6日目『天邪鬼』
今回は瑞穂視点です。
私は教室に着くや否や、わき目も振らず自分の席に座る。そして机の上で腕を組み、顎を乗せて一人悶々としていた。
「みずほぉ〜、何朝からぶすっとしてるのよ。それじゃあ、せっかくの容姿も台無しじゃない」
前の席からそう声を掛けてきたのは倉本有紗。私と同じ2年6組の生徒で、背が高く、髪はショートカット。元女子バスケ部で、いかにもスポーツマンらしいスレンダーな体躯をしている。なんでも成績が良好ではないらしく、親にバスケ部をやめさせられたんだとか。彼女とは1年のときも同じクラスで、私の良き相談相手であり、私の親友。少なくとも私はそう思っている。
「べっつに」
「おんやぁ?彼と何かあった?」
うっ、相変わらず鋭い。
「あ、秋人とは何もないわよっ」
「別に私は“秋人”なんて一言も言ってないけど?」
「・・・・・・」
有紗といるとどうしても有紗のペースに乗らされてしまう。いつも誘導尋問に引っかかってばかりだ。
「で、なんかあったんでしょ?隠してないで話しなさいよ」
にやけながら肘でつついてくる。
「はぁ〜・・・」
この3日間を思い出し、溜息が漏れた。
――秋人が悪いんだから。
お風呂、覗くなんて。
一瞬何が起きたのか解らなかった。いきなり扉が開いたかと思うと、そこには秋人が立っていて。
しかも裸で。
そう、ハダカで・・・・・・。
それにしても・・・・・・逞しかった。湯気でぼやけていた秋人を思い出す。全体的に引き締まった体躯、厚い胸板、割れた腹筋。幼少時のそれとは比べ物にならないくらい男らしくなっていた。
そういえば秋人も・・・私の、見たんだよね。どう思ったんだろう。
その後は怒りに任せて制裁を加えたけど、恥ずかしくて土日は顔を合わせることもできなかった。それなのに秋人は私に必要以上に近づくし・・・。実に心臓に悪い休日だった。
「顔赤いぞ〜」
頬杖を突いて私を覗き込んでいた有紗が指摘する。
「へ?・・・・・・ああ、えっと、熱でもあるのかしら?」
「小学生染みたこと言ってないで早く話す」
「はい・・・」
私はしぶしぶ事の顛末を話して聞かせた。
「なるほどねぇ〜、それは秋人っちが悪い。でも、可哀相じゃない?今頃秋人っち泣いてるかもよ〜」
「そ、そんなことは・・・・・・だって、しょうがないじゃない」
頬を膨らませる私に有紗は助け舟を出す。
「まぁ、瑞穂の気持ちもわからないでもないけど」
「でしょう?」
ここぞとばかりに頷く私を見て、有紗はやれやれといった表情を見せる。
「あのねぇ、そんな風にいつまでも天邪鬼でいると、秋人っち他の女子に盗られちゃうよ」
「えっ?」
「結構狙ってる女子いるの知ってた?」
「知ってるも何も、わ、私には関係ないじゃない」
有紗はあからさまにげんなりした表情をする。
「それが“天邪鬼”だって言ってるのよ」
――むー。
「睨むな睨むな。瑞穂は秋人っちのこと好きなんでしょ?」
「だ、だれが――」
「だぁめ。瑞穂はなにかと秋人っちのことばっか話すから、嫌でも解るって」
私そんな自覚なかったんだけど・・・。
有紗の表情が真剣みを帯びる。
「で、好きなの?」
有紗の問いに対して迷った揚句、こくりと小さめに頷き、一言。
「好き、かな・・・」
「まったく、もう少し早く話してほしかったな」
「ごめん・・・」
本当は誰にも言う気はなかった。事実、この気持ちを吐露したのは今日が初めて。それでも有紗には薄々感づかれていたみたいだけど。あと、ママも。果たしてこの二人に隠し事ができるのだろうか。
有紗は、うつむく私に「しょうがないわね」と言うような笑みを向ける。
「とにかく、一刻も早く仲直りすること。いいわね?」
有紗の言い聞かせるような口調に、私は頷くしかなかった。
――放課後。
有紗に言われたことを頭の中で何度も反芻しながら昇降口を出る。
――仲直り、か・・・。
正直言って難しい。秋人の顔を直視することもままならないのに、会話し仲直りまで漕ぎ着けなくてはならないのだ。必ずしも対面して話す必要はないのだが、電話やメールでは相手に失礼だ。それにこんな精神状態で仲直りなどできるのだろうか。そもそもの原因はあちらにあるにせよ、一方的に暴力で訴え、その揚句無視し続けたのだ。秋人が快く思っているはずがない。
ふと思う。自分はこんなに純情だったっけ?
今日何度目かわからない溜息をつき、うつむいていた顔を上げる。
秋人が門柱に寄りかかって立っていた。
心臓がドクンと音を立てる。風呂場の映像が脳裏にフラッシュバックされ、顔が火照るのがわかった。
――ダメ、これ以上耐えられない。
顔を逸らし、校門を通り過ぎる。
そのまま早足で逃げようとしたとき、
「ちょ、ちょっと待てよ!」
彼に呼び止められた。
思わず立ち止まってしまい、ネジがきれかけたブリキのおもちゃのようにぎこちなく振り返る。
「何?」
こちらの心情を悟られまいと、ついつい低い声を出してしまった。
「あ、いや、その、えと・・・」
彼の言いよどむ姿を見ながらも、内心でビクビクしていた。
もし心の狭い女だと思われていたら?もしも嫌いだと言われたら?
そう思うと、この先にある言葉を聞きたくなかった。
彼の口が開きかけては閉じる。それが何度か繰り返されたのち、
「一緒に帰っても・・・いい、か?」
――えっ?
秋人は今なんて言ったのだろう。「一緒に帰る」確かにそう聞こえた気がする。あれだけ私は秋人に辛くあたってしまったのに、それでも一緒にいてくれるのだろうか。
心の奥から嬉しさがこみ上げてくるのを感じた。
「いい――」
「「「まてぇぇぇぇぇい!!!」」」
口から紡ぎ出されるはずの言葉は誰かの怒声によって掻き消された。
呆然としている私をよそに、次の瞬間秋人は変な集団に囲まれ、滑稽な子供染みたパフォーマンスが繰り広げられる。そして彼らは怒涛の如く秋人を連れ去っていった。
正気に返り、一人地団太を踏む。
「もうっ」
神様っていじわるだと思う。
どうも、黒野晋です。
今回からちょくちょく瑞穂視点で物語を構成していくことに決めました。
それはいいとして、二日後に迫ったテスト。のりきれません。
夏休みの課題、終わりません・・・・・・。