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27日目『キス』

 さて、片瀬家の別荘であるが、いささか別荘にしては大きかった。日本の平均的な一軒家と比べると敷地面積だけでも数倍はある。


 外観の大部分は清々しい白で統一されてあるが、張り出たウッドデッキはニス塗りだけにとどめてある。それによって、木目が温かい風合いを醸し出していた。そこには円形のテーブルとそれに付属する椅子が数脚置かれている。オープンカフェさながらだ。


 それだけではない。内装もやはりすごかった。


 玄関から入ると、まず吹き抜けの高い天井が目に留まる。埋め込み式の出窓から差し込む光が、健康的な明るさで屋内全体を包み込んでいる。


 階段を上るとロフトにつながっていて、そこから奥に行くと、いくつか来客用の部屋があるそうだ。また、ふとした所にアンティークや調度品がぽつぽつと置かれているのも楽しい。


 2階建ての地下付きコテージは新築さながらの外観を保っており、海辺特有の塩害の影響も見受けられない。屋内も塵一つなく、窓ガラスもよく磨き上げられていた。


 さしずめ俺たちの旅行のために、狩谷が予めハウスクリーニングにかけていたのだろう。年に一度訪れるかどうかの別荘を所有する金持ちの気持ちはわからないが、このような癒しの空間を提供してくれた片瀬には大いに感謝したい。


 俺たちはそれぞれ2階の個室を割り当てられたので、各自自分の部屋で荷物整理をすることにした。


 別れ際、有紗先輩が高らかと宣言する。


「荷物整理終わったら泳ぐよ!30分後に水着で玄関集合!」







 バミューダのポケットに手をつっこんで、背の高い彼女の横顔を片目で見やる。


 モノキニという、前から見るとワンピース、後ろから見るとビキニである一見変わった水着をビシッと着こなした有紗先輩。緑と白のボーダー柄は快活な彼女らしい、のだが。


「遅いわね」


 階段からつながったロフトを見上げながら、有紗先輩が呟く。腕組をした指先は忙しなく振れている。彼女の機嫌は下降気味だ。


 予定時刻よりも10分ほど時は進んだが、いっこうに瑞穂は現れない。


「準備に手間取ってるんじゃないでしょうか?」


 水着の上に羽織ったパーカの裾をしきりに気にしながら、片瀬は微笑む。


 裾を引っ張るという行為が、逆に男子の視線を集めることに彼女が気付いているかは置いといて、俺は緩んだ顔を無理やり強張らせた。


 傍らに突っ立っている司も、同じような表情をしていることにいくらかほっとする。


「秋人っち!」


「な、なんすかっ!?」


「瑞穂呼んで来て。今すぐに!」


「あ……はい」


 有紗先輩が俺のマヌケな顔を指摘しなかったことに胸を撫で下ろしつつ、そそくさと階段を上った。







 ノックを2回。


「瑞穂ー?まだかー?」


 部屋からは何の返事もない。


「瑞穂ー?」


 今度は少し強めにドアを叩いた。


 やはり反応はなかった。


 不審に思いつつドアノブを捻ると、予想に反してドアはすんなりと俺を招き入れた。


 部屋の構造は概ね同じなようだ。あらかじめ部屋に組み込まれているクローゼット。品のある化粧台。背の低いテーブルと木で編まれた椅子が2脚。


 ベランダに通じる両開きのガラス張りの扉は開け放たれ、吹き込んでくる潮風が白いカーテンをはためかせていた。


 壁際にはセミダブルのベッド。その上には……。


 散らかった床にある瑞穂の旅行セットを踏みつけないように、そのベッドに近寄る。


「すぅー、すぅー……」


 規則正しい寝息が耳に届いた。


 ベッドに身を投げ出している瑞穂のあどけない寝顔を見て、苦笑いと溜息が同時にこみ上げる。


「子供かお前は」


 あれやこれやと前日からはしゃいでいたので、本人のわからない間に疲れが溜まっていたんだろう。


 むにゃむにゃと気持ちよさそうに口を動かす瑞穂を見ていると、なんだか怒る気にはならなかった。


 こっちを向いて、ちょうど猫が丸まるように寝ている彼女。


 その画だけを見れば、映画のワンシーンのようで、写真に収めておきたいほどだ。


「寝てるときだけは、お前もか……」


 言葉を続けようとして、さすがにそれははばかられた。


 代わりに、唇に張り付いた茶色がかった髪の毛をすくう。するとそれは逃げるようにさらさらと指の間から滑り落ちた。


 鬱陶しそうに瑞穂が寝返りをうつ。彼女の左手がベッドからずり落ちる。


 しばし逡巡した後、「ったく」と自分に言い訳するように小さく呟いた。


 俺は瑞穂を起こさないようにそっと抱きかかえると、彼女がベッドから落っこちない位置まで運ぶ。


「うっ、ちょっと重いな」


 コイツ最近太ったか?と思い彼女の身体に目を走らせて、やめた。ざっくりと開いた胸元から覗く豊満な胸が、その存在を誇張してやまないからだ。


 俺が変な気を起こさないうちに、瑞穂を起こさないようにゆっくりと寝かせる。あとは瑞穂の下敷きになっている腕を引き抜けば終わりだ。


「秋人……」


 むにゅむにゅと意味のわからない寝言に混じり、瑞穂の口から自分の名前が出てきたような気がした。


「悪い、起こしたか?」


 そう言って瑞穂の顔を覗き込む。


 その時、瑞穂が腕を伸ばして、がっちりと下から俺を抱きしめた。


「んなっ!?お、おい、瑞穂さん……?」


 俺が呼びかけても、瑞穂はうっとりと夢を見るような表情を浮かべている。


 というか、夢を見ているのだろう。


 覚醒した様子ではないし、どうやら寝ぼけているらしかった。


「瑞穂っ!ちょ、離せってば」


 さすがに焦った。必至にもがくが、自分の腕は瑞穂の下敷きで、それに予想外に強い力で首を押さえつけられている状況ではどうにもならなかった。


 瑞穂の顔が近づく。


 完全にパニックに陥った俺がどうこうするいとまもなく……。


 二人の唇は重なっていた。


「……っ!!」


 目を見開く。真っ白になってフリーズした頭は、何も考えられない。


 甘い香りが鼻孔をくすぐり、唇の柔らかい感触が、まるで媚薬のようにとろけた――。


この話もようやくだいぶ、いや少し、微妙に……ほんのちょっとだけ恋愛小説っぽくなった気がします。

では進展はあるのかと訊かれたら、そうではないです。

まだぐだぐだと続きます。

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