14日目『非常事態発生』
浦浜駅から二駅目で下車。勉学に勤しみ疲れきった学生や、上司に散々振り回されたのだろうか同じく疲れきった表情をしているOLに混じって改札口を抜ける。
駅を出ると、軒下でカップルがイチャついていた。見るからに遊びで付き合っているような感じだ。俺は軽薄そうな男女に怪訝な、しかしやや羨望の混じった視線を投げかけ、何事もなかったように横を通り過ぎる。
空を仰ぎ見ると、西方が少し茜色に染まっているのが窺い知れるほど、雲も薄く少なくなっていた。
そして、やや前方を憤然たる面持ちで歩く彼女に目を向け、嘆息。
遡ること数十分前。我が身愛おしさに姫君のご機嫌取りを敢行したが、何を間違ったかそれが仇となり、今や取り付く島もない。浦浜駅に着くまで無視。電車に乗っているときも無視。
そして今もなお――・・・。
これが溜息をつかずにやってられるかってんだ。だいたいなんで俺がバカ呼ばわりされなくちゃいけないんだ。確かに成績は思わしくないが・・・いや、それは兎も角として、これだけ尽くしてやっているのに謝辞の一つもなしかよ。揚句の果て「いっぺん死んでみたら」なんて言われたら、寛容たるこの俺でさえも堪忍袋の尾が切れる。はいもう、プッチンと子気味好い音を立てて!
そもそも、瑞穂は我が強すぎる。世界が自分中心に回っていると思っているなら、それは大きな勘違いだ。俺にだって所用があるし、やりたいことだってある。決して瑞穂専属の執事などではないのだ。そのくらいお前の頭でも理解できるだろ。
などと、頭の中で瑞穂を非難し、黙って帰路につく。
長い沈黙を保ったままどのくらい歩いただろうか。やがて落葉樹と生垣に囲まれた公園へと差し掛かった。
通学路の途中にあるこの「日向公園」には、小さい頃からずいぶんとお世話になっている。とにかくバカでかいこの公園は、その名前に反して日向は少ない。なぜなら、遊歩道の脇にイチョウの木が数百と植えられているからである。中心部には噴水があり、そのスケールのデカさを除けば普通の公園だ。遊具も大抵のものはそろっているので、普段から学校帰りの子供たちや買い物帰りの世間話を主とする奥様方に親しまれているのだが、今日は雨上がりで遊具が濡れていて、かつ時間が時間なためか、辺りに人の気配はなかった。
ふいに瑞穂が立ち止まる。そして、「こっち」と言うなり日向公園へと足を進めた。
俺は瑞穂の突然の行動を訝しがりながらも、黙って従うことにした。
瑞穂は屋根付きの休憩スペースにあるベンチに腰を落ち着ける。俺もつられて座ろうとすると、
「座ったら?」
「あ、ああ・・・」
つか、もうすでに座ろうとしてるじゃん。
微妙に不可解な瑞穂の隣に腰を下ろす。
一息ついて瑞穂が話し出すのを待つ・・・・・・のだが。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
十秒経過。手持ち無沙汰になり頬をかく。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
三十秒経過。なおも沈黙が続いている。アレか?最初にしゃべった方が負けとかいうゲームか?
「・・・・・・」
「・・・・・・」
俺の忍耐力もそろそろ限界に達しようかというその時、
「・・・ごめん」
瑞穂の唇が小さく動いた。そして、その唇から紡がれた言葉に内心驚きながらも、しかし表情には出さずその先にある言葉を促す。
「何が?」
「だから、ごめんって言ったの」
「いや、そうじゃなくて。なんで謝ったのかって聞いてるんだよ」
瑞穂は結構いっぱいいっぱいらしい。言語理解能力が著しく乏しくなっている。瑞穂は俺の指摘に虚を衝かれた感じで、
「え、あ、うん。えっと、その・・・」
なんとまぁ。完璧人間である我が校のプリンセス、同時に俺の不倶戴天の敵である、“あの”瑞穂が動揺を隠せないでいる。
いつもの瑞穂らしからぬ挙動不審ぶりに唖然としつつも、なんとなく瑞穂の言いたい事が解ってきた。たぶん瑞穂は、さっきの俺への悪態を謝りたいんだ。でも俺に対して謝りなれてないから、何の前触れもなしに「ごめん」の一言しか出てこなかったんだろう。
「その・・・・・・」
瑞穂がもじもじと言いよどむ姿を見てくくくと笑う。瑞穂が謝っただけでももの凄い進歩だし、今の瑞穂をいじめるのは酷か。
「わかったから」
これ以上言わせまいと口をはさむ。
「えっ?」
「瑞穂が言いたい事わかったから言わなくていい。こっちも悪いんだし、今度から遅くなるときは絶対メールするから。その、だから俺も、ごめん」
少しつっけんどんな口調になってしまったが、照れるのだから仕方がない。隣のやっこさんも「そ、そう、わかればいいのよ」なんて明後日の方向を向いて照れ隠しを口にしているのだから、同じようなものだろう。
――瑞穂もいつもこのぐらい素直なら可愛いのに。
瑞穂を眺め、頬を緩めている自分にはっとして首を振る。何を考えているんだ俺は。どうも今日の俺は少しばかり狂っているらしい。この傍若無人女が可愛いなんて、頭のネジが飛んだのかな。これでは瑞穂のことをどうこう言ってられないじゃないか。
「どうしたの?」
不意に、瑞穂が覗き込んできた。
「えっ?ああ、いや、別に、なんでも・・・。あ、そうだ!喉渇いてないか?確か近くに自販機があったはずだから何か買ってくる。瑞穂は何がいい?」
不覚。めちゃくちゃ動揺してしまった。その動揺を悟られまいとして余計に奇天烈な言動を・・・。
瑞穂は首を傾げながらも言及はせず、
「秋人と同じものでいい」
「そ、そう、じゃあコーラでも・・・」
立ち上がりながら呟き、いざ買いに行こうとしてストップをかけられる。
「炭酸はイヤ」
「え?でもお前同じものでいいって・・・」
「体に悪いじゃない。私にそんなもの飲ませないでよ。秋人も秋人よ。コーラなんて止めなさい」
「わかったわかった。じゃあお茶買ってくる」
適当にあしらい手をひらひらと振り、いざ買いに行こうとしてまたもやストップ。
「お茶もイヤ」
「なんでだよ・・・」
「今はそんな気分じゃないの。ミルクティーにして」
我がまま娘を前にして眉間をつまんだ。
「最初からそう言え」
「ったく、瑞穂の奴は俺がミルクティーを絶対に選ぶとでも思ってたのかよ」
と、一人ぼやきながら自販機からミルクティーが入っている缶を2本取り出す。
踵を返し、我がまま娘の待つベンチへ帰るべく来た道を戻っていると、どこからか女性のものと思しき甲高い声が聞こえてきた。何かと思い、立ち止まり耳を澄ませる。
「・・・いやっ・・・・ないで・・・・・・キャー!!」
「ってこれ悲鳴じゃねーか!」
周囲をさっと見渡した。
――いない。
しかしそんなに遠くではなかったはずだ。俺は悲鳴の上がった方へ注意を傾ける。
と、道から外れた林の方に僅かに蠢く人影が見えた。
気付かれないように慎重に近づいていくと、追い詰められた女性と手に包丁を持った男が。
――おいおいおいおいっ!これって例の通り魔!?
男のほうはサングラスやマスクで顔を隠していて誰だか特定できない。
女性は・・・・・ん?あれってウチの制服じゃねーか。
目を凝らして女子生徒の顔をよく見る。
――っ!!
今にも殺されそうなその子は、今朝の電車の中でぶつかってきた美少女だった。
常々、もっと早く更新しようと思うのですが、この手が怠けるんです。それに瞼が重くて・・・。
はい、言い訳終了。
今後はもっと頑張ります。