【Duty In The Steel City】
その世界は――未来都市とでも呼ぶべき世界だった。
荒野に見渡す限りの広大な鋼鉄の都市がそびえ立ち、排気口から絶え間なく煙が噴き出されている。
俺とケイトは鋼鉄都市を崖下に一望できる位置に時空転移した。もっとも、地平の果てまで黒鉄の絨毯が続いており、都市全体の様子を把握することはできない。
ケイトは何か思うところのある様子で崖下を見下ろしている。
「ケイト、あまり一人で抱え込むなよ。俺はケイトを残してどこかに消えたりはしないから」
彼女は驚いた様子で俺を見る。
「……ありがとう。九は不思議な人だね」
「不思議って……なんだよそれ」
ケイトには言われたくないって感じだ。それに、俺のことなんてとっくにわかってるはずだろう。なにせ婚約までした仲だ。
「だって、危険を顧みず私と一緒に闘ってくれるし」
「まるで、前の俺は一緒に闘ってくれなかったみたいな言い方だな」
彼女は首を振る。
「闘ってくれたよ。でも、前の九は強かったから」
「……弱くて悪かったな」
自分自身とはいえ、そういうふうに言われるとショックだ。
「ふふ、褒めたつもりだったんだけど……ありがとう」
間もなく、俺たちに続きほかのメンバーも続々と姿を現した。
「姉さん、僕と勝負しない?」
羅紗が微笑を浮かべ、言った。
「勝負……?」
「どちらが早く今回の任務を達成できるか。僕が勝ったら姉さんは僕を放っておく、姉さんが勝ったら九器を返す……僕を倒すために九器が必要なんだろ?」
「そんな回りくどいことをしないで、私が憎いならさっさと殺せばいいじゃない」
「……姉さんは勘違いしているよ。僕は姉さんが大好きなんだから」
羅紗は表情を変えずに告げる。彼女の話し方から真意は読み取れない。
「ふざけないで。……いいわ、勝負しましょう。ただし、私が勝ったらその場であなたを殺すわ」
ケイトの答えを聞くと羅紗は微笑み、夜叉と共に姿を消した。
羅紗はほかの並行世界の俺を皆殺しにしたみたいだが、ケイトを襲撃することはないようだ。ケイトは自分を苦しめるためにあえて生かしているのだと話していたが。
「かー、空気が悪いところじゃのう。地獄だってまだ澄んだ空気をしちょるわ」
「へー、じゃあ、今度連れてってくれよ」
こ、今度な――と、人狼に肩車された神童が言った。獣人チームは暢気というか何というか、任務中なのに緊張感が皆無だ。
「九、ケイト、よかったら俺達と一緒に行動しようぜ。ベルゼも九達と一緒の方が嬉しいだろ?」
と、人狼が提案した。神童は眉を寄せて微妙な顔をしているが、否定はしない。
それに対し、オーケー、とケイトが返答する。
「いいのか、羅紗と勝負するんだろ?」
羅紗たちはもう行動を開始しているし、俺たちも早く動かないと。
俺の言葉を受け、ケイトはウインクをする。
「二人はかなり頼れる仲間なんだよ」
「そ、それなら私達も一緒に行くわ」
と、赤毛が便乗するように声を上げた。
「でも……二人一組の行動を基本とするんじゃ?」
「もう、意地悪言わないでよ」
別に意地悪をしたつもりはないが、赤毛がむっとしたように言った。
「おいおい、勘弁しろよ。ケイトはともかく、そんな奴らと一緒に行動できるかよ。俺は一人で行くぜ」
火種がそう言い放ち、ぴん、と煙草を指で弾いた。煙草は一直線に鋼鉄都市目掛けて落下する。
数秒後、煙草が落下した辺りで爆発が起こった。火種の能力だ。滅茶苦茶なことをする奴だ。
「……ケッ」
俺を一瞥し、火種は爆発地点に向かって崖から飛び降りた。
「もう、仕方ないわね。さすがに単独行動をさせるわけにはいかないわ。ほっとくと何するかわからないし」
みんなも気をつけて、と言い残し赤毛は火種の後を追う。彼女は飛び降りるのではなく、ふわりと宙に浮いて鋼鉄都市へと向かった。空を飛べるようだ。
「そんじゃまあ行きますか、九、リーダーよろしく!」
と、人狼が言った。やる気がないわけではないのだろうが、何事も気楽にこなすタイプなのだろう。
「とりあえずは情報収集か。ブリーフィングで赤毛が機械人形に司令を出しているメインシステムの異常って言ってたな。そこの関係者に当たってみるか」
「資料にリストがあるわ。えーっと……システムの開発者の住所が載ってる。ここに転移してみよっか」
「了解!」 「よかろう」
獣人チームの同意を得て、俺たちは行動を開始した。
☆
転移先周辺は散々たる状況だった。
火種によって爆破されたらしく周囲には瓦礫が散らばっており、システム開発者の自宅と思われる建物の玄関は破壊されていた。
ただ、異様な点として、開発者の自宅そのものは爆破からは免れており、玄関は鋭利な刃物で斬られたようにバラバラにされていた。俺の象牙刀で斬ればちょうどこんな感じで破壊されるだろうと感じさせる状態だ。
俺たちはドアの破片をまたいで開発者の自宅に入る。
周囲の建物と比べて小ぢんまりとした建物だったが、科学者の自宅らしく書斎の奥に続く研究室には様々な機械が設置されていた。しかし、研究室は玄関と同じく破壊されている。
「こりゃあ夜叉の仕業だな。無関係な人を巻き込むヤツじゃないと思ってたんだけど」
と、破壊された研究室を見て人狼が呟いた。
二階まで探したが、建物内には誰もいなかった。
「建物の様子を見る限り、システム開発者は羅紗か火種に連れ去られたと見るべきかな」
建物の外へ出ると、ケイトが腕組みをして言った。羅紗といい火種といい、並行世界を一体何だと思っているんだ。こういう風に感じるのは俺が並行世界の住人だからなのだろうか。
「みんな! 丁度よかった!」
赤毛が俺たちを見つけ、上空からふわりと着地する。ロングスカートなのが残念だ。
「火種が雨矢五百竹博士を誘拐したの。きっと九達に対する嫌がらせね……引き止めたんだけど、遅かったわ」
雨矢五百竹博士というのはシステム開発者のことだ。
「相変わらずしょーがねえヤツだな。よし、俺達が取り返してくるぜ」
そう言うや否や、 人狼 が神童を肩車したまま突風のごとく勢いで駆け出した。建物の屋根を伝い、もの凄い速さで視界から消える。大丈夫なのだろうか。
「 人狼 は鼻が効くし、あの2人のチームは隙がないから。任せとけば大丈夫だよ」
と、俺の心配を見越してケイトが囁いた。
「ただいま」
数分後、2人が戻ってきた。 人狼 が脇に女の子を抱えている。桃色のショートヘアに白衣を着た、小学生高学年くらいの子だ。
「その子は?」
雨矢五百竹博士を取り戻しに行ったのではなかったのだろうか。俺が聞くと、 人狼 は困ったように頬を掻く。
「いや、よくわからないんだが、この子を連れてたんだよ。火種、もしかしてロリコンなのか?」
女の子はすやすやと眠っているようだ。まさか、火種はこの子を眠らせて犯罪行為に手を染めようとしたのか? 並行世界なのをいいことに、やりたい放題だ。
「チームを組んでても気づかなかったわ。どおりで私に手を出さなかったのね……チームを解消してもらおうかしら」
赤毛が笑いを堪えた様子で言った。この件は火種に深刻なダメージを与えそうだ。
「最低じゃの、悪魔のような男じゃわい」
「ふふ、火種を庇う訳じゃないけど、その子が雨矢五百竹博士だよ」
と、ケイトが驚くべきことを告げた。火種の首はつながったようだ。
★
「久しぶりだな、九君にケイト君。君達も派遣されていたのか」
雨矢宅の研究室に移動すると、目を覚ました女の子が言った。なんというか、外見に寄らずやけに威厳を感じさせる話し方だ。
「お久しぶりです、博士がシステムの開発者だったんですね」
ケイトが返答する。さすがに状況に着いて行けなくなってきた。というか、そもそも分からないことだらけなのだが。
「なんだ、二人の知り合いなのか?」
と、人狼が言葉を挟んだ。ほかのメンバーの手前俺から質問できなかったため、ナイスだ。
「うむ。と言ってもケイト君とは九君を通して知り合っただけだし……」
博士は俺をしげしげと眺める。
「ご無沙汰してます、博士」
とりあえず俺は当たり障りのない挨拶をしておく。博士は、うむ、と頷いた。色々と事情を知ってそうな感じだ。
「それで、えーっと……どういう状況なんですか?」
ケイトは話を進める。俺と五百竹博士の関係は気になるが、とりあえず今は早く任務を済ませるのが先決だろう。羅紗達に遅れを取ってしまっている。
赤毛は興味深そうに成り行きを見守っていたが、名残惜しげに口を開く。
「機械人形が暴走した原因に心当たりがありますか? それと、この建物はなぜこんな状態に?」
「ふむ、心当たりはある。というか、あり過ぎて原因がわからないといった感じだな。君達も知っての通りメインシステムを開発したのはわたしなのだが、そもそもあれは失敗作でね。暴走する理由はいくらでも考えられる」
などと、博士は悪びれもせず無責任なことを言った。
「ただ、何らかの外部的な要因がシステムにエラーを引き起こしているんじゃないかというのがわたしの予想だ」
「外部的な要因というと……何者かが人為的に誤作動を起こしてるということですか?」
「おそらく。それを確かめるために先程のオールバックの男にメインシステムの制御盤まで連れて行ってもらおうと思ったのだが、そこを君達が颯爽と救出したというわけだ」
強引に連れ去られたわけじゃなかったのか。しかし、日頃の行いが悪かったというところだろう。チームを組んでいる赤毛からも勘違いされてしまうのだから。
「建物はなんでこんな状態に? 夜叉――能面を被った男にやられたんですよね?」
「うむ……あれには驚いたよ。ついに悪魔がわたしの魂を取り立てに来たのかと思った」
悪魔、という言葉に神童がぴくりと反応をする。が、余計なことを言う前に人狼が口を塞ぐ。
しかし、この人は一体今までどんな悪事を働いてきたんだ。そして、この世界の俺とどんな関係なんだ?
「だが、わたしを殺しに来たわけではなかったようだ。この件には関わるな、と忠告されたよ」
いや、忠告と言うよりは脅迫だな――と博士は呟く。
羅紗達の行動もよく分からない。俺達を足止めしたいのであれば火種みたく博士を連れ去ればいいものを……。まさか、関係ない人を巻き込みたくないなどという殊勝な理由ではあるまい。
「それじゃあ、メインシステムの制御盤まで一緒に来ていただけますか?」
ケイトが案内をお願いすると、博士は頷いた。夜叉から脅迫されているのに、肝の太い人だ。
「いいかげん、わたしの作った機械人形が罪のない人を殺すのを何もできずに眺めているのは、うんざりしていたところだ」