑顔で顔を出したのは瑞穂ではなく明日香さん。いつもの黄色のエプロンをしている。
「明日香さん、おはようございます。・・・あの、ところで瑞穂は?」
「ふふっ、あの子はもう少しかかるかな?」
口元に手を当てて上品に笑う。
「まさか寝坊してるとか?」
人に寝坊するなとか言っておいて、自分が寝坊するなんてことは・・・・・・ありうるな。今もベッドの上で気持ちよさそうに寝てたら、置いてく。確実に置いてってやる。
「違うのよ。女の子は色々と大変なの」
「はぁ・・・」
いま一つ理解できないので曖昧に言葉を濁す。
ドタッ、ドタドタドタドタ・・・・・・
「おまたせっ」
瑞穂が息を切らしながら玄関から出てきた。朝から騒がしい奴。
すぐに落ち着きを取り戻した瑞穂を、俺は品定めするように眺める。白を基調とした制服をきっちりと着こなし、どことなく清楚な振る舞いをする様は、流石プリンセスと言うべきか。
無駄だと思いながらもどこかに欠点がないか探していると、彼女と視線が交錯した。瞬きをして呆けた表情を一瞬見せるが、百面相のようにすぐさま表情を変え、睨んでくる。本当に器用だな、おい。
・・・でも、安心した。前の瑞穂に戻ってる。
「なんでもいいからいくぞ。電車出ちまう」
「あ、うん。ママ、いってきます」
「はい、いってらっしゃい」
手を振って俺たちを見送る明日香さんは、いつにも増してにこやかに見えた。
蝉の求愛コールが朝っぱらから鳴り響く通学路を歩きながら、澄み切った空を見上げ伸びをする。見上げた空には輪郭のくっきりとした入道雲が浮いていた。中にラピュタがありそうでおもしろい。
朝からこんなに清々しい気分なのは久しぶりだ。寝坊するという懸念もあったが、どうやら俺は目的があると頑張れる性質らしい。目覚ましが鳴る2分前に起きた。自分を賞賛したいね、心から。
ちらりと隣を歩く瑞穂を一瞥すると、心なしか浮き足立っているように見える。
「瑞穂、今日何かあるのか?」
「何って?」
「満点取れそうなテストが返されるとか」
「別にないけど?何でそんなこと聞くのよ」
「・・・いや、なんでもない」
「?」
瑞穂が不思議そうな顔をして覗き込んでくるが、俺はこれ以上何も言わず、代わって瑞穂が嬉々として話しかけてきた。
「高校に入ってから、こうやって二人で登校するのは初めてよね?」
「ん?確かにそうだな」
いかにも今初めて気がついたというように答えたが、俺はいつも瑞穂と違う時間に登校するよう心がけていた。でないと俺たちが付き合っていると勘違いされかねない。そんな恐ろしいことは御免だからな。
「これから毎日こうなるのよね?」
「バカ、期間限定だ。・・・・・・って聞いてねぇし」
瑞穂は一人呟いてはにやにやし、こっちの話になど微塵も気にかけてはいなかった。思わず俺は嘆息し、晴れ渡った空を仰ぎ見る。スズメが2羽、じゃれ合うように飛んでいた。
込み合って息苦しい電車を浦浜駅で降り、通勤するサラリーマンに混じって改札口を抜ける。芋洗い状態の駅から無事脱出し、しばらく歩くと、いつの間にか登校する生徒の数も増え、前方に校門が見えてきた。
何事もなく校門を抜け、校舎を目指す。
その間、瑞穂と他愛もない話をしているのだが、
――?
何か感じる。こう、羨望というかジェラシーというか・・・・・・・・・あ、殺意?
こっそりと目だけで辺りを見回した。明らかに注目を浴びている。さりげなく覗き見る者や、立ち止まってヒソヒソ話をする女子、文庫本が手から落ちるメガネの坊ちゃん刈り等々。三者三様のアクションを起こす。
その中でも男子生徒の視線が身体中に痛いほど突き刺さり悪寒が走るが、あえて何も気付いてないかのように平然と振舞う。
想定の範囲内だ。なんせ我が校のプリンセスと登校しているのだ。怪訝な眼差しを向けられて当然だろう。
(誰だよあいつ。なんで綾崎さんと登校してるんだ)
(知らねーよ。それにしても羨まし、もといムカつくな)
(僕たちの瑞穂ちゃんを・・・)
(コロスコロスコロスコロス・・・・・・)
「どうしたの?秋人」
「・・・・・・いや、なんでもない」
明らかな身の危険を感じる。俺のシックスセンスが逃げろと叫ぶ。
俺は朝から汗だくになっていた。決して夏の暑さからくるものでないことをここに記そう。
やっと昇降口まで辿り着くと、瑞穂に声をかけた。
「じゃあ、俺こっちだから」
「うん。先に帰らないでよ」
「・・・わかってる」
正直一緒に帰るのはご容赦願いたいが、そうも言えない立場にあるので、俺は静かに祈った。
――犯人が早く捕まりますように。
大またで教室まで闊歩する。注意していないと今にも顔がにやけそうだ。秋人と仲直りできたことが嬉しくて昨日はよく眠れなかったが、そんなのは気にしない。
友人にあいさつしながら席に着き、両腕で頬杖を突く。足は空中でブラブラとだらしなく振られている。
「おはよう瑞穂。それにしても・・・・・・あんた分かりやすすぎ」
振り向いた有紗が呆れた声で言う。
「え、なにが?」
「秋人っちと仲直りできたのね?」
「・・・まあね」
そう答えると、有紗は尚も半眼で恨めしそうに見つめてくる。私、寝癖でも立ってる?
「そんなににやけた顔してると男共に怪しまれるぞ。もうちょい顔引き締めろっ」
有紗が急に私の頬を両手で引っ張った。
「やえへっへは、ほっへがおひひゃうほ〜」
必死に抗議するが、つむいだ言葉はうまく具現化されなかった。
有紗は手を離し、「あははは、瑞穂が元気だから別にいいか」と満面の笑みを浮かべた。
涙目でほっぺを押さえる。
――いいなら最初からそう言ってよ。
そう思うが、友人の嬉しそうな顔を見てると、文句を言う気も失せてしまった。
――昼休み。
秋人を呼びに1年の校舎へと向かう。もちろん昼食に誘うためだ。これまでも適当な理由をつけては一緒に弁当を食べていたので緊張はない。
1年3組の教室を覗く。上級生が1年の教室に来たために怪訝な視線が集まるが、その中に秋人の視線はなかった。
――どこ行っちゃったんだろう。
これまでも捕まえられないことがしばしばあった。そんなとき秋人は何処で何をしているのだろう。それとなく探りを入れてみたが、その度にはぐらかされてきた。少々おもしろくない。
諦めて嘆息し、自分の教室に引き返そうとしたとき誰かに呼び止められた。
「綾崎先輩」
振り向くと、秋人の友達が目の前に立っていた。
「倉本司君よね?」
背が高く凛々しい顔つきをしている彼は女子生徒の注目の的なので、一目で誰かわかった。まぁそれだけが理由でもないんだけど。
「ええ。あの、どうしました?」
「秋人に用があったんだけど、いないみたいだからいいわ」
司君は眉根を寄せる。
「おかしいですね・・・。秋人は綾崎先輩に伝言を頼まれたっていう先輩に、校舎裏に来るよう言われたはずですけど」
「えっ?私そんなこと頼んでないわよ?」
胸がざわつく。
「嫌な予感がするんで俺は行きますけど、先輩はどうしますか?」
「行くに決まってるじゃない!」
私が返答する前に、司君は動き出していた。私の考えは予想済みって訳ね。可愛くない。
司君に促され、二人で廊下を駆け出した。
課題とシンクロと執筆とに追われなかなかのハードスケジュールをこなしている今日この頃。
ども、クロノススムです。
文化祭(シンクロ公演)を来月の頭に控え、練習もいよいよラストスパート。俺も結構多忙なんです。
というわけで、執筆のスピード落としますね。どうかご理解のほど・・・。




