10日目『優しい嘘』
「お前さぁ、なんなの?」
「綾崎にいつも纏わり付きやがって。ストーカー?」
「正直目障りなんだわ」
微かに話し声が聞こえてきた。声量がやけに大きく、声には剣呑な響きが込められている。たぶん秋人を呼び出した奴らだ。
ここは4棟の校舎裏。雑木林がありなんとなく寂しい感じのする所で、ベンチなどが置いてあるが、生徒はまず訪れない。私と司君は秋人を呼び出した奴らからちょうど死角になった校舎の陰に息を潜めて立っている。
秋人の身の危険を感じ、咄嗟に陰から飛び出そうとして司君に腕を掴まれた。
「先輩、ダメです」
「どうして?秋人が何かされるかもしれないのよ!」
腕を振り払おうとして更に強く掴まれた。
「今先輩が出て行ったらそれで収まるかもしれません。けど、後で秋人がもっと酷い袋叩きにあうのは目に見えてるでしょう?」
一息ついて、「先輩ならわかるはずです」と司君が諭すように言い、手を離した。
「わかるけど、でも・・・」
司君から目を放し、物陰から覗き見ると、秋人がいかにも品行の悪そうな三人に詰め寄られている。
司君の言いたいことはわかる。けど、秋人が殴られるのをここで黙って見ていられない。
「大丈夫」
司君は視線を秋人に注いだまま呟いた。
「・・・そんなことなんで言えるのよ」
司君が根拠のないことを言うので頭にきて、彼の端整な顔を睨んだ。何が「大丈夫」なのだろう。いくら秋人でも男三人に襲われたらただではすまない。それに病院送りになる可能性も捨てきれないし、もしそんなことになったら司君に責任が取れるのか。
私が軽蔑にも似た眼差しで睨んでいると、ふいに彼が振り向いた。
「・・・・・・こういうこと、初めてだと思いますか?」
目の前にある双方の瞳が、なぜか怒っているように見えた。
「先輩たち、どうしたんですか」
「落ち着きましょう」と、手のひらを見せるようにして胸の位置で両手を挙げる。目の前には、髪を染め上げたりピアスを所構わずつけたりしている、いわゆる不良の上級生が三人、俺を取り囲むようにして立っている。はっきり言って暑苦しい。
「俺らの言ってること、まだわかんねぇの?」
妙にどすを効かせた声。
「別に俺、みず・・・綾崎先輩とは何もないですって」
「それじゃあ」と言って早々にそろそろと立ち去ろうとすると、腕を捻り上げられた。
「いててて、先輩離してください。真面目に痛いです」
「どんな弱み握ったんだよ」
顔がほんの数センチの距離にある。息臭えぞコノヤロー。
「だから何度も言ってるじゃないですか――」
「うるせえよ。んなこと信じられるか」
短気なのか、声を荒げた。
「・・・・・・」
だんだんと苛立ってきた。かれこれ10分余。いいかげん開放してほしい。弁当もまだ食べてないのでハラへって死にそうなのに。このままじゃ午後の授業のりきれねーよ。
空腹だったことも手伝い、ついつい口が滑る。
「・・・・・・あの、綾崎先輩に気があるのか何なのか知りませんが、自分でアタックする勇気がないからって俺に突っかかってくるの、やめてもらえません?」
いよいよ鬱陶しくなって三人を睨み返すと、
「んだと?生意気な口きいてんじゃねーよ!」
自分の感情が抑えきれなくなったが殴りかかってきた。
――図星突かれて動揺してんの丸見えだっつーの。
鼻で笑ってひらりとかわす。
「先輩、力みすぎ。それに大振りになっていて動きが鈍重ですよ」
俺の安い挑発にカチンときたのか、今度は二人で前後から殴りかかってきた。
拳が繰り出される瞬間、右にステップ。そしてそのまま、前から殴りかかってきた奴の後ろに、左足を軸にして回りこみ、背中をポンッと押してやる。バランスを崩した相手は体重を支えきれなくなって倒れこみ、俺の後ろから迫ってきていた奴と正面衝突。
同時に、頭がぶつかる子気味よい音がして、不良A、不良Bはもつれ合うようにして地面を転がった。
はい、いっちょ上がり。
「テンメェ・・・」
残っている不良Cが俺の背後から拳を振り上げる。
しかしそれよりも速く、相手の首筋に渾身の力を込めた踵がめり込んでいた。骨がミシッという音を立てる。
「ガハッ・・・」
脚を振りぬくと、最後の一人が地面に叩きつけられた。
俺は手をパンパンと払い、溜息をつく。
「“誰かさん”に殺されないように毎日毎日鍛えてるんですよ。出直してください」
あんたらより、キレたときの瑞穂のほうがよっぽど危険だ。命が幾つあっても足りない。そういえばこの前なんかは三途の川渡りかけたな。
俺の頭の中にその光景がリフレインすると、凄まじい恐怖に打ち震え、鳥肌が立った。
――そんなことより、
「ハラへった・・・」
お腹がピーヒャラとガキの吹く下手なリコーダーのような音を立てると、共鳴するように、無情にも授業開始を知らせるチャイムが遠くから聞こえてきた。
――放課後。
日も傾き、世界が茜色に染め上げられる頃、私は校門に姿を現した。
校門の傍に今まで待たせていた秋人が立っている。
「遅い」
彼の声に思わず体が強張る。
「ご、ごめん・・・」
「ん?今朝のテンションはどこに行ったんだ?」
私の心境をなんとなく感じ取ったのか、秋人が心配した声音で窺う。
「別になんでもない」
言って俯いた。これじゃあ何かあると言っているのと同じではないか。
「ふぅーん・・・・・・まぁいいや。あのさ、ファミレスかどっか寄ってっていいか?ハラへっちゃって」
秋人は何か言いたげだったが深く追求せず、自分のお腹を抱えて、たははと笑う。
たぶんあの後、弁当を食べ損なったのだろう。そして、食べ損なったのは私のせい・・・・・・。
司君の言葉がよみがえる。
――こういうこと、初めてだと思いますか?
司君に言われるまで気づかなかった自分が愚かだ。自分の容姿と人気ついて自覚がなかったわけじゃない。迷惑極まりないファンクラブまで創設されたのだから気付かないほうがおかしい。告白も何度もされた。しかしその度に断っていたので、男子と特別な関係をもったことはない。
だけど、秋人は別だった。秋人が同じ高校に入学してきてからは、なにかと執拗に秋人と生活を共にした。一緒にいたかったのもあるし、秋人が違う女の子と話しているのが嫌だったのもある。
しかしそれらは全て私のエゴだ。私は今まで自分のことしか考えてなかった。また、それがいけなかった。
「・・・・・・今日、お昼食べなかったの?」
こんな台詞を吐く自分が疎ましい。
「んー、まあ、色々あって食えなかった」
秋人は困ったような表情になり、言葉を濁した。
「色々って?」
「え?・・・え〜と、先生に呼び出しくらったりとか」
「・・・・・・・・・そう」
やっと搾り出せた言葉はそれだけ。それ以上は胸が詰まって言えなかった。
秋人は嘘をついた。私を傷つけないために。
視界が歪み、慌てて下を向く。乾いたコンクリートに染みができた。
「お、おい、どうしたんだよ」
私がいきなり泣き出したので、秋人が狼狽して私の肩を掴む。
――私は、やっぱり・・・・・・
「なんでもないから」
涙をぬぐい、秋人を見る。でもすぐに秋人の顔はゆがんでしまう。
――秋人にとって、メイワク、なのかな・・・?
「なんでもないわけないだろ」
「ホントよ。このまえ見た映画の結末を思い出したら悲しくなったの」
それでも秋人は納得していない表情で、私の瞳をじっと見つめてくる。
「そ、それよりも、お腹減ってるんでしょ?」
真摯な彼の瞳から逃げるように秋人の背中に回りこんだ。そのまま背中を押すと、しぶしぶながらも歩き出してくれたことに内心ほっとする。
「今日は私がおごってあげようかな」
「・・・・・・」
「なによ、その沈黙」
「瑞穂・・・・・やっぱり熱でもあんのか?」
「失礼ね!私だっておごることだってあるわよ」
他愛もない話をしながら夕暮れの道を二人で歩く。
笑顔の奥に不安を隠しながら。明るい言葉で弱い心を包み込みながら。
秋人にとって自分は迷惑なだけだとわかっていても、一緒にいたいと願ってしまう。
いつまでも通り魔が捕まらないでいてほしいと、こんな時間が続けばいいと願ってしまう。
そんな私は欲張りだろうか?
隣を歩く彼の無邪気な笑顔に心がきりりと痛む。
でも。今は、今だけは。
――彼の優しい嘘に甘えていいよね?
踵から伸びる二人の影は、いよいよ色濃くなっていた。
更新遅くなりました。なかなかに充実した日々を送っていたもんで、こちらには手が回りませんでした。
悲しいことに、次は期末テスト(俺の学校2期制なんで)が近づいてます。
現実逃避してぇ・・・。
それはさておき、今回の話微妙に長くなりました。しかもちょいシリアスな展開。正直こんなはずではなかったのですが・・・。いや、書いた本人が言うことじゃないんですけどね(笑
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