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2日目『天使と悪魔』

「「ただいま〜」」


 俺は憔悴しきった顔で、瑞穂は満面の笑みで戸口を開ける。くそぅ、パフェ2つも食いやがって・・・。なにが、「私を待たせた分と、一緒に帰ってあげてる分」だ。どっちも頼んでねぇよ。瑞穂のお腹は膨れたが、俺の財布と心は萎んじまっただろうが。


「おかえり〜」


 パタパタというスリッパの音と共にエプロン姿の明日香さんがこちらへやってきた。綾崎明日香あやさきあすかは瑞穂の母である。とても綺麗な方で、どことなく瑞穂と似ている。気立てがよく世話好きで、まさに主婦のかがみといえるだろう。


 ただいまと言ったが、ここは俺ん家ではない。ここは霧宮家のお隣、綾崎家である。二年前に両親をなくしてからは、夕飯など様々な面でお世話になっている。


 瑞穂は、父親の篤史あつしさんが単身赴任しているので、明日香さんと二人暮らし。親子離れ離れでも、それなりに楽しくやっているようだ。


「今日はずいぶんと遅かったのね」


「いや、まぁ・・・」


 靴を脱ぎながら曖昧あいまいに笑う。


「あら、秋ちゃん元気ないじゃない。・・・・・・辛いことでもあったの?」


 俺の心情を的確に読んだ明日香さんは、俺の手をとり心配そうに覗き込んでくる。女性特有の甘い香りが俺の身体を包み込む。明日香さんは本当に瑞穂の母親なのだろうか?どう見ても年の離れた姉妹くらいにしか見えない。それに、瑞穂と違って身体中から優しさが滲み出ている。この胸に飛び込んでゆけたら、どんなに楽だろうか。



ごすっ



「っ!いっっってぇ!」


 俺はもだえながら弁慶をおさえる。


「何すんだよッ!」


「あらごめんなさい。足が当たっちゃった」


 瑞穂は棒読みで台詞をはき終えると、澄ました顔でリビングに消えた。


「何かしたか、俺」


 瑞穂の理不尽な攻撃に、怒りを通り越して半ば呆れていると、隣で明日香さんが子供のようにくすっと微笑んでいた。




 夕飯の支度が整ったので、三人で席に着く。


「くあぁぁ、腹へった」


「私も〜」


 パフェ2つも平らげといてまだ食うんかい、このお嬢様は。


「ところで、秋ちゃんは友達できたの?」


「明日香さん、その質問もう三度目ですよ」


 明日香さんの手料理に舌鼓を打ちつつ、呆れを含んだ声で答える。


「あら、そうだっけ?」


「そうです。しっかりしてください。それに、友達もちゃんと作りましたから」


 世話好きなのはいいが、俺に対して明日香さんは世話を焼きすぎる。そんなに信用されてないのだろうか。


「そぉ?ならいいんだけど。でも、最近疲れてるみたいだから、うまくいってないんじゃないかと思って」


それは瑞穂のせいです、と言いそうになって口を慌てて噤む。こんなことを口にした日は、俺の命日になりかねない。


「大丈夫よママ。それに、ママは秋人のこと心配しすぎ」


 ご飯を口に運びながら、心底どうでもいいように瑞穂は言う。


――フンッ、お前のことなんて、ぜってぇ心配してやらねぇ。


そう心に誓っていると、明日香さんの目が悪戯に光るのが垣間見えた。


「そういう瑞穂ちゃんだって、いつも心配してるじゃない」


「してないし」


「ホントに?昨日だって、秋ちゃん夕飯に顔出さなかっただけなのに、そわそわと落ち着きなかったじゃない。終いには「秋人呼んでくる」とか言って何度も行きかけてたのは何なのかな?」


「ママっ!!」


 瑞穂ががるるるると明日香さんにくいかかる。


「あれは秋人にチェス負けたまんまだったから気にくわなかったのっ!それじゃなきゃ、どうして私が秋人なんかのこと心配しなくちゃいけないのよ」


 へいへいそーですか。まったく、このお嬢さんはムカつくことばっかり言うな。


「あらあら、素直じゃないんだから」


 明日香さんが微笑む。反対に瑞穂はしかめっ面になって食器をダンッ、と机に叩きつけると、


「ごちそーさまっ!」


 そう叫んで大股でダイニングから出て行った。


 はぁ、と溜息を吐く。

 

 当然の如く空になった瑞穂の食器がどこか誇らしげに見えるのは、俺の気のせいか?




コンコン――


 2度ノックする。


「・・・・・・」


 10秒待ったが応答がないので「入るぞ」と言って瑞穂の部屋のドアを開けた。


 いつ見ても瑞穂には似つかわしくない部屋である。見える範囲でもぬいぐるみは5個ほど。しかもプーさんやらスヌーピーやらうさぎやらで、まるで統一感なし。カーテンはピンクで、ベッドも淡い桜色をしている。


 そのベッドの上で、パジャマに着替えた瑞穂が俺を睨んできた。とっさに何かを隠したようだが、はて、何だったのだろうか。


「何よ」


 瑞穂が低い声で唸る。


「チェス、やるんじゃないのか?」


 そう言って、瑞穂をまじまじと見る。いやだって、ヒヨコはないだろうヒヨコは。着ているパジャマの柄はイチゴでも水玉でもなくて、ヒヨコだった。そんな柄、どこ行けば売ってるんだ。それにお前は何歳だ。


「・・・いい、もう飽きた」


「あっそ」


「・・・・・・」


 俺は嘆息する。


「わかった。んじゃ、俺帰るわ」


 踵を返し、部屋を出る。後ろで瑞穂の声が聞こえた気がしたが、振り向くと瑞穂は布団を頭から被っていたので、何も言わずに扉を閉めた。




 階下に降りると、明日香さんが目を爛々と輝かせて待ち構えていた。


「どうだった?」


 俺は頭の後ろで手を組む。


「どうもこうもありませんよ。瑞穂ずっと仏頂面でした。チェスもやらないって」


「そう・・・。あの子も素直じゃないわね。・・・・・・それに秋ちゃんも」


――?


「あの、それどういう意味ですか?」


「さぁ?」


 明日香さんは笑って誤魔化す。


「さぁって・・・・・・それに、何で今更チェスなんか」


「さぁ?」


 俺は唇を尖らせる。


「分かりました、今日は帰ります。夕飯おいしかったです、ご馳走様でした」


 一礼して玄関へと向かおうとして、明日香さんに呼び止められた。


「秋ちゃん、あんまり瑞穂ちゃんをいじめちゃダメよ?」


「・・・・・・それ逆です」


 明日香さんの目には俺たちの主従関係が逆に見えるのだろうか。

そう思うと肩を落とさずにはいられなかった。


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