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23日目『企みと笑みと』

 少し茶色がかった長い髪が時折揺らめく。その都度、俺の心臓も跳ね上がった。


――振り向くな。


 そう願うことしかでず、焦燥だけが募った。


 俺をこんなにも動揺させるあいつ、つまり瑞穂は、彼女の親友の有紗先輩とここからかなり離れた席に座っている。幸いにも瑞穂はこちらに背を向けていて、俺と片瀬の存在に気付いていない。俺も立って初めて二人の存在に気付いたのだから、そうそう見つかるものでもない。有紗先輩もおそらく気付いていないだろう。


 なぜこうも運悪くバッティングしてしまったのか、そんなことはどうでもよかった。ただ、この危機的状況を打開する一手を考えなければならない。


 もし見つかってしまったらどうなるのだろう。


 ・・・・・・少なくとも気まずくなる。


 あの夜から何だかんだいって顔を合わせていない。俺は先般の教訓を活かし綾崎家で夕食をとっているが、示し合わせたかのように決まって瑞穂の姿はなかった。明日香さんは「困った子たちね」と笑って流してくれたが、この状況が続くのはいささかかんばしくない。


 俺は頭を抱えた。


――今、瑞穂には会いたくない。


 喧嘩しているからとか、気まずいからとか、そういうことではない。ただ純粋に、片瀬と一緒にいるところを見られたくなかった。


 そんな感情がなぜ生まれるのか自分でもよくわからない。


 しかし、瑞穂を邪魔者扱いしていると思われたくないのだと、勝手に結論付けた。


 ふと、頭の先からからいぶかしむ声がかけられた。


「霧宮君やっぱりおかしいです」


 抱えている頭を上げ、難しい顔をした片瀬を上目遣いで見やる。


「そう?」


 片瀬は力強く頷く。


「はい。だってさっきは物憂げな顔で考え事をしていましたし、今だって頭を抱えていますし。本当はなにか、大切な用事があったんじゃないですか?」


 俺は慌てて首を横に振った。


「ないよ、ないない。今日は帰ってからも暇だって。それに私用があったらちゃんと言うから」


 嘘は言っていない。事実、帰宅すれば暇を持て余すだけなのだから。


「本当ですか?」


「本当本当。日本人ウソつかない」


 片瀬はまだ俺の言葉を信じ切れていないというような表情で見つめている。


 片瀬が俺の身の上を案じてくれるのは嬉しいが、少々憂慮に過ぎるようだ。そのことに彼女は気付いていないし、心配性が悪いことでもないので、もちろん指摘するつもりはない。


 それに可愛い子に心配されることが男冥利に尽きるのはどうしたって否めないだろう。自分だけを心配してくれるわけではないだろうが、それでも嬉しいものは嬉しい。


 自然と口元がほころぶ。


 しかし、喜悦が先行していた感情に暗雲が垂れ込め、やがて陰鬱な雨が心に水溜りを形作るのには大して時間がかからなかった。


 片瀬が肩を落とし、口を開く。


「それになんだか、今日の霧宮君全然楽しそうじゃないです」


「えっ」


 思わず言葉に詰まってしまった。


 まさか片瀬からそんなことを言われるとは思っていなかったからだ。いや、それが図星だったからかもしれない。しかし、この切羽詰った状況を愉しめる者などいるのだろうか。いるとしたらそれは肝っ玉の据わった大物で、俺は大物ではない。


 このように自分に対して言い訳してみるが、全く意味の無いことだった。


 図らずとも閉口してしまった口を何度か開くが、いかんせん言葉が出てこない。


 片瀬も俯いたまま口を噤んでいる。


 すぐにでも否定したかったが、果たしてその言葉を信じてもらえるかどうかは疑わしい。かといって本音を言うわけにもいなかった。


 そもそも片瀬は、俺と瑞穂が喧嘩していることを知らない。もしかしたら不仲であることにも気付いていないかもしれない。そんな人に瑞穂がいるから楽しめるものも楽しめないと言ったら混乱してしまうだろう。


 まさしく八方塞がりだった。


 そんなとき、


「やーやー君たち、奇遇だねぇ」


 聞いたことがある軽い調子の声が沈黙を破った。


 振り向くとそこには片手を上げてニヤつく有紗先輩と、その後ろに顔を背けて立っている瑞穂がいた。


 軽く泣きたくなった。







「ほんと奇遇ですね。ところで先輩たちはなんでここに?」


 上手く苦笑を隠せたかははなはだ疑問である。


「いや〜、健全な女子高生だもん。寄り道は当然じゃない?秋人っちたちもその例に漏れないでしょ」


 正面からの白々しい台詞。


「まぁそうですけど・・・。でもわざわざ席を移動することもないでしょうに」


「あれ?秋人っちは私たちがあっちの席に座ってたこと知ってたんだ?」


 しまったと思うが後の祭りだ。有紗先輩はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。


 俺はより猜疑さいぎ心を募らせ、顔をしかめた。


 二人の登場により席順が変わり、俺は窓際、俺の隣に片瀬が移り、俺の正面に有紗先輩、その隣に瑞穂が座っている。片瀬は見知らぬ先輩の介入で戸惑いの表情をあらわにし、瑞穂はさっきから俯いて彼女らしからぬ行動をとっている。


 異様に喉が渇いて、先ほど届いたコーラに口をつけた。


「で、そっちで縮こまってる彼女さんの紹介はまだ?」


 軽くむせる。鼻に少し入り炭酸がつんと沁みた。


「げほっ、えほっ・・・・・・と、友達の片瀬さんです。先輩わかってて言ってるでしょ」


 軽くねめつけるが、全く意に介する様子もない。


 有紗先輩は片瀬に向き直り自己紹介をした。終わりに「よろしくね」と言われたところで片瀬も慌てて、「片瀬緋那です。よろしくお願いします」とやや堅めに返事をした。


 俺は有紗先輩の真意を確かめるためさっきの質問の答えを促した。


「で、俺たちに何か用事でもあるんですか?」


「用事がなくちゃダメ?それとも」


 ちらりと片瀬に視線を移す。


「お邪魔だったかな?」


「そんなことはないですけど」


 いいようにもてあそばれているのはどう見ても明らかだ。何なんだこの先輩は。瑞穂以上に扱いに困る。


 俺が腕を組んであからさまに仏頂面をすると、さすがの有紗先輩も悪びれたのか、はたまた揶揄やゆすることに飽きたのか笑いながらこう話し出した。


「あっはっはっは、ごめんごめん。実はね、恋愛相談に乗ってもらおうかと思ってね」


「れんあい、そうだん・・・・・・?」


「そう、恋愛相談」


「誰が誰に」


「私が秋人っちに。瑞穂じゃ頼りにならなくて」


 瑞穂に視線を移すと、お冷をぼんやりと傾けていた。片瀬も所在無げにしている。


 この妙な空気を機敏に汲み取った俺は片瀬に話を振った。


「でも、こういう話は女子同士のほうが・・・。片瀬さんだってそうだろ?」


「えっ!?あ、あああの、えと、どうなんでしょう・・・・・・」


 まさか自分に話が振られるとは思っていなかったらしく、あやふやな答えを返された。


「まあまあ、ちょっとだけ聞いてやってよ。きっと秋人っちのためにもなるからさぁ」


 俺は有紗先輩の言葉に頷くしかなかった。


「じゃあ、注文が揃ったら真剣に聞いてね」


 有紗先輩はしたり顔でうんうんと頷いていた。







 やがてウエイトレスが注文の品を運んできた。手には異彩際立つ様相を呈しているスイーツが二つ。


「ふたつ?」


 思わず呟いた後、机に置かれたそれを見て妙に納得した。


「なによ」


 余程顔に顕著に現れていたのだろうか、目が合った瑞穂が頬を膨らませて俺を睨んできた。


「別に」


 実に久しく聞いていなかった彼女の声は驚くほどニヒルで、でもいつものあいつの声で、なんとなくそれがおかしくて笑ってしまった。


 その顔が瑞穂の目にどう映ったのかはわからないが、彼女はふんと顔を逸らした。


意気揚々と雪山に出かけていったはいいがボードのやり過ぎで全身筋肉痛の昨今。

遊びにかまけ、揚句の果て布団の中で腰痛と戦う私のようにならないよう日々精進しましょう。


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