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37日目『逢う魔が時』

「遅いぞぉー秋人っち。一時間の遅刻だ」


 小川を下り片瀬家別荘付近の海岸線に戻った俺たちに、バケツを持った有紗先輩が憤然と話しかけてきた。無論、バケツの中では大漁と言っても差し支えないほどの魚が窮屈そうに泳いでいる。


 俺が無言でナップサックから水の入ったペットボトルを差し出すと、有紗先輩は引っ手繰るようにそれを奪って喉を鳴らしながら飲み始めた。


「…っぷはぁ、とにかく秋人っち。君の夕飯は抜きということで異論はないな……って、どうしたのそのほっぺ。また綺麗な手形だこと」


「別になんでもありません。遅れてすみませんでした」


 頬を隠すように押さえながら、俺は仏頂面で答える。


 有紗先輩は俺と俺の後方にいる二人を交互に何度か見比べた後に、俺の大嫌いなニヤついた笑みを浮かべた。


「ははぁ~ん、さては秋人っち、また何か面白いことやらかしたな?ほら、なにがあったの?お姉さんに話してみなさい」


「遠慮します」


 俺はにべもなく返し、さっきから姉の後ろで釣竿二本抱えて水を飲みたいと視線で訴えかけてくる弟にペットボトルを渡そうとすると、有紗先輩がガッチリと肩を組んでそれを阻止した。司の耳がしゅんと垂れたような気がした。


 有紗先輩は俺の耳元で囁く。


「もし何があったか話してくれたら夕飯の件はチャラにしてあげよう。それにさっきからツンツンしてる御二方のフォローにも回ってあげれるよ?ほら、どーせ後から吐くんだしさ。今吐いたほうが楽だよ?」


 この先輩はただ面白がっているだけだ。その証拠に、新しい玩具を見つけた時の子供の、とびっきり獰猛な瞳をしている。しかし新しい玩具をねだる子供の粘着力がすごいものであるように、有紗先輩はそれにまた拍車をかけて凄い。きっとあの手この手で吐かされるであろうことは目に見えていた。


 俺はやがて観念したように大きくため息をつくと、事の顛末を掻い摘んで説明した。


 話を聞き終わった有紗先輩は笑顔で一言。


「ふむふむ。それは役得だったね」


 ふざけるな災難だ。しかし彼女の言っている通りに思っている自分もいて、それが悔しかった。







 俺は今日何度目かわからない水汲みへと出かけていた。俺以外の四人は、探索班が今日半日かけて収穫した“食べられそう”な果物と、フィッシング班が獲った大量の魚で夕飯の仕度をしている。できれば俺もそちらに混ざりたかったが、そうは問屋が卸さなかった。


 まず何をするにも水は必要不可欠で、水汲みをする係りが一人は必要だし、俺には有紗先輩との約束を破った落ち度がある。瑞穂は裸を見られたこともあってかご機嫌斜めだし、片瀬に至っては目が合うとすぐに逸らされて、常に二メートル以上の間隔を取られる始末だ。司はというとやけに疲れた顔をしていて、この炎天下の中の釣りが堪えたことも一因だろうが……。


 いや違う。


 俺は手を合わせ一人で呟く。


 きっと有紗先輩に体力を根こそぎ持っていかれたのだ。有紗先輩はなにかと司にちょっかいを出したがるので、姉のそういうところが苦手な彼としては、あの二人っきりの釣りが想像以上に辛かったものと推察される。


 俺は再度手を合わせせめてもと、頑張った戦友に念仏を唱えた。


 そんなしがらみ渦巻くこの状況では、どうしたって俺が水汲み人員に駆り出されなければならないのであった。


 ため息をつき、空を仰ぐ。


 時は夕刻。背の高い木々の間から見える西の空は、微かに白み始めていた。あと半時もしないで空は茜色に輝きだすことだろう。きっと島の西側から見る水平線は絶景なのだろうなと、幻想的な世界になんとなく想いを馳せた。


 そうしているうちに滝つぼに辿り着くと、背負しょっていたナップサックから六本のペットボトルを取り出し両手に一本ずつ持って、滝に向かって手を差し伸べた。冷えた水が両腕の体温を奪っていく。


「あー気持ちぃー……」


「霧宮様」


 すぐ耳の裏側から名前を囁かれ、俺は文字通り飛び退いた。思わず水の中に尻餅を搗き、全身を水浸しにしながらも後ろを振り向いた。さっきまで手に持っていたペットボトルはゆらゆらと水面を漂っている。


 はっとする。なぜ、どうして、お前が。


「な、なんで……」


「なんで、と言われましても質問の意味が正確には取れませぬゆえ、推測でお答えすることになるのですが……きっと“なんでここにいる”と仰りたいのでしょう」


 対顔する様相だけはいっちょ前の老紳士は、きれいに整えられた口髭を撫で付けながら、したり顔で片目を瞑った。


 そいつは俺からの反応がないと判断すると、続けてこう言った。


「わたくしは片時も、緋那お嬢様の御側を離れてはおりません。お嬢様に万が一のことがあれば、旦那様に申し訳が立ちませんし、なにより」


 半ば沈みかけていたペットボトルを拾い上げる。それを何度か横に回転させるように振って中に入っている水を捨てると、また水を汲み始めた。


「なにより、彼女は私にとっても宝物でございます」


 白髪の初老は少し恥ずかしそうに笑っているように見えた。


 俺はもう一つのペットボトルを拾い上げると、彼に並んで水を汲みなおし始める。


「で、狩谷さんは俺にそんな恥ずかしい台詞を言うために会いに来たんですか?大事な大事な片瀬さんから離れてまで」


 驚かされたのが少し気に障ったので、嫌味を込めて返してやった。


 狩谷は満杯になったボトルにキャップを閉めると、空の容器に手を伸ばした。


「いいえ違います。大事な大事なことを霧宮様にお伝えするために」


 彼はゆっくりと、言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「わたくしが皆様のため、いえ、緋那お嬢様のためにご用意したこの旅行の最大の目的が、このすぐあとに控えております。霧宮様にはこの計画に一役買っていただきたいのです」


「また頼みごとですか?正直もううんざりなんですけど」


 俺はこれ見よがしに唇を突き出した。


「……でも、片瀬さんのため、なんですよね?」


「その通りにございます」


 狩谷は真剣な顔で頷く。


 突き出した唇を横に引き伸ばし、にひっと笑った。


「ならしょうがないですね。計画って何ですか?」


 狩谷は少しほっとしたように頷くと、


「霧宮様のご協力、心から感謝いたします。……おお、そうでしたそうでした」


 急に何かを思い出したように手をポンと打った。


「片時も離れなかったと申し上げましたが、お二方の裸身を見たのは霧宮様だけでございますゆえ、どうぞご安心なさってください」


 狩谷はやはりどこまでも食えないやつだった。


大学に入ってからというもの予想以上にパソコンを開けません!そもそも自宅に帰ってこれません(汗)

能書きはさておき、実は話がもう2~3話ずいぶん前からあるのですが、使いどころがわかりません。秋人と瑞穂の出会いとか夢の話とか…。

今後の進展次第で使うかどうか決めたいと思います。

できるだけ早いうちに次話上げたいなあ・・・。

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