34日目『滝発見!』
葉と葉のさざめく音に混じり微かに聞こえる。さわさわと、言葉では表現できない、聞いているだけで涼しくなるようなあの音。
「あ、秋人!?」
瑞穂の声を背に俺は走り出した。
無数に林立する熱帯樹を掻き分け、不安定な足場に転びそうになりながらも走った。
間違いない。土の感触。冷ややかな空気。期待は着実に確信へと変わっていく。
不意に視界が開けた。と同時に、確信は喜びに変わった。
――あった。
人二人分くらいの高さから絶え間なく落ちる水。それが直径十メートルほどの滝つぼに次々と吸い込まれていた。
「滝だ…。水だ…!いよっしゃぁぁぁ!!おーい、瑞穂!片瀬さん!」
「ちょっと秋人ったらどこまで行く……え?」
「き、霧宮君置いてかないでくだ……あ」
俺はくるりと二人に向き直って、両腕を腰にかけ胸高々に、
「どーだスゴイだろう偉いだろう。微かに聞こえる滝の音を頼りにここを見つけた俺様の、なんたる偉功。功労。勲労!これを機に瑞穂は俺を見直し、いや違うな……敬い!崇め奉るべし!片瀬さんは……褒めてくれると嬉しいかな」
――キまった。この気持ちはなんだろう。この気持ちはなんだろう。ああ、久しぶりに俺カッコいい。
俺がわずかばかりの功績に一人酔いしれていると、腰にかけている両腕が急に圧迫され、重くなった。
「秋人偉い!今回ばかりは素直に見直すっ」
「霧宮君スゴイです!やっぱり頼りになりますっ」
予想外の事態が起きた。二人に両側から抱きつかれている。片瀬さんだけでなく瑞穂さえもがデレた。ここまで反応が素直だと逆に怖い。
「え、え?あの、ここはなんかしらツッコむところじゃ……」
「私もうヘトヘトだったの。喉はカラカラだし。だから秋人には感謝感謝」
「はい。私も実は限界で…。もうちょっとで弱音はいちゃうとこでした」
二人はなおも猫のように擦り寄ったままだ。上にパーカーを羽織っているとはいえ、その下は水着一枚。もう何も言うまい。
「ああ、両腕が幸せでいっぱい」
漏れた。口から漏れた。
全身からさあっと血の気が引く音がしたかと思うと、二人がバっと身を引いて胸を押さえる。
「「えっち」」
二人はきれいにはもると、じと目で俺を睨んできたのだった。
秋人は水分補給を終えると、そそくさといなくなった。有紗たちにこの場所を知らせるためだと言っていたが、実際はどうなんだか。どうせいたたまれなくなって逃げ出しただけだろう。
残された私と緋那ちゃんはこの周辺の探索と食料調達を任されていた。
「不思議ですね」
「え?」
食べられそうな果物がなっていないか木を見上げていると、隣で同じく見上げていた緋那ちゃんが口を開いた。
「あの滝です」
「滝?」
緋那ちゃんは見上げるのをやめ、それほど高くはない滝を見つめていた。
「滝がどうかしたの?」
「はい。こんな小さな島のどこから水が流れてくるんでしょうか」
「ううん…、私にもわからないなぁ。こういう自然の摂理に詳しいわけじゃないし」
それほど高くはない滝のてっぺんは背後にある空の薄い青と混ざり合って、まるで空から水が流れ落ちてきているかのように見えた。
陽光が射す滝つぼも幻想的で、ここだけぽっかりと開いた空間は、木々が光を遮っている周りの空間のせいもあるが、眩しいくらいの光に満ち満ちていた。
水面に光が反射し、時折水鳥が水面を揺らす。
見ているだけで心が安らぐような、なんとも心地よい空間だった。
「でも、そういうのはわからないけど、自然ってすごいなぁってのは見てるだけでわかるかな」
少しはにかみながら緋那ちゃんに視線を向けると、彼女は欲しかったおもちゃを買ってもらった少女のような横顔をしていた。
「私、あの街から出たことってあまり無くって。ましてやこんな風に友達と旅行するなんて経験は今までありませんでした。潮騒も、砂浜も、滝も、いつも病室のテレビの中でしたから。だから」
緋那ちゃんがこちらを向いた。
「今すごく楽しいんです。みんなと、綾崎先輩とここで過ごせて」
そう言う緋那ちゃんの顔はすごく晴れやかで、この子はなぜこんなにも人を幸せにできるのか。
素直で、健気で、優しくて。
自分とは正反対の女の子がそこにいた。
――秋人もきっとこういう子が好きなんだろうな
目の前の彼女が羨ましくて、素直じゃない自分が妬ましかった。
「先輩?」
不思議そうな顔で緋那ちゃんが見つめていた。
「あ、ごめん。なんでもないの。私も緋那ちゃんと来れてとっても楽しい」
自分は今、素直に笑えただろうか。
緋那ちゃんは少し照れたような顔で笑い返してくれた。
「あっ、そうだ。せっかくだから水浴びしない?さっきから汗で体中べとべとだし」
「えっ?でも霧宮君たちに悪いんじゃ……」
「いいのいいの。秋人もちょうどいないんだし今のうちに、ね?」
緋那ちゃんは少し迷っていたようだが決断は早かった。
「はい!」
満面の笑みを乗せた元気のよい返事が返ってきた。
「よーし、じゃあせぇのでジャンプね!」
「えっ?ちょっと待って心の準備が――」
「せぇーの!」
「あっ……」
じゃぼん。
二人分の水音が森の中にこだまする。
水に浸かった足首から、きーんと頭のてっぺんまで冷気が走った。
「「つめたい」」
図らずとも同時に出たその言葉に、二人で笑い合った。




