26日目『似たものどうし』
どのくらい驚いたかといったら、「驚きのあまり絶句するそれの遥か上空を上回り、軽く近所迷惑な大声を出してしまうくらい」には驚いた。
まさか無愛想な司といたずら好きの有紗先輩が姉弟だったとは……。
幸いここは無人島で、苦情を言いに来るおばさんはいないものの、この島にいる5人全員は俺に怪訝な眼差しをよこした。
「どうしたいったい」
姉弟喧嘩をやめ、傍に来た司がやや心配混じりの声音で言う。
「お、お前と有紗先輩が姉弟って……」
俺がやっとのことでその言葉だけ紡ぎだすと、
「なんだ、知らなかったのか?」
司はぽかんとした表情を浮かべた。
「……」
俺は今度こそ絶句する。
知らなかったさ。知るわけがない。
第一司に姉がいたことすら知らない。今まで有紗先輩の話題を司の前で何度か出しているのだから、さすがにこれはないと思っていた。司のスルースキルも、まさかここまでとは……。
それに俺は有紗先輩の名字を知らなかった。これは単純に俺の失礼さと怠惰が招いた失態だが、例え知っていたとしても、名字が同じという理由だけでこの両極端な二人に血の繋がりを感じることは、まずなかっただろう。
俺はこの言い知れぬ妙な驚きと、無愛想すぎる友人に対する憤りをどこにぶつけたらいいかわからず、駆け寄ってきた片瀬に勢いのままに訊いた。
「片瀬さん、司と有紗先輩が姉弟だったって知ってた?」
片瀬はぱちぱちと数回瞬きしたあと、首を傾げた。
そうか、片瀬も知らなかったか。いくらか救われた気持ちでそう思ったとき、
「ええっと、はい。瑞穂先輩と有紗先輩から聞いていたので知ってましたけど」
「あ……ああ、そう。そうだよな、はは」
どうやら俺だけが仲間はずれらしい。
緋砂島はリンゴをかじって芯だけが残ったような、ちょうど島の東側と西側が窪んだ形をしている。全長としては南北に約1キロ、東西に約0.6キロくらいなので、それほど大きくはない縦長の島だ。
俺たちが上陸したのはその東側にあたる海岸で、純白の石灰岩でできた緋砂島の砂浜が特徴的である。
船着場である木造の桟橋から南に50メートルほど行った所に、今回泊まることになっている片瀬家の別荘が建立されており、それよりももっと南側には岩礁がいくつか突き出て見える。
反対に北側を覗いてみると、何もない真っ白な砂地が島の最北端まで続いている。
ホワイトパールの砂浜が終わる内陸部には南国の森林が鬱蒼と茂っており、時折聞き慣れない鳥類の鳴き声が聞こえてくる。
俺たちはまず荷物を整理するため、片瀬家の別荘に荷物を運ぶことにした。
ボストンバッグを片手に振り返ると、桟橋に今乗ってきたばかりのクルーザーが横付けされて、波に合わせて揺らいでいた。
「俺たちだけか」
この島にいるのが5人だけだと思うと少し心細くなって、ついそんなことを呟いてしまった。
「なぁに秋人?もうホームシック?」
地獄耳なのか、同じく重そうなカバンをひっさげて歩いている瑞穂がにやっと笑う。
「ばっ、違う!」
「何が違うのよ。急に一人で、俺たちだけか、なんて呟いたくせに」
「俺は別にそういうことを考えてたわけじゃないって!いざってときに5人だと心配だろ。ほら、台風とか来たら島から出られないわけだし」
我が家が恋しいとは思っていないが、心細いと感じたことは事実なので上手く反論できない。思わず声を荒げてしまったことで、瑞穂の猜疑心をより募らせてしまった。
「台風?ないない。こんなに晴れてるのに来ると思う?」
瑞穂は馬鹿にしたように笑ってから雲ひとつない空を仰ぐ。
「それに天気予報だって一週間晴れマークだったじゃない。秋人ってやっぱり心配性っていうか、小心者」
「だまれ……」
「ま、何かあったらこの私が守ってあげるわよっ!」
瑞穂は肩で俺の二の腕辺りにタックルすると、にひひと無邪気に笑う。
俺は舌打ちをして顔を背けた。
男が女に守ってもらうなんて言語道断。屈辱以外の何者でもない。これではまるで俺が女子に守ってもらわなければ何もできないチキン野郎ではないか。か弱い男子を宣言したわけではないし、人並みの勇気は持ち合わせているつもりなので、正直これはムカッときた。
だから、
「誰が誰を守るって?この前私を守ってって言ったのはどこのどいつだ?」
「うっ……」
瑞穂がわずかに仰け反る。俺はにやりと口角を上げ、一気に畳み掛ける。
「守ってってことは心細かったんだよな?おまえだったら通り魔なんてのしちゃいそうなのに。チキンハートはどっちだ、おい小心者」
「う、うるさいわね!いちいち揚げ足とんないでよ!私だって女の子なんだから怖いの当たり前じゃない」
「女の子?誰が?こんな傍若無人が女の子って言えるか!」
「ひっど……私だって列記とした女なんだからね!もう!有紗もなんか言ってやって!」
瑞穂は振り向くと、後ろを歩いていた有紗先輩に援軍を求めた。
「おまっ、卑怯だぞ!」
俺も釣られて振り向くと、有紗先輩の横で司が顔を覆っている。
「ん?どうした司」
司は俺と目を合わせないでぼそぼそと呟く。
「いや、俺たちってこういう風に見えてたんだなって……ショックだ」
「は?」
司の言っている意味が解らない。俺も瑞穂も毒気を抜かれて顔を見合わせた。
有紗先輩が満面の笑顔で一言。
「私たちってそっくりだね」
しばらくの間を空けてから、俺と瑞穂は豆鉄砲を食らったようハトのように馬鹿面さげてハモる。
「あ」
少し前の姉弟喧嘩を今更ながら思い出した。あれほど幼稚な言い争いだと思っていたのに自分たちも同レベルのことをしていたのかと思うと、なんだかすごく居た堪れない。
俺たちはとたんに恥ずかしくなり、黙って砂浜を歩き出した。
実に2ヶ月ぶりの更新。小説ほったらかしにするのもいい加減にしろよと言いたくなりますが、忙しかったんです。考査、修学旅行、部活始動、etc...
とにかく小説に回す時間がありませんでした。読者の方々にはすごく申し訳なくて、このサイトも開くのが怖かったです…。はい言い訳終了。
これだけ書いてないと、久しぶりに書いたときに違和感ありまくりです。この話、なんだかどことなく変かもしれませんがその寛大な心で許してやってください。
あ、応援してくれる方々、いつもいつもありがとうございます。次の更新……頑張ります。