4日目『湯煙殺人事件』
――放課後。
校門に行くと、すでに瑞穂が待っていた。
「遅い」
瑞穂は腕を組み、足を肩幅に開いて俺を睨んでくる。
「はぁ?これでも授業終わってすぐに飛び出してきたんだぜ?」
絶対に俺のほうが早いと思ってたのに。こいつ「どこでもドア」持ってるんじゃないのか?
「・・・・・・それって、私を待たせないように?」
「そうだけど・・・」
「ふぅ〜ん・・・まぁいいわ。行きましょ」
あれ?怒らないの?瑞穂の態度に違和感があるが、怒られなかったので結果オーライ?瑞穂も自分の理不尽さに少しでも気付いてきたのか?
「なぁ、」
加減を知らない太陽が照り返す中、俺は隣を歩く瑞穂に呼びかけた。
「何?」
さすがに瑞穂もこの暑さに参っている様で、言葉にいつもの覇気が篭っていない。
「わざわざ買出しするほど食材切らしているのか?」
瑞穂はあごに手を当てて考える素振りを見せる。
「そうね・・・、ないわけじゃないけど、ちゃんとしたものは作れないかな」
「別に簡単なものでも俺はいいんだけど・・・」
「秋人がよくても私は嫌」
「そーかい・・・」
近所のスーパーに立ち寄る。自動ドアが開くと共に中のひんやりとした空気に包まれ、遅れてスーパー特有の匂いが鼻を突く。瑞穂は買い物籠を手に取ると、生鮮食品売り場に足を進めた。
「瑞穂、荷物持ちくらい俺がするよ」
そう言って買い物籠を分捕る。
「あら?たまには気が利くのね」
「たまには余計だ」
瑞穂がくすっと笑う。
「で、今日は何作るんだ?」
「そうね・・・暑いから冷やし中華にでもしようかと思ったんだけど。それと、野菜炒めにビシソワーズスープでいいかな?」
「夏らしくていんじゃね?」
聞きなれない単語があったが、食いもんであることには違いなさそうなのでスルー。正直なところ、俺も冷やし中華が食べたいと思っていた。
「じゃあ決まりね」
瑞穂は嬉しそうに微笑むと、胡瓜を籠の中に放り込んだ。
「瑞穂、これ買って?」
「ダメ。必要ないでしょ」
瑞穂は俺が差し出したポテチを容赦なく棚に戻した。
「ケチ」
俺は唇を突き出す。
「秋人はいつまで経っても子供のままね」
瑞穂は溜息をつき、やれやれと手を振る。
「ポテチくらいいいだろ」
瑞穂は俺の抗議の声を無視し、すたすたと歩いていく。俺の楽しみを奪いやがって・・・。夏季限定の新作が出たから食ってみたかったのに。俺はカルビーを恨めしそうに睨むと、やがて諦めて瑞穂を追いかけた。
「おい」
俺が後ろから声をかけると、瑞穂が少しびくっとなって固まる。
「なに?」
「さりげなくプリン入れてんじゃねーよ」
籠の中からプリンを取り出し、目の前で振る。
瑞穂はすばやく俺からプリンを奪取すると、
「こ、これはいいの」
「どうして?必要ないだろ」
「必要なのっ」
瑞穂をじーっと睨む。
「・・・・・・ったく」
――けっ、自分だって子供じゃねーか。
理不尽だ。ポテチとプリンの必要性の違いが俺には理解できない。まったく、瑞穂は昔から甘いものに目がないよな。普通にケーキ3個もいっきに食うし、昨日だってパフェ2つも・・・。うぇ、考えただけで吐き気がする。日常的にあれだけ食ってたら普通太るだろ、なんなんだよあのボディライン。
その後、プリンの入った買い物籠はそのまま無事にレジに通されたのだった。
夕食も滞りなく終了し、今は夜の11時。綾崎家のリビングで、画面の中のベテランお笑い芸人を虚ろな目で眺めながらまどろむ。さすがに昨日の夜寝てないだけあって瞼が重く圧し掛かってくる。
夢の世界へダイブする5秒前、遠くから瑞穂の声が微かに聞こえてきた。
「秋人〜、私お風呂入るから〜」
「・・・ん〜」
眠い。今朝の数倍眠い。
あー宿題やらなきゃなー、とか、数学担当の山崎ウザいんだよなー、とか思いながらもこっくりこっくり。
――も、ダメ・・・秋人、逝きます・・・・・・。
前のめりになり、そして・・・
ごつん
おもいっきりテーブルに頭をぶつけた。
「・・・・・・痛い」
おでこを抑えて辺りを見回す。
――ここ、どこ?
眉間にしわを寄せて考えること数分・・・。
綾崎家で飯を食ってたことを思い出した。
「瑞穂〜?」
返事がない。すでに時計の針は11時を3分程過ぎている。
――寝たのかな?
昼間かいた汗がべったりと肌を濡らす。ベタベタして気持ち悪い。自分の身体を見て風呂にも入ってないことを思い出し、頭をかきながら脱衣所へ向かう。
明日香さん曰く、水道代とガス代がもったいないとの事で、時々は綾崎家の風呂を借りている。今更自宅の風呂を沸かすのも面倒なので、今日は借りさせてもらうことにしよう。
脱衣所のドアを開けると風呂場の電気が点きっぱなしになっていた。
本当はこのあたりで気付くべきだったのだろう。しかし、今の俺のろくにまわらない頭では、消し忘れ程度にしか発想できなかった。
服を脱ぎ、戸を開けた。
もわっとした湯気が俺を包み込む。
「「あ」」
湯煙の先でお湯に浸かっていた人物と台詞が重なる。
火照った身体。僅かに上気した頬。濡れた髪・・・。
――天国?
ありえない光景に半ば呆然としている俺。
口をパクパクと魚みたいに開閉していた瑞穂がやがて正気に返り、胸を押さえた。
「・・・あ、ああ、秋人の・・・すけべ―――――っ!!」
若い雄に裸を見られた若い雌の悲痛な叫びが、狭い風呂場に反響した。
怒声が俺の眠気を吹き飛ばし、急いで扉を閉める。
正気に戻った俺の顔を冷や汗が伝う。
このとき、本気で思った。
――こ、殺される・・・!
どもども、黒野です。
自己紹介にも書いてありますが、ワタクシ、シンクロ部に所属しています。
あ、どーでもいいですね。