31日目『楽観視』
緋砂島に来て早々、あの一見クールで近づきがたい、一応俺の親友である司と、その姉で、天真爛漫と傍若無人を足して二で割ったような人である有紗先輩。その二人が姉弟であるという事実を知らされた。
またその日のうちに、寝ぼけた瑞穂と図らずして唇を重ねるというアクシデントに見舞われることになる。
俺はなんだか一気に年老いた気がしないでもない、一言で言うと濃い一日を過ごしたのだった。
そして昨日、俺はとんでもないことを狩谷から聞かされた。
それはよく言えば、人に頼りきった生活を余儀なくされていて、またそれを甘んじて享受している俺たち現代っ子への経験の場の提供であり、狩谷なりのサプライズで優しさである。が、アンチテーゼは恐ろしいものだ。実際には、育児放棄をした母親ライオンが我が子を崖から突き落として「あとはどうぞ勝手にやってね」と言わんばかりの不条理なことなのだ。
職務怠慢、と言う言葉が正しいかはわからないが、ご主人様の身の安全を仰せ付かった狩谷としては、過失を問われても文句は言えないのではないかと思う。
要するに狩谷は昨日何を言ったのかというと、私はこの島からいなくなりますから後は残った皆様でどうにか生活してください、ということだった。
その話を聞いた俺は一瞬耳を疑ったが取り乱しはしなかった。
よくよく考えてみればこの旅行行程から考えて、一晩を保護者なしで過ごせばいいだけだし、仮に一週間くらい放置されたとしても、この別荘には十分すぎるほどの食料と、生きていく上では必要不可欠な水もあるのだ。
何も心配することはない。ただのちょっとしたレクリエーションだ。
と、内心安心しながらも一応、狩谷の話をぶすくれた風を装って聞いていた俺だが、果たして狩谷という迷惑さでは有紗先輩に引けをとらない老人は、そこまで優しくはなかった。
それを今になって如実に実感し、己の浅はかさを呪った。
旅行三日目。異変は突如起きた。
太陽も真上に差し掛かった頃に、昼食を取るために片瀬の別荘に戻ったときのことだ。
その日は朝からマリンブルーの海へと駆り出し、足元が透けて見えるほど透き通った海水の中ではしゃぎ回っていた。昨日も日が暮れるまで遊んでいたのに、まだそんな体力があるのかと感心するほどに。
もちろん、朝早くから文字通り叩き起こされた男子連中は不満たらたらだった。しかし、そこら辺で拾った貝殻を笑顔で突き出してくる瑞穂を見たら、どうしても憎む気にはなれず、だから俺も司も、お互いの緩んだ顔を馬鹿にし合っては、無意味に競泳して汗を流した。俺もなんだかんだ言って浮かれているのかもしれない。
女子も女子でサンゴ礁の欠片を拾っては喜び、足元を縫うようにして泳ぐ小魚を見てはきゃっきゃとはしゃいでいた。
そんなことをやっていたもんだから、正午には皆はらぺこになって戻ってきたのだ。
水着のままの俺たちは髪の毛も身体も湿ったまま。バルコニーの床は滴った雫で濡れている。その水滴の跡が急激に乾いてくのが見てわかるくらい、太陽の熱で熱せられた床は熱くて、皆足踏みしている。裸足で立つには砂浜も床も辛くて、早くも海の中に足を浸けたい衝動に駆られた。
有紗先輩が「今日のご飯はなっにかな〜」とハミングを交えて上機嫌で玄関のノブを回して、怪訝な顔に変わった。
「ねぇー、このドア開かないよー?」
先輩が振り向くと、瑞穂が「私に貸してみなさい」とノブを回してはガチャガチャと引っ張った。
「……ほんとだ開かない。狩谷さんが閉めたのかしら?ねぇ緋那ちゃん。ここの鍵持ってない?」
「ごめんなさい。鍵は全て狩谷が管理していて、私は持ってないんです」
片瀬は申し訳なさそうに胸の前で手を組んでいる。
「そう……。じゃあ狩谷さんは何か言ってなかった?」
「いいえ、何も言ってなかったと思います」
「そうよねぇ……」
瑞穂が思案顔で腕を組む。
「じゃあめんどくさいけど、鍵が開いてる窓探して入るか狩谷さん呼んでくるしかないね」
有紗先輩が腰に手を当てて溜息混じりに言って、俺、司と視線を巡らした。
俺は次に先輩が何を言うかだいたい予想がついて、司に恨めしい一瞥をくれてやる。司も然り、だったが。
「ほら秋人っちに司。何してるの!秋人っちは家の周り一周!司は狩谷さん見つけてくる!ぼさぼさしてると、ここにいるか弱い少女三名が飢え死にしちゃうんだから」
有紗先輩は胸の前に手首の力を抜いたまま両手を持ってくる。日本の幽霊のマネだ。そして目を細めておどろおどろしくこう言うのだ。
「そしたら化けて出てやるぞ?」
俺がなんて反応したらいいのかわからなくて、しばらく固まっていると、
「少なくともお前は少女じゃなくて大女だろ」
司がバミューダのポケットに手をつっこんだまま、そっぽを向いてぼそぼそと呟いた。
「あ゛?なんか言った?」
「いいえなんにも」
有紗先輩の凄みを尻目に、司は片手を上げ億劫そうに二三回振って、今来た浜辺のほうへと引き返していった。
「秋人っちも早く行く!」
「えー……」
無言で睨まれた。有紗先輩はそれなりに端正な顔つきをしているので、それはそれは怖い顔になっている。
「へ・ん・じ・は?」
「マッハで」
「よろしい」
そう言ってにこりと笑った。
――むちゃ言うなよ……
思ってても口に出さないのが上手な生き方。昔瑞穂のお父さんが言ってたことを思い出す。うん、無理だ。
「じゃあ先輩方は……ああ、男子より体格がよくてか弱い先輩方はどうぞ日陰でお休みになっていてください」
たっぷりと嫌みったらしく言って、後ろに罵声を浴びながら俺はその場を離れた。
それにしても、甘く見ていた。別荘があるから大丈夫とか、そんなもんじゃなかったんだ。
してやられた歯がゆさで唇を噛む。
俺だけは、今のこの状況が何を意味しているかわからないわけではない。狩谷が“戸締りを忘れる”なんてミスを犯していることに期待しながら、最初の窓に手をかけた。
いよいよセンター試験まで一年を切ってしまいました…。まずいまずいまずい。
最近は学校行ってバイトしてその金で塾行って家帰って寝る、みたいな生活が習慣化してきました。
はい、どうでもいいですね。それよりも小説です。3ヶ月ちょいです。休載期間。ハ○ター×ハ○ター並です。読者の皆様にはもう申し開きの言葉もありません。
次の話できてますが、もうちょっと直してから上げたいと思います。