【Heaven And Hell】
メインシステムの制御盤は、鋼鉄都市の中心に高々とそびえ立つ電波塔の中に設置されているとの話だった。
電波塔は機械人形によって幾重にも渡って厳重に警備されており、PSI能力者といえども侵入するのは容易ではないはずだった。
はずだったというのは、俺達が通過したときにはすでに戦闘が行われたあとだったからだ。機械人形は本物と見間違うほどの精度で人間の少女を模して作られているのだが、それが全て無残に真っ二つに斬り捨てられていた。夜叉の仕業に違いなく、鬼畜の所業に感じるほど惨たらしい光景だった。
そういうわけで、俺達は楽に電波塔の内部に侵入することができた。この様子だと、おそらく火種もすでに電波塔に到着しているはずだ。
しかし、電波塔内部は複雑に入り組んでおり、関係者の案内なしに制御盤まで辿り着くのは相当な時間を要するものと考えられた。もしかしたら、羅紗たちや火種よりも早く制御盤まで到着できるかもしれない。
そんなことを考えながら博士のあとに続いて順調に電波塔内部を移動していると、急に博士が立ち止まった。通路が左右に分かれている。
「どうかしましたか?」
羅紗たちよりも早く制御盤に辿り着かなければならない。俺は博士を急かす。
「うむ、道を忘れてしまった」
どうやら博士は、システムの開発者ではあるものの制御盤に来たことは数えるほどしかないらしく、どちらへ進めばいいのか覚えていないらしい。とはいえ、すぐそこのところまでは来ているようだ。
「二手に別れましょう。私と人狼チームが左、九チームと博士が右でどちらが当たりでも恨みっこなし」
仕方ない。仮に赤毛たちが任務を完了した場合は勝負は無効ということで、負けるよりはいいだろう。
俺たちは赤毛たちと別れ、急いで通路を移動する。
「君はこの世界の九君ではないのかな?」
移動中、博士が俺に尋ねた。色々と気になることを聞くいい機会だ。
「違います。博士と会うのはこれが初めてです」
俺の答えを聞き、博士は頷く。やはりわかっていたようだ。
「博士とこの世界の俺は、どういう関係なんですか?」
「この世界の九君はわたしの元同僚だ。彼は兵器を発明する天才でね……ケイト君は九器と呼んでいたな」
九器を作ったのはこの世界の俺なのか……そうすると、俺が超兵器を作るPSI能力者だというのは、ケイトの嘘なのだろうか。
「九、怒ってる?」
ケイトが俺と博士の前を走りながら、かろうじで聞き取れる声で呟いた。彼女が今どんな表情をしているのかは、俺の位置からはわからない。
「何か本当のことを話せない事情があるんだろ、俺はケイトを信じてるよ」
本当はショックだった。おそらく彼女がついている嘘はそれだけではないだろう。ブリーフィングで赤毛はこの世界が俺の故郷だと言っていた。多分、組織に属していたのはケイトの世界の俺ではなく、この世界の俺だ。そして、緊急発進部隊として活躍していた。
それじゃあ、ケイトと初めてデートした際に聞かされた俺と彼女の出会いも嘘なのだろうか。あの時の彼女の涙も、嘘だったのだろうか。考えれば考えるほど泥沼にはまっていくようだった。
俺たちは四方を壁で囲まれた通路を抜け、吹き抜け状の開けた空間に出た。断崖に橋を渡すように前方に通路が続いている。
突然、ケイトが立ち止まった。振り返った彼女の頬には大粒の涙が伝っている。
一瞬の出来事だった。
彼女が驚いたような表情を浮かべ、俺に向かって掌を突き出した。俺の身体が激しく後方に吹き飛ばされる。
と同時に、俺の頭上を何かが通過した。
――煙草だ。
そう認識した次の瞬間、爆音が轟いた。
☆
「ケイト!」
身を乗り出そうとする俺の腕を、博士が掴んで引き止める。
「落ち着け九君! それ以上進んだら、数百メートル下まで真っ逆さまだ」
先程まで俺が立っていた場所からは爆炎が立ち昇り、ケイトの姿は確認できない。
「一体何が――」
彼女が俺と博士を後方へ突き飛ばして、俺の頭上から通路に落ちた煙草が爆発したんだ。煙草――火種が俺を殺そうとして、ケイトが身代わりに?
さっきから俺の身体は金縛りにあったように動かない。博士が引き止めているからか。いや――ケイトが俺を突き飛ばす寸前も俺の身体は動かなくなっていた。彼女の涙を見たからではない。
「ごめんなさいね、九」
背後から声がした。女性の、知っている声だ。
「どうして――?」
「私もこんなことはしたくないけど、首領からの司令なのよ、恨まないでね。でも、ケイトを巻き添えにするつもりはなかったわ。本当よ」
「粉々に吹き飛んじまったか転落したか。お前とチームを組んでたばっかりに、悲惨だな」
爆炎が収まってもケイトの姿は見えなかった。火種が言うとおり俺がケイトを殺したようなものだ。少なくとも俺がケイトを泣かせたりしていなければ、余裕で回避できたはずだ。
最低だ。
「……早く殺してくれ」
「もっと抵抗するかと思ったけど、意外ね。……すぐに彼女に会わせてあげるわ」
あの世なんてものがあればな――と、火種の嘲笑う声が聞こえた。
せめて、彼女との約束だけは守りたかった。火種の言うようにあの世があるとすれば――ケイトはきっと天国だろう。世界をいくつも救ったんだ。俺も多少はその手助けをしたのだから、きっとおまけしてくれるはずだ。もし地獄だったら……神童に力を貸してもらおうか。もっとも、あの子どもが悪魔だなんてさすがに信じられないが。
「私を残してどこかに行ったりはしないんじゃなかった?」
ケイトの声が聞こえた。
せめてもの情けに、痛みを感じる間もなく殺してくれたのだろうか。俺は後ろを振り向く。
しかしどうやらここは天国ではないみたいで――地獄でもなく、俺は崩れかけた橋の上に立ち尽くしていた。
ケイトの足元には赤毛と火種が倒れている。
ケイトがやったのか。今更だが、反則級の強さだ。
「それとも、嘘つき女との約束なんか守れないかな」
「馬鹿言え、俺は今、地獄からでもお前に会いに行く方法を考えていたところだ」
彼女はくしゃくしゃの顔で微笑んだ。
「私は死なないわ。だから九も死んじゃダメ」
★
俺はケイトから打ち明け話を聞いた。
渋谷駅前スクランブル交差点で出会った俺とケイトが付き合うようになり、婚約をしたこと。その世界の俺はなんの力もなくて、組織には属していなかったこと。そして、事故で死んでしまったこと。だから、その点については、あの日彼女から聞かされたことはほぼ正しかった。
俺が驚いたのは――ケイトの双子の妹、つまり羅紗がこの世界の俺と交際をしていたということだ。それもかなり真剣に付き合っていて、結婚も考えていたらしい。まあ、双子が同じ人を好きになることは珍しくはないみたいなので、それ自体は驚くことではないのだろう。
事故で俺を亡くしたケイトは悲観に暮れていたが、羅紗とこの世界の俺との関係は純粋に応援していた。別の世界の俺と付き合おうなどという考えは、彼女にはなかったようだ。あくまで、世界が違えば他人――と考えていたらしい。
その当時、この世界の俺も組織には所属しておらず、ケイトと羅紗がチームを組んで任務に当たっていたらしいのだが、ある日、任務中に羅紗が命を落とした。ケイトを庇うため――ということを考えると、姉想いの妹だったのだろう。
そして、この世界の俺とケイトは付き合うようになった。どうやら俺の方から交際を持ちかけ、最愛の恋人と妹、そして仕事上のパートナーを失ったケイトはそれに応じた――ということらしい。
そして、悲劇は羅紗が蘇った時点から始まった。その時の羅紗の心境は推測するしかないが、ケイトが恋人を奪う意図で自分を罠に嵌めた――と考えたのかもしれない。その後の羅紗の行動を鑑みれば、彼女の心は憎しみで満たされていたのだろう。
この世界の俺は、首を刎ねられて殺害されていたらしい。そして間をおかず、彼女は同様に並行世界の俺も殺戮した。魔王を名乗って世界を滅ぼし始めたのもその頃だそうだ。
「今思えば、殺し方から考えて、実際には夜叉が九を殺していたんだと思う。羅紗は刀なんて使わないから」
夜叉――得体の知れない男だ。
「羅紗が蘇ったのはどうしてなんだ? 元々不死身の肉体を持っていたわけじゃないんだろ?」
「わからない……でも、元々持っていた能力ではないよ。誰かが何らかの目的で羅紗を蘇らせたと考えるのが自然かもしれない」
ようやく大体の事情を知ることができた。しかし、衝撃的な話ではあったが、ケイトが嘘をついてまで隠す理由がわからない。
「……死んだらほかの世界の九にほいほい乗り換える女だなんて、思われたくなかったんだよ。私のこと嫌いになるんじゃないかって……」
そんな理由だったのか。
「そんなこと……気にすることないぜ。むしろそれだけ俺のことが好きなんだって嬉しくなるくらいだ。それにもう、並行世界に俺は俺しかいないんだしな」
「やっぱ、九って変なやつ」
俺の言葉を聞き、ケイトは涙を拭って笑う。
「仲直りしたところで、そろそろ先に進まないか?」
と、博士が咳払いをして言った。
「道を思い出した。制御盤はこの先だ」