30日目『狩谷の頼みごと』
「ん゛ん〜〜……はぁぁぁ」
大きく伸びをしてから、溜息を盛大について脱力する。
「今日は、少し疲れたな……」
隣で司が心底疲れた表情で眉根を寄せると、熱いお湯を両手ですくって顔を濡らした。
「お前はまだいい。俺の身にもなってみろ。危うく頭カチ割れるとこだったんだぞ。顔面に有紗先輩のボールは食らうし、砂には埋められる。揚句の果てには後片付けを一人で……」
「ちょっと待て。片付けは俺もやった」
「そうだっけか」
「そうだ」
「なんでもいいや……」
もう一度オヤジのように溜息をつくと、綺麗に司とハモった。
広い大浴場で男二人、温泉常連客のゲートボーラーばりに長湯をする。弱冠16歳にして早くも晩年の雰囲気さえ醸し出しているのは、決して俺たちの体力不足のせいではない。
酷かったのだ。誰とは言わないが。
俺は静かに今日あった出来事を思い出していた。
サンクチュアリことビーチパラソルの下から、瑞穂に無理やり炎天下の砂浜に駆りだされたかと思うと、有紗先輩に横になるように指示された。訳を訊く間もないまま砂浜に寝かされると、有紗先輩、瑞穂、なんと片瀬まで束になって俺の身体を大量の砂で埋めにかかってきたのだ。
逃げることは容易かったが、普段あまりはしゃがない片瀬の笑顔にやられた。
「あれがいけなかったなぁ……」
思わず口に出す。
「ん?」
司が片目を開けてこっちを見た。
「いや、なんでもない」
再び頭の中に思い浮かべる。
完璧に手も足も動かないように埋めると、有紗先輩は横にスイカを並べてこう言った。
「さあ緋那ちゃん!スイカでも秋人っちの頭でも、好きなほうを割ってちょうだい!」
そこからはもう、本気で焦った。片瀬がぼやぼやしているのに痺れを切らした瑞穂が木刀をひったくって更に焦った。
まあ、結果的には無事だったわけだが。
「なあ、お前なんでスイカ割りとめてくれなかったんだよ」
非難交じりに唇を突き出す。
「とめたら、俺にとばっちりがくる」
「親友の危機より自己保身か、この薄情者」
「親友?そんなのどこにいるんだ?」
「チッ……死んでしまえ」
突き出していた唇を更に突き出した。
司は風呂から上がると早々に自分の部屋に引っ込んでしまったが、俺は部屋に戻る気にはなれずロビーで一人寛いでいた。
ソファーの背もたれに両腕を掛けて首の力を抜く。天井のファンをぼうと眺めながら涼んでいると、後ろから声をかけられた。
「霧宮様」
首をそのまま反って声の主を探すと、執事服に身を包んだ初老の紳士が逆さに映って見えた。
起き上がって振り返る。狩谷は無表情に立っていた。
「狩谷さん、なにかようですか?」
「ええ、緋那お嬢様のことで少しお話がございます。お時間よろしいでしょうか」
片瀬の?
「はい。大丈夫ですけど……」
狩谷の真剣な声音によりついつい神妙な顔つきになり、答えた。
「では、こちらへ」
そう言うと、狩谷は俺に背中を向けて歩き出した。
なんとなく、嫌な予感がした。
通されたのは1階の廊下の最奥にある部屋だった。
俺たちの部屋より大きく、どことなく片瀬邸に似ていた。
ロビーの天井にあるシャンデリアの縮小版みたいな、煌びやかなシャンデリアがあり、聳え立つ本棚には分厚い本がぎっしり詰まっている。校長室にあるような大きな机の上には書類が散乱していた。
「書斎、ですか……?」
「わたくしの部屋でございます」
部屋の中央にある2脚のソファーのうち一つに掛けるように促しながら、狩谷は答えた。
腰を下ろして辺りを見回す。
執事といっても片瀬家の中では相当偉い立場にいるに違いない。
「へー、なんか立派ですね」
狩谷はそれには答えず、ソファーの前にあるテーブルに予め用意していたのだろうティーポットから、紅色の液体をガラスの丸いコップに入れて差し出した。
「どうも。……ん、うまい」
口をつけるとそれは紅茶だったらしく、冷たい液体が喉を潤した。
狩谷は俺の感想を聞いて少し嬉しそうに目尻を下げた。
「で、話ってなんですか?」
あまり狩谷の部屋に長居したくないので俺の方から訊くことにした。
「はい。霧宮様には明日のことを少々お話しなくてはなりません」
あれ?さっきは緋那お嬢様のことでって言ってたじゃねーか。
「緋那お嬢様についても、そのことでお頼みしたいのです」
俺の考えを読んで、先に狩谷が付け足した。
「はぁ、なんでしょう」
もうここまでくると既視感を覚えずにはいられなかった。
狩谷からの頼みごと。
それは俺にとっての厄介ごとでしかない。
たぶん今回もまた俺に片瀬のことを押し付けるんだろう。
俺は悟りを開いた気分で狩谷の次の言葉を待った。
「明日わたくしは、あなた方をここにおいて帰ろうと存じております」
「……はい?」
悟りを開いた俺でも意味がわからなかった。
ついに2ヶ月ほったらかしにしてしまいました。酷いですね。誰とは言いませんが。
読者様からのコメントが胸に痛いです。それでも続きを上げない自分にはきっと「小説家になれない」ってサイトがあっているんだと思います。はい。すみませんほんとダメな子なんです。
さあ!いよいよもって高校卒業までにこの物語を終わらせることができるのか不安になってきました。
そんな初冬の18時9分。