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13日目『助けてください』

「やべっ、もうこんな時間か」


 携帯を開いて時刻を確認すると、すでに5時半を回っていた。サイレントにしていたため携帯を開くまでわからなかったが、待ち受け画面の上部にはメール受信を知らせるアイコンが表示されていた。


 受信箱を開くと、瑞穂からのメールだった。しかも5件。俺はその場でがっくりとうな垂れる。


 今日授業が終了したのが4時なので、かれこれ1時間半の遅刻となる。俺は4時から言いつけ通り職員室へと赴き、こってりと絞られていた。それも至近距離でネチネチと永遠しゃべるから、堪ったもんじゃない。しかもだ!それだけでは終わらず、書類の整理まで手伝わされた。これはいわゆる職権濫用ではないか。絶対後で抗議してやる。


 そんな不満を頭の中で叫び散らしながら、誰もいない教室で鞄に急いで荷物を詰め、帰り支度をする。そして支度が整うと鞄を肩に担ぎ、廊下に飛び出した。


――瑞穂、怒ってんだろうなぁ・・・。


 本当は逃げ出したい。が、逃げ出したが後の祭り、まだ三途の川の船頭さんにお会いしたくないので、非常に不本意ながらも昇降口へ向かって廊下を駆けてゆくのだった。



 下駄箱で靴に履き替え昇降口から出ると、途端にむわっとした外気に包まれ、日本の夏の湿度の高さを改めて実感する。しかも今日は雨。今はだいぶ小降りになったが、おかげで気持ち悪さに拍車がかかっている。


 辺りを見回し、軒下に瑞穂を発見。鞄を後ろ手に持ち、つまらなさそうに突っ立っている。


 俺は生唾を嚥下し、覚悟を決めて話しかけた。


「み、瑞穂さん?今日遅くなったのには深い深い、そりゃ日本海よりも深い事情がありまして。えと、その、なんと言うか・・・すまんっ」


 顔の前で手を合わせる。薄目を開けて上目遣いで覗き見ると、瑞穂がにっこりと笑っていた。それも満天の笑顔で。


「秋人?」


「は、はい!」


 思わず背筋を伸ばす。


「私別に怒ってないわよ?遅くなるんだったらメールの一つくらい返してくれてもいいよねとか、1時間半も待たされて足が痛いとか、帰りに何かおごってもらわないと気が済まないとか、そんなことぜんぜん思ってないから」


 そう言ってにっこり微笑む。


 妙に優しい口調、そしてこの薄気味悪い猫なで声・・・。


――完璧怒ってる。


 数週間ぶりに現れた泣く子も黙る裏モードの瑞穂さんは、やっぱり怖かった。この状態の瑞穂久しぶりだなぁ、おい・・・。


「ははははは、死んだかも」


――船頭さん、いま会いに逝きます。


 乾いた笑いを口から漏らしていると、


「秋人?」


 瑞穂が微笑んで小首を傾げる。


「は、はい!」


 垂れ下がった肩を引き締め、再び背筋を伸ばす。


「早く帰りましょう?」


「イエッサー大佐!」


 瑞穂の威圧に押され、思わず変なことを口走ってしまった。大佐って誰だよ・・・と、自分で自分にツッコミを入れる。


 君たちには解るまい。優しい口調の下に隠れた轟々とした怒気が。


 君たちには解るまい。この身の毛も弥立つようなおぞましさが。


 俺は先ほどの発言を繕うようにいそいそと傘を広げる。ん?隣から威圧感が。


「私、傘忘れたの。もちろん入れてくれるよね?」


 右隣を見ると、肩が接するほど近くに瑞穂がいた。いわゆる相合傘だ。俺はもちろん断れる訳もなく、


「仰せのままに!」


 半泣き状態で快諾する。


「ありがと」


 俺はなるべく隣を見ないようにして歩き出した。


 今日の瑞穂怖い。いつもより数割増しで怖い。隣からビシビシと伝わってくるどす黒いオーラを肌で感じながら、自分の将来の危険性を危ぶむ。もしかしたら本当に下僕というおぞましい職に就くやも知れない。



・・・いや、それだけは絶対に阻止せねば!人類の存亡と尊厳、俺の幸福と人並みの生活を賭けてでも!



「あー、ゴホン。み、瑞穂?」


 校門を出てしばらく歩いた頃、俺は咳払いをし、隣を歩く彼女に呼びかけた。


「何?」


 その彼女は振り向くことなく、前だけを見据えて答える。


「その・・・き、今日も一段とお美しいようで・・・。あは、あははは・・・」


 瑞穂は一瞬こちらを睨み、また前を見て口を開く。


「そうね。そのおかげで昼休みは大変だったわ。まったく、ファンクラブなんて鬱陶しいもの誰が作ったのかしら」


「まったくです」


 俺はうんうんと頷く。


「どっかの誰かさんにも見捨てられたし、最悪」


――うっ、言葉に棘が。


「ま、まったくです・・・」


「私を守るっていう約束はどこに行ったのかしら。ほんと役立たずよね」


「ま、まったく、です・・・・・・」


 瑞穂を守るのは通り魔からだけじゃないか、なんてことは口が裂けても言えない。


 このままだと状況は悪化する一方だと悟った俺は、この不利な戦況を打開するために一手打つことにした。


「で、でも、これだけモテるんだから、男なんて選り取り見取りだろ?その代償だと思えばなんてこと――」


 瑞穂が急に立ち止まったので、言葉を切る。いぶかしく思い、俺は声をかけた。


「みず――」


「雨、止んだ」


 言葉を遮り、瑞穂が唐突に切り出す。


「あ、ああ、そうだな」


 空を仰ぎ見ると、雲と雲との隙間から光が漏れ出している。天使の梯子と呼ばれるそれは、なんとも形容し難い美しさを放っていた。


 俺は傘を畳む。


「瑞穂、行くぞ?」


 俺がずっと立ち止まって動かない彼女を促すと、


「・・・いっぺん死んでみたら?」


 怖いことを笑顔で言われた。


「・・・・・・は?」


――なんかしたか俺?


 何か瑞穂の癪に障ること言ったのだろうか。しかし、俺は精一杯褒めていたつもりなのだが・・・。


 困り果てている俺をよそに、瑞穂は再び歩き出す。



すれ違いざまに、「・・・バカ」と小さく聞こえた。


ども、くろのすすむです。

主人公がだんだんと可哀想になってきました。設定上仕方のないことですが・・・。

でも、羨ましくもあります。

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